[おまけ] 俺たちの旅はこれからなのか?
数日後、ラルの町。
この日は雲ひとつない晴天。
にも関わらず、トラジは昼間から宿屋のベッドでゴロゴロしていた。
傍らにはジュース、フライドポテトと辛子マヨ(自家製)を置いて。
非モテの呪いが解け、事件が解決してからというもの、トラジは日々怠惰の極みを満喫していたのだ。
「おい、何だそれは」
「んあ? 何が?」
「それだ、それ。そのベッドに置いてる食いもん」
「あぁ、フライドポテトか。なんやガチム、お前も欲しいん?」
トラジは死んだ魚のような目で笑い、ガチムにポテトを1本差し出す。
ゆらゆらと揺れる1本のポテトを、ガチムは苛立ちと軽蔑の眼差しで見つめていた。
「トラジ!!」
「わぁ!? ビビった~、急に大声出すなって」
急に大声で怒鳴られ、トラジの体はビクリと跳ねた。
ガチムはその勢いのまま口を開く。
「ここに来てからもう一週間だぞ!? それを毎日毎日だらだらだらだらとベッドの上から動かずに、少しは何かしようとは思わないのか! 何のために必死になって非モテの呪いを解いたというのだ!?」
「あぁ〜もう、うっさいな〜。お前は俺のオカンか」
「な、何だ、オカンって」
「オカンはオカンや。だいたい、何かせぇ言うたってやる事ないし……アルマに報酬もたっぷり貰ったし、だらだらし放題やん?」
ガチムの言葉は全く響いている様子はなく、トラジは萎びたポテトを噛る。
変わらず目に光がないトラジに、ガチムの額の血管は今にも切れそうに浮き上がった。
「だらぁぁぁぁぁーー!!」
「あぁーー! 俺のポテトぉーー」
ガチムはおもむろにフライドポテトを奪い取り、皿ごとラビのいる方へ放り投げた。
怠惰セットが失くなり、トラジは情けない声を上げ手を伸ばす。
しかし、ポテトは大口を開けたラビに全て食べられてしまった。
「あ〜……ん! むぐむぐ……うまい!」
ラビは椅子の背もたれを抱えるように座っており、満足げにペロリと唇を舐め回す。
「いきなり何すんねん! せっかく宿屋のオッサンに頼んで作ってもらったのに!」
トラジはわざわざ宿の主人に、現代にあったファストフード店のフライドポテトの作り方を伝授していた。
自分の欲望にとことん忠実な男。彼は例えどんなしょうもない目的でも、一切の妥協はしないのだ。
「知らん! いいからさっさと外に出るぞ!」
怒りが収まらないガチムは、トラジを無理矢理肩に担ぎ上げる。
「お前マジ何なん!? 意味わからんねんけどーー!」
「何々? おでかけ!? ウチも行くぅ〜〜」
海老のように跳ねて暴れるトラジを見て、ラビは能天気にはしゃぎ回る。
ガチムはそんな騒がしい二人を引き連れ、ある場所に向かおうとしていた。
宿を出て数十分、ガチムは相変わらず無言でズンズンと歩みを進める。
大通りを抜けると、辺りは見慣れた町の景色が広がっていく。
「あれ? こっちってアルマのねーちゃんとこ?」
「あぁ、ちょっと見せたいものがあってな」
不思議そうに聞くラビに、ガチムは穏やかに微笑む。
「おい、いい加減降ろしてぇや! 恥ずいやろって」
町に出てからというもの、すれ違う人々は皆トラジを見てクスクス、いやニヤニヤと笑っていた。
ガチムは大柄だが、それでも成人男性が担がれている姿はかなり特殊だ。
「いつまでもだらけていた罰だ。着くまでこのままでいろ」
「くっ……陰湿な奴め」
言い合っている間に、トラジたちは騎士団の駐屯所に辿り着く。
ちょうど稽古中のようで、敷地内からは威勢がいい声が響いている。
「あぁ、ガチムさん! どうしたんすか?」
頭ひとつ飛び出たガチムの姿を見つけ、ひとりの兵士が気さくに声をかけた。
「ちょっと、アイツの様子を見にな」
「アイツ? あ、あっちゃんの事ですか! それなら、あっちで槍術の稽古を」
「ありがとう。行ってくるよ」
ガチムは軽く会釈を返し、兵士の指差す方へ向かった。
「ガチム、あっちゃんって……もしや」
「ふん、まぁ楽しみにしてろ」
ガチムは前を向いて歩きながら含み笑いを漏らす。
その隣を歩いていたラビは、突然ピョンと長い耳を立てる。
「この声、ブーちゃんだー!」
ラビは大声を上げて跳びはねると、猛ダッシュで稽古場に駆けていった。
「ほら、トラジも行ってこい」
「わぁ!? 急に放り投げるなーー」
ガチムは背負い投げのようにトラジを放り、パンパンと手をはたく。
投げられたトラジは地面に転がり、そのまま斜面を転がっていく。
「おぉーーーー! 誰か止めてぇーーーー!!」
ラビはトラジの大声に振り返り、大きくジャンプをして彼の背中の上に飛び乗った。
「ぐぇっ」
「あはは! 止まった止まったー」
「うぅ……どいつもこいつも、人をおもちゃにして」
砂ぼこりにまみれたトラジは、地べたにうつ伏せ泣き言をボヤく。
そんな彼の前に、ザッと誰かの足が近づいた。
「あ……」
見覚えのある紫色の足首。
トラジは下からゆっくりと視線を上に移していく。
「あ、アスモデウスぅーー!?」
「えぇ!? ブーちゃん!」
数日ぶりのアスモデウスを見て、トラジとラビは驚愕し大きく目を見開く。
「やぁ、久しぶり」
爽やかに微笑む歯がキラリと光る。
目の前の魔物は、どう見てもトラジたちの知るアスモデウスとは似ても似つかない。
紫色の体はそのままに、全体的にガッチリと引き締まったボディー。
分厚い眼鏡は外れ、モサモサだった金髪は後ろに束ねられている。
そして何より、そこはかとなく自信に溢れた表情。
もう陰キャのいの字も似つかわしくない、どこぞの爽やか配達業者のように変貌していた。
「おおお、お前……その姿はっ」
「え? あぁ、ちょっと引き締まったかな?」
自分の腕を交互に見て、アスモデウスは何食わぬ顔で笑う。
「いや、いやいやいや! ちょっとどころか、もう別人やろ!? 最初の陰キャ童貞っぷりはどこ行ったんや! そんな簡単にアイデンティティーを捨てるなんて、陰キャのプライドとかないんか!?」
驚きと動揺で、トラジは激しく捲し立てる。
しかしアスモデウスはキョトンと首を傾げ、まるで響いていないようだ。
「トラジうるさい」
「イテっ」
ラビはトラジの頭にチョップを入れ、背中からヒョイと飛び降りる。
「おぉ〜、ホントにあのブーちゃん? お腹も凹んでるー」
アスモデウスの大変身に、ラビは興味深そうに体をまじまじと観察していく。
「へへ、そんなに見られると緊張するよ」
アスモデウスは照れ笑いを浮かべ、嬉しそうに頭を掻く。
そこに、ようやく合流したガチムがしたり顔で口を開いた。
「俺の筋トレメニューが効いたみたいだな」
「ガチム! うん、毎日続けてるよ。めっちゃくちゃ疲れるけど」
「き、筋トレめにゅー……」
トラジは未だ現状が受け止められず言葉に詰まる。
「騎士団に入隊が決まってから、俺が教えたんだ。腹筋、腕立て、スクワット各50回を毎日3セットやれって」
「なっ!?」
「そうそう、筋トレの他に訓練もあるから大変だったよ〜。ようやく少し慣れてきたけど」
呑気に談笑する筋トレモンスター二人に、トラジは頭を抱えていた。
「どうだ? 自分の行いで誰かが変わっていくのは。なかなかいい気分だろ?」
ガチムに諭され、トラジはムッと恨めしそうにアスモデウスを見る。
「……変わる言うても、限度があるやろ」
「トラジ、寂しいの? 仲間がいなくなって」
「誰が童貞仲間じゃ!」
「あはは! 心配しなくても、そこはまだ同じだよー」
「くそっ、その余裕が何かムカつくんじゃ!」
アスモデウスの変化と成長に、トラジたちはしばらくじゃれ合うように談笑していた。
魔王配下の魔物だった彼が、人間に抱いた恋心ひとつでここまで変貌したこと。
トラジたちは彼の思いの強さを、改めて実感することとなった。
「ブーちゃん、もうすっかり良い魔物になったんだね!」
ラビの一言に、笑っていたアスモデウスはフッと神妙な顔になる。
「ん? どうかしたのか?」
「いや……ちょっと気になることがあって」
口ごもるアスモデウスに、トラジたちは顔を見合わせる。
「何や、気になるから言えよ」
「うっ……ボクチンが、魔王様の配下だって言ったよね?」
「あぁ、何か言うてたなそんなこと」
トラジは耳をほじりながら、軽い返事をする。
「魔王様は、人間界の支配を目論んでいる……その為に、ボクチンの魔法に興味を持っていたんだけど」
「魔王か……確か王国でも、魔王討伐の人員を募っていると聞くな」
「そうなんか?」
「ラビは知らなーい」
「やろうな」
ラビの返事を適当にあしらい、トラジは話の続きを促す。
「ボクチンは、人間やモンスターを操って惑わせろって指示で動いていたんだ……まぁ、途中から私欲も混じってたんだけど」
「それで家畜モンスターを暴走させてたんか」
「うん。今はもう……反省してるけどさぁ」
アスモデウスはシュンとした顔で俯く。
「……ブーちゃん?」
「昨日、少し気になる話があって」
アスモデウスは神妙な顔でトラジたちを見つめる。
「最近、ピスティス大陸で同じような事が起きているそうなんだ」
「ピ、ピス……何それどこ?」
「ピスティス大陸。ここより遠く東に位置する大陸だ。行くには海を越えなければならんがな」
「海!? ウチ船乗ったことない」
「へぇ〜、面倒くさ」
トラジはまだ他人事のように話をしている。
そこに、アスモデウスから衝撃の一言が発せられた。
「ボクチンはもう騎士団の一員だし、アルマ騎士団長のそばから離れられない。だからトラジ、ピスティスの様子を見に行ってくれないか?」
「うーん、そうやなぁ……ん? はぁ!? お、お前、何言うてんねん」
言葉の意味がわからず、トラジはわなわなと震える。
「いやだから、ピスティスに行ってくれないかって。実は、団長とも話をしていて、それがいいだろうって。今日にも話をしようって言ってたから、てっきり呼び出されて来たのかと思ったんだけど」
「はぁ!? 知らんしそんなん! 何で俺がそんな面倒くさいこと……それに船なんか絶対乗りたな」
「まぁまぁ落ち着け。いいじゃないか、どうせやることも無いし」
ガチムは騒ぎ立てるトラジの肩をポンと叩く。
「おぉ! そう言ってくれると思ったよ」
「また冒険!? やったー! 楽しみだな、トラジ!」
「ちょ待って、何乗り気になってんのお前ら!」
「ははは、これからが旅の本番ってな」
勝手に話をまとめて歩き出す二人に、トラジはすっかり出遅れ後を追う。
「おい、待てって! これからが本番って……週刊コミック雑誌の打ち切りエンドかーーー!!」
《ツッコミ確認……生命維持完了》
青い空に響く渾身のツッコミ。
そのお陰で、今日も生き長らえることが確定するトラジだった。




