15話 妙案
前回のあらすじ
人間の娘に恋をした魔物、アスモデウス7世。
トラジたちは魔物の恋を応援するのかしないのか!
スヤスヤと眠るラビをよそに、男たちの恋バナが始まる?!
昔々あるところに、全身紫色の醜い魔物がおったそうな。
魔物はでっぷりと膨れた腹と汗っかきの体質のせいで常に眼鏡は曇り、息づかいはふぅふぅと荒い。
見るからに不快な姿は、数ある魔物の中でも確実に上位に食い込む醜さであった。
誰からも相手にされず巣に引きこもっていたある日、魔物は隠された古い書物を見つける。
「こ、これは! ご先祖様の秘術!?」
アスモデウスの血筋は、代々意思を操る魔法が使える。
受け継がれる中で忘れ去られていった極秘魔法を、アスモデウス7世は偶然にも見つけ出したのだ。
「何々? 暴走の魔法に、確執の魔法……み、魅了の魔法!?」
夢中で本を捲る手は、あるページでピタリと止まる。
それは、異性を虜にし、意のままに操る魔法であった。
「これさえあれば、ボクチンは女の子にモテモテに……そしたら、今まで馬鹿にしてきた奴らを見返すことが出来る!?」
その後アスモデウスは極秘魔法を全て習得し、魔王の配下となるまでに成長していく。
自身の夢は、現実のものとなっていったのだ。
しかし、本心からアスモデウスを慕うものは誰ひとりいない。
それが悲しい現実だった。
◇
「あの娘は……ボクチンを可愛いって言ってくれた。魔法を使わなくても、笑いかけてくれたんだ!」
アスモデウスは汗と涙を飛ばして訴える。
魔物の必死な姿に、トラジたちも真面目に耳を傾けた。
「気持ちはわかったのだが……彼女が心を許せたのは、今の姿だからだろう?」
「うん。前の魔物の姿じゃ、0.00001%も可愛さが無いからな」
「ガ、ガーーーン」
正面から真実を突きつけられ、アスモデウスはショックのあまり白目を剥いて固まった。
「いや、何でショック受けてんねん。自分でも今の姿を望んでたやろ」
「そ、そりゃ、ボクチンだってわかってるけど。そんなキッパリと言われたら」
モゴモゴと口を尖らせるアスモデウスを、トラジはじっとりと見つめる。
トラジは深いため息の後、面倒そうにベッドから降りアスモデウスに歩み寄っていく。
「な、何だ」
目の前に仁王立ちし見下ろされ、アスモデウスはプルプルと体を震わす。
「お前の事は、騎士団に引き渡す。俺らにお前の手助けをする義理はないから」
「……トラジ」
正論をぶつけるトラジを、ガチムは難しい顔で見つめる。
しかし彼も、何も言い返すことはなかった。
「そうか……そうだよな。俺とお前らは、敵同士なわけだし」
聞き分けの言い台詞とは裏腹に、アスモデウスは悲しい目をして俯いていた。
トラジはしばらく黙ったまま、その反応を見つめる。
「……ほんまにオッサンの娘のことが好きなら、自分の力で何とかせぇ」
静かな声色に、アスモデウスはその顔を上げる。
「自分の、力?」
「言うとくけど、当然魔法なんか使うなよ? あの子や、町の人の為に出来ること、自分で考えて行動せぇってことや。そうするなら、俺らはそれを止めることはせん」
珍しく真面目に語るトラジに、ガチムはクスクスと笑いを堪える。
「ふっ、偉そうな事を」
「ゴホン……どうや? お前にそれが出来るんか、ド陰キャCherry」
トラジは咳払いの後、ニヤリと意地悪げに言い放つ。
その言葉に、アスモデウスの目は徐々に輝きを取り戻していく。
「や、やる! 絶対、俺はあの娘を幸せにするんだ!」
身を乗り出して叫ぶアスモデウスの姿に、トラジとガチムは顔を見合わせて笑う。
「よく言った。その意気で、まずは騎士団長のアルマを説得してみろ。俺たちも、説得には協力してやる」
ガチムはその場にしゃがみ、アスモデウスに目線を合わせ微笑んだ。
「いいのか?!」
「それくらいいいだろ? トラジ」
「はぁ、しゃーないなー」
トラジは耳をほじりながら返事をし、フッと指先を吹く。
「あ、あしがとう!」
アスモデウスはキラキラと目を潤ませ、ぷっくりとした頬を赤く染めるのだった。
◇
翌日。
朝早く出発したトラジたちは、どっぷり日が沈んだ頃にラルの町へ帰ってきた。
「や、やっと着いた……足も棒やし、喉もカラカラや〜。なぁ、どっかで休も?」
「さんせーい! ウチも疲れて腹減ったー!」
ラビはトラジの真似をしているが、全く疲れた様子はなくピンピンしている。
「駄目だ。目的を先に済ましてしまおう。なぁ、アスモデウス」
「お、おう!」
逃げる可能性は無いが、念のためアスモデウスはガチムの背中に背負われていた。
アスモデウスはその状況にも不服な様子は見せず、真剣な面持ちだ。
「ブーちゃん、緊張してる?」
ラビはいつの間にか独自のあだ名を付けていた。
「だ、大丈夫だ。ちょっと全身汗ばんで嘔吐しそうなくらいで」
「ほんまや、何かぐっちょりして湯気立ってるなぁ」
「おい、頼むから俺の背中で吐かないでくれよ?」
しばらく行動を共にしていたからか、トラジたちとアスモデウスの間には妙な仲間意識が芽生えていた。
そして、すっかり馴染んだアスモデウスと共に、トラジたちは騎士団屯所の門を叩く。
「何者だ? あ、お前たちは」
門番は瞬時にトラジたちを制止するが、その顔を見てすぐに剣を収めた。
「アルマおる? ちょっと話があるんやけど」
「わかった。応接間で待っていろ」
「了解。ほな、行こか」
馴れた様子で進むトラジたちと対称に、アスモデウスはガチムの背中でキョロキョロと辺りを見回していた。
そんな様子を察し、ガチムは前を向いたまま声をかける。
「心配するな。アルマは厳しいが、話のわかるヤツだ」
「そ、そうか。なら、良かった」
アスモデウスはその言葉にホッとしたようで、固い表情を緩めた。
◇
応接間の椅子に座り、待つこと数分。
コンコンと扉を叩く音が響く。
「入るぞ」
騎士団長、アルマの凛とした声が通り、アスモデウスは体を硬直させる。
ドアを開けたアルマは、まだガスマスクを装着していた。
その姿にトラジはガックリと肩を落とす。
「いつまでそれ着けてんねん! もう呪いは解けとるってのに」
「や、やはりそうか! もしかしてと思ったが、念のためにだな」
声を弾ませながら、アルマは慌ててガスマスクを外す。
そして席に着くと、柔らかな笑顔を向ける。
「徒歩での旅、苦労をかけた。実は今日、家畜モンスターの暴走が0件だったんだ。もしやと思い、こちらもお前たちのことを待っていたところだ」
「やっぱ、事件は無事解決してたってことやな」
「へへん、ウチら頑張ったから!」
「まさか本当に解決してしまうなんて……騎士団を代表し、本当に感謝する」
アルマは座ったまま、深く頭を下げた。
「顔を上げてくれ。実は、まだ話があってだな」
「ん?」
ガチムの神妙な声に、アルマは頭を上げてキョトンとする。
トラジは説明が面倒なのか、ガチムに向かって両手を合わせた。
「はぁ……順を追って話すとしよう」
深いため息の後、ガチムはこれまでの事をアルマに説明する。
最初は真剣に耳を傾けていたアルマだが、その表情は徐々に曇っていった。
「何っ!? その小さいのが、婦女子大量魅了事件の犯人だというのか!?」
突然の大声に、ラビは何食わぬ顔で両耳だけをパタンと閉じる。
「まぁ、そう言うことだ。今はこのような姿だが、実物はかなり迫力がある」
アスモデウスは背中から下ろされ、ガチムの膝の上にちょこんと座る。
そして、真剣な表情でアルマを見つめ口を開いた。
「暴走するモンスターも、女の子たちの魅了や呪いの装備も……全部ボクチンがやったことだ。でも、もうこんな事はしない! 約束する!」
アスモデウスの勢いに押されながらも、アルマは凛とした態度を崩さない。
「お前の言い分はわかった。しかし、罰は受けてもらうことになる」
「そ、そんな……」
あっさりと言い放たれ、アスモデウスは力無く項垂れる。
「アルマのねーちゃん! ブーちゃんはもう悪さしないよ? 好きな子の為に、これから頑張るんだよ。ね?」
「らびぃ……」
ラビに明るく笑いかけられ、アスモデウスは潤んだ瞳で彼女を見つめた。
「しかしだなぁ……町の女たちは無事帰ってきたようだが、暴走したモンスターの被害は大きい。負傷者の手当てに壊れた建物の復興。まだまだやることは残っているのだ。反省しているから無罪と言うわけにはいかん」
つらつらと述べられる正論に、アスモデウスはまた暗い顔で俯く。
「ま、そらそうやわなー」
静かに話を聞いていたトラジは、頭の後ろで手を組み呑気に呟いた。
「お前、協力するんじゃなかったのかよ」
「だって、アルマの言う通りやんか。コイツのやったことは犯罪なわけやし、罰を受けるのは当然やろ?」
手のひらを返すような口ぶりに、ガチムは呆然とトラジを見つめる。
「トラジのバカ! そんなのブーちゃんが可哀想じゃん!」
ラビは頬を膨らませ、トラジを睨み付ける。
「うるさいなぁ……だから、その罰を受けさせろって言うてるんや」
その場にいる全員がその意味を理解できず、それぞれ顔を見合わせる。
「トラジ、もうちょっとわかるように言え」
痺れを切らしたように、ガチムが話の続きを促した。
「だからぁ! コイツを騎士団に入れて、復興を手伝わせたらいいんちゃう? ってことよ」
トラジの言葉に一瞬の間を置き、アルマはワナワナと震え大声を上げる。
「なっ……魔物を騎士団に入れるなど、出来るわけがないだろう!」
息を整えるアルマに、ガチムは戸惑いながらも援護する。
「確かに、無理矢理と言うか横暴な案だが……あり得ない事ではないのでは? ほ、ほら、性根を鍛える事も、監視も出来る。無駄に牢屋に入れるより、こちらの方が有益ではないだろうか」
「お、お前まで……」
ガチムの話に、アルマは困惑して頭を抱える。
「ねーちゃん、頼むよ!」
「ボクチン、何でもやるよ! 壊れた建物だって、もっと凄いのを建てるから!」
ラビとアスモデウスの目は輝いている。
2人のキラキラした瞳に見つめられ、アルマは狼狽えつつ深いため息を吐いた。
「はぁ〜……こればかりは私の一存では決められん。王に伺いを立ててみる」
アルマの言葉に、アスモデウスとトラジたちはパッと表情を和らげる。
そして口々に、喜びの声を上げた。
「あ、ありがとう! ボクチン、頑張るから!」
「良かったな、アスモデウス」
「ブーちゃんおめでとう!」
「さっすがアルマ! 話がわかるわ〜」
気が早いトラジたちに、アルマは慌てて釘を刺す。
「ま、まだ決まったわけじゃない! こら、騒ぐな! 椅子の上で踊るな!」
喜ぶ一行に、残念ながらアルマの声は届かなかった。
頭を悩ませるアルマだったが、数日後、彼女のもとに新たな悩みの種が届く。
◇
『魔物ちゃんの件は、団長のアルマに任せるよ〜。なんか、適当にいい感じでおねがいね〜』
エレフセリア国王からの返信を見るなり、アルマはそれをぐしゃりと握り潰す。
「国王、陛下〜!!」
アルマは涙を流し、ギリギリと歯を食い縛った。
どうやら彼女の受難は、まだまだ続きそうだ。




