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14話 魔物の初恋

前回のあらすじ


呪いの元凶、アスモデウスを無力化したトラジ。

非モテの呪いが解け、攫われた女たちも町に戻りトラジたちは安堵していた。

そんな時、酒場の店主が慌て声をかけてきて……?


 深夜。ようやくジェロスの町に女たちが戻ってきた。

 男たちは歓喜し、夜中にも関わらず民家からは明るい笑い声が響きだす。

 そして、トラジと同じ呪いの服を着ていた若者も、嬉しそうに町中を女と並んで歩いている。

 その何気ない普通の町の風景を、トラジたちは満足そうに眺めていた。


「うんうん。平和が戻ったようやな」

「そうだな……ところで、これからどうする? こやつの事もあるし、今からラルの町に戻るか?」

 手足を拘束し、縄でぐるぐる巻きにしたゆるキャラ状態のアスモデウスを背負って、ガチムはその肩をヒョイと揺らした。

「冗談やろ!? こんな真夜中に、またあの森通るなんてゴメンやで」

「ウチも疲れたー。なぁ、どっかで飯にしよー?」

 ガスマスクを外せてからラビはテンションが高く、トラジにぴったりとくっついたまま頬を膨らませる。


「ほら! ラビも疲れた言うとるし、宿でも探してさぁー」

 トラジが良い気になって話していると、突然後ろから聞いたことのある声が聞こえる。

「あー、いたいた! アンタら、すっかり探したよー」

「あんたは、酒場のオッサン」

 酒場の店主はトラジたちを見つけ、息を切らして走る。


「どうしたのだ? そんなに慌てて」

「どうしたもなにも! アンタたちなんだろ!? 町の女たちを助けてくれたの」

「ふん、まぁな。犯人の魔物もこの通りや!」

 トラジは鼻息荒く、ガチムに背負われたアスモデウスを指差す。

「うお!? こ、この紫のちんちくりんが!?」

 小さくなったアスモデウスを前にして、店主は怒りよりも驚きで目を見開いた。

「んーー! んぅーーー!!」

 口も塞がれたアスモデウスは、腹を立てているのか呻き声を上げ身じろぎする。


「今はこんなやけど、なかなか醜悪な魔物やったで? ま、俺にかかれば大したことないがなー」

 トラジはフンと鼻息を鳴らし、わざとらしく胸を張った。

 自分の手柄にしようとする関西人を、ラビとガチムは冷ややかに見つめる。

「じーー」

「……どの口が言っているのだ」

 

 店主はそんな2人に気付かず、感激のままにトラジの手を両手で握りこむ。 

「本当にありがとう。ひとり娘も無事に帰ってきて……なんて、お礼を言えば良いか」

「……オッサン」

「気が強くて口は悪いが、男手ひとつで育てた自慢の娘なんだ。本当に、ありがとうな」

 無骨に見えた店主だが、目元はじんわりと涙が滲んでいた。

 トラジはフイッと顔を背けると、赤くなった頬をポリポリと掻く。

「別に……大したことないって言うたやん」 

 珍しく照れたトラジの姿に、ガチムとラビはニヤニヤと顔を見合わせていた。


「そうだ! アンタら、泊まるところはあるのかい? 決めてないなら、うちに泊まってってくれ。ご馳走も作るし、もちろんお代はナシだぜ!」

「え、マジで!?」

「泊まる!! ご馳走ご馳走〜! ウチもう腹ペコだよ」

「有難いが、いいのか? 夕方にもご馳走になったばかりで」

「構わん構わん。何かお礼をしなきゃ、俺の気が済まないからよ!」


 店主の勢いに押され、トラジたちはまた酒場に向かう。

 店内は相変わらず客の姿が無かったが、カウンターの中にはひとりの女性の姿があった。

 

「あ、いらっしゃい! さっきは助けてもらってありがとね!」

 女はカランと空いたドアに目を向けると、食器を拭く手を止め嬉しそうに声を上げた。 

「お、おう」

 向けられた自然な笑顔に、トラジは一瞬顔をひきつらせて返事をする。

 どうやら、まだ呪いが解けたことに慣れていないようだ。


「お前! まだ休んでろって言っただろ!」

「だって、何か清々しくってさー。じっとしてるなんて無理!」

「ったくしょーがねぇ。ふらふらして邪魔だけはすんなよ?」

「はいはーい。わかってるわよ頑固オヤジ!」

 二人は顔を合わせるなり大声で口喧嘩を始める。

 その勢いに呆気に取られ、トラジたちはポカンと口を開けて棒立ちになった。


「なかなか、元気な親子だな」

「お、おう。なんと言うか、地元の町中華みたいな雰囲気やわ」

「オッチャンとねーちゃん、喧嘩してんの?」

 不思議そうに首を傾げるラビに、ガチムは柔らかく微笑む。

 

「いや、たぶん嬉しくて仕方ないんだろう。さ、俺らも早く座ろう」

「うん!」

「オッサン、とりあえず肉!」

「あいよ! ジャンジャン焼くから待ってろ! お前、早いとこお客さんに酒持ってけ!」

「今用意してんだろー? はぁ、すみませんね。オヤジ、煩くて」

 娘は大きな返事の後、トレーにのせた酒とジュースを席に運ぶ。


「いや、活気があっていいですよ。なぁトラジ?」

「あ、うん」

 トラジは目を合わせず、娘が置いた麦酒を受けとる。


「ん? トラジ、何か顔赤い」

「はは、もしかして照れているのか?」

「え!? もしかして、私が美人過ぎたから?」

 娘は目を見開き、驚いたように口を押さえる。

「ちゃうわ!! あ、いや、美人じゃないとかそう言うんじゃなくって」

 あからさまに狼狽えるトラジを見て、皆は同時に吹き出した。


「あっはは! ごめんごめん、つい悪ノリしちゃった。じゃ、ゆっくり楽しんでねー」

 娘はひとしきり笑うと、ヒラヒラと手を振り戻っていった。

「くそ、人の事おちょくって……って、お前らもいつまで笑てんねん!」

 トラジは未だに肩を震わせて笑うガチムの足を机の下で蹴った。

 

「イタっ! わ、悪かったよ。ほら、乾杯しようぜ?」

「あはは! 乾杯カンパーイ! トラジも早くー」

 ラビに急かされ、トラジは軽くため息を吐いて立ち上がる。

 そして瞬時に表情を切り替え、いつもの調子で大声を上げた。

 

「事件解決を祝して……カンパーイ!!」

「乾杯!」

「パイパーイ!!」

「こらラビ! 下ネタはまだ早い!!」

「にゃははは! シモネタ、シモネターー」

「これ、やめなさい。(絶対わかって言っていないな)」   

 

 それからしばらく、深夜にも関わらずトラジたちはどんちゃん騒ぎ。

 酔いも回って少し静かになった頃、一仕事終えた娘がトラジたちのテーブルに近づく。


「どう? オヤジの料理は口に合ったかい?」

「うん! めちゃめちゃ旨かったぞ! ウチもっと食べれる!」

「はは、もう止めておけ。動けなくなるぞ?」

「うふふ。喜んでもらえて良かったよ」

 椅子を引いて腰かけた娘に、トラジは声を掛ける。

 

「なぁ、拐われた時の事って覚えてるん?」

 娘は考え込む素振りをするも、曖昧に口を開く。

「うーん、あんまり。ある時急にオヤジや町の男に嫌気がさして、ってとこまでは覚えてるけど」

「ふむ。たぶんその時にアスモデウスの術にかかったのだろう」

「アスモ……何だいそれは?」

「紫の太っちょの魔物! ほら、あの柱にくくりつけてるヤツだ」

 ラビの指差す方には、店の大きな柱に巻き付けられたアスモデウスの姿があった。


「うわっ!? 全然気付かなかった! アイツが、私らを拐ってたの?」

「そや。今は無害なゆるキャラの姿に変えてるけどな」

「ふーん」

 娘は立ち上がると、興味津々な様子でアスモデウスの方へ近寄る。 

「お、おい! 無害やけどあんま近づくのは」

 トラジの呼び掛けを気にせず、娘はアスモデウスの前にしゃがみ込んだ。


「へぇ〜」

 じっくりと色んな角度から眺める娘に、アスモデウスはプイッと目を背ける。


「ふふふ……何か、ちょっと可愛いかも」

「!!?」

 娘の一言に、アスモデウスは目を真ん丸に見開き頬を赤く染める。


 ——可愛いかも……可愛いかも……可愛いかも、かも、かも


 アスモデウスの脳内に、しばらくその言葉がループする。


 (ボクチンが……可愛い? 魅了、してないのに?)


「ちょいちょいちょい、何口走ってんねん! 今はこんなんやけどなぁ、魅了の術でハーレム作るような卑劣なヤツやで!? 見た目に騙され過ぎやぞ!」

 トラジが捲し立てると、アスモデウスはムスッとした顔で目を伏せた。

「まぁ、そうなんだけどさぁ……けど、誰も怪我もなかったし、何かお揃いの可愛い服まで着てたし。そこまで酷いヤツとも思えないんだよね」

 呑気に話す娘に、トラジは呆れてガシガシと頭を掻く。


「ちょっと人が良すぎる気もするが、それがアンタの魅力だな」

「ねーちゃん優しい!」

「いひひ、あんがと」

 ガチムとラビの言葉に、娘は子供っぽい笑みを浮かべた。

 そして、アスモデウスに向き直ると、そのふっくらとした頬をイタズラに指でつつく。


「アンタ、もう悪さしたらダメだからね?」

 アスモデウスはキョトンとしていたが、すぐに赤く染まった顔を高速で何も縦に振った。

「あはは、素直でよろしい! ほら、この子も反省してるみたい」

「はぁ〜……全く、甘すぎやろ」

「ふっ、優しい人じゃないか」

 呑気に微笑むガチムを、トラジは相変わらず不服そうに睨むのだった。


 ◇

 

 ご馳走を堪能した後、トラジたちは店の二階の客室で寛ぐ。

 ラビは部屋に入るなりベッドに飛び込み、数秒後には豪快なイビキを立てる。

 トラジも久しぶりの風呂にさっぱりした後、すぐにベッドに潜り込む。


「はぁ〜、風呂がこんなに気持ちいいとは知らんかった……」

 染々とこぼした後、トラジはふと部屋の隅でゴソゴソとするガチムを見る。

「……ところで、さっきから何してるん?」

「ん? あぁ、コイツの縄を緩めてやろうと思ってな」

「はぁ!?」

 口と足の縄を解かれたアスモデウスを見て、トラジは驚き大声を上げる。


「何でわざわざそんなことを! 逃げたらどうするん!」

「体は動かないように固定してあるし、大丈夫だ」

「でも、何するかわからんで!?」


 騒ぐトラジたちをしばらく眺めていたアスモデウスは、ようやく自由になった口を開く。

「別に……今は何もする気はない」

 シュンとした声色に、トラジはようやく静かになった。

 トラジはベッドの上で胡座をかくと、ムスッとした顔で話を振る。


「お前さぁ、何でこんな事やらかしたわけ?」

 トラジの言葉に、アスモデウスは恨めしそうに顔を上げる。

「そ、それは……ボクチンだって、モテたかったから」

「あぁ?」

 拍子抜けするような返事に、トラジは間抜けな声を出す。


「だ、だから! 他の男たちをモテなくして、ボクチンだけがチヤホヤされたかったの!!」

「お前さぁ……どうしょうもない陰キャ童貞やな」

 呆れて呟いたトラジの言葉に、アスモデウスは酷く驚いた顔で叫ぶ。

「な、何でボクチンが童貞だって知ってるんだ!!」 

「何でもなにも、あんなハーレム作っておいて誰ひとり手も出してないし……何よりその目! 童貞特有の女慣れのなさはな、どうやっても隠しきれんのや」

「そ、そんなぁ……」

 ズバッと言い当てられ、アスモデウスはがっくりと項垂れた。


「ま、まぁ、その件については置いといてだな。これからお前の身は、ラルの町の騎士団に引き渡すことになる」

 ガチムはアスモデウスの肩をポンと叩き、冷静に話かける。

 その言葉にピクッと体を揺らし、アスモデウスはゆっくりと顔を持ち上げた。


「……その事で、実はお前たちに頼みがある」

「あぁ? 頼みぃ?」

 トラジは心底面倒そうに眉を吊りあげる。

 その反応に、アスモデウスは言いにくそうに咳払いをする。


「ボクチンを……この町に残してくれ!」

「はぁぁぁ!? そんなこと出来るわけないやろ! お前舐めてんのかぁ!?」

「む、無理は承知だ。でもこの姿なら、もう魔法は使えんし何も出来ん」

 アスモデウスの反論に、トラジとガチムは困ったように顔を見合わす。


「あんなぁ、その魔法の期限は1日や。明日の夜には元の姿に戻る」

「な、なんだと!? ずっと、可愛いままでは無いのか?」

「まぁな。魔法をかけ直せば、継続は出来るやろうが」

「じゃ、じゃあ頼む! 毎日この姿で居させてくれ!」

「お前、言うてることメチャクチャやぞ!? 1日1回しか使えん貴重な魔法を、何でお前なんかの為に使わなあかんねん」

「そこを、何とか……頼む」


 2人の様子を見ていたガチムは、消えそうな声で懇願するアスモデウスに落ち着いた声で尋ねる。

「どうして、そこまでこの町とその姿にこだわるのだ?」

「そ、それは……」

 アスモデウスは何故か言葉に詰まる。


「「それはぁ?」」

 2人同時に話を促され、アスモデウスはゴクリと息を飲んだ。


「ぼ、ボクチン……あの娘の事が好きになっちゃったのーーーー!!」


「なっ……何ぃぃぃぃーーー!?」


 部屋が軋むほどの声のボリュームと衝撃の告白。

 驚愕するトラジたちのそばで、ラビだけは何も気付かずに寝息を立てるのだった。

 

 

   

 

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