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「めっちゃ探してますけど、大丈夫ですよね……?」


 奈都の右側で、充希が怯えながらかなり小声で囁いてくる。


「待って、嘘、あんな人たちが相手なの……? どうしよう、うちの兄、全然強くないんだけど……」


 三人を探す男たちを眺めて、左側で理世が震えた。


「見つからずにやりすごして、あとは車さえ来てくれれば逃げられるから。純誠さんが戦う必要はないよ。運転技術さえあれば」


「でも……」


「大丈夫。とりあえずふたりは、人質にならないことだけを念頭に置いて気をつけて」


 ふたりがこちらの手のうちにあれば守りきる自信がある。奈都は、念のためふたりに地面の土を握らせた。あの男たちは焦りに加えてこちらが歯向かって来ない弱者だと油断しているはずだ。目潰しは誰にでもできて、かつ、効果的な攻撃となる。


(ゆうちゃんさんがなんかブチギレてたし、むしろ彼らにご愁傷様という気持ちなんだけど)


 あの他人に興味のない優一を怒らすなんて、一体なにをしたのか。


 どうせみのりん関係のことだとは思うが。


「先輩っ、草むら探しはじめましたよ!? 今から走って逃げたほうが――」


 奈都は充希の口を手で塞いだ。


「大丈夫だから、しー。お口、チャック」


 有無を言わさぬ圧に、充希は器用に目だけでこくこくとうなずいた。よろしい。


 息をひそめて待機し続ける。やはり慌てず騒がずいることでかなりの時間は稼げたが、とうとう奈都たちのいる茂みにひとりが手をかけようとした。


 そのときだった。


 まばゆいヘッドライトとともに、轟音を立てた車が飛び込んで来たのは。


 キキキィー! と急ブレーキ。危うく男たちを轢くギリギリのところで、悲鳴のような音を立てた見覚えのある国産車が土煙をあげて停車する。


「うちの車だ!」


 理世は茂みから飛び跳ね、歓喜の声を上げる。運転席のドアが勢いよく開かれると、純誠が飛び降りて来た。


「理世!」


 茂みからつんのめりそうになりながら転がり出た理世は、握っていた土を捨てて、一目散にその腕へと飛び込んだ。


 兄ではなく、彼氏の。


「りーちゃん!」


「亮太!」


 その場で立ち尽くした純誠は、黙って行き場をなくした腕を下ろし、抱き合う若い恋人たちをほっとした様子で眺めていたが、奈都と目が合うと顔色を変えて走って来た。


「奈都さん! 大丈夫ですか!?」


 大丈夫ですと答えたが、車のライトのせいで頰がほんのり赤くなっていることに気づかれてしまった。ぐっと彼の眉根が寄る。そのままきつく抱き締められて、奈都は戸惑いながら後部座席に乗ったままの優一へと目を向けた。予想通り、かなりご立腹な様子だった。


(うわぁ……)


「あの、純誠さ……」


 離してと言う前に、急停車が起こした土煙で目潰しされていた男たちが復活し、それぞれ武器を片手にじりじりと迫って来るのが視界の端に映った。


「先輩っ!」


 駆け寄ってきた充希に、奈都は意識を切り替えて指示を出す。


「充希くんは、理世ちゃんと亮太くんと一緒に車に! 早く!」


 充希は、涙の再会を果たした恋人たちの首根っこを引っ掴み、リア充め! と罵りながら車の後部座席へと押し入れて、最後に自分も転がり込んだ。体力はないが俊敏さはあったらしく、寸前で伸びて来た男の腕をかわして、その隙に中で待機していた優一がドアをロックする。


「奈都さんも!」


 純誠に手を引かれて車まで走る、が。


「なっちゃんさん!」


 車内からのくぐもった声にはっとしたとき、背後から鉄パイプをふりかぶった男が現れた。反応が遅れた奈都をかばうように、純誠が覆いかぶさる。


 鉄パイプが純誠の背中へとふり下される寸前で、奈都は彼ごと体をひねって倒れ、地面を転がった。鉄パイプの、ぶうん、という空を裂く音が耳元でした。


(危なっ……)


 あんなもので殴られたら、打ちどころが悪ければ死んでしまう。殺す気なのか。


 幸いふたりそろって難を逃れたが、二撃目がすぐそこまで迫っていた。


 純誠が奈都を背に隠して、にやけ面の男と対峙する。しかし彼には武器もないので、圧倒的に不利だ。鉄パイプ男はいたぶるような顔でじりじりと迫ってきた。


「俺が守るから、下がって」


 こんなときだというのに、きゅんとしてしまった。相手が奈都でなくても彼ならきっと同じことをしただろうが、失ったはずのときめきが蘇ってきた。


 純誠の横顔に見惚れかけたが、今はそれどころではない。彼の手を引いて、逃げようと懇願する。


「戦わなくていいから! 逃げて!」


 一戦も交えず全員無傷で撤退したい。最悪の事態にならないように。


 敵は全員奈都たちの方へと集中してにじり寄って来る。もはや一刻の猶予もない。


 誰よりも、純誠を傷つけたくなかった。


 まだ、好きな人、だから。


 追い詰められて、ふたりの頭上へと鉄パイプがふり上げられる。純誠は身を呈して奈都をかばおうとしている。


 鈍色のそれが純誠を殴打しようとふり下されるのが、スローモーションで見えた。


(だめっ……!)


 その刹那、奈都の体は思考を凌駕した。気づくと、重力で加速する鉄パイプの側面を的確に狙い、蹴り飛ばしていた。


 純誠に触れる寸前で、鉄パイプは急激な軌道変更を余儀なくされ、男の手から離れくるくる宙を回転しながら飛んで行って、ざく、と鈍い音を立てて地面へと突き刺さった。


 ぽかんとする純誠をそのままに、なにが起きたのかわからず虚をつかれていた鉄パイプ男の隙だらけの横腹に、奈都は渾身の回し蹴りをぶちかました。


 ぐは、とうめいた男は、ぐしゃりと地面へと崩れ伏す。その体を睥睨するが、もう、ぴくりともしなかった。


「な、奈都さん……?」


 奈都は自分の腕に触れた純誠の指を、そっと剥がす。


 顔は見れなかった。怯えた顔をしていたら、耐えられそうにない。


 他人に手をあげてしまった。実際には足だが。


(ああ、だけど……これで完全に諦めもつく)


 奈都は車内からもれ聞こえてくるヤジのような優一の叱咤激励に内心苦笑してから、ぽかんとした様子の男たちと向き合い、脇を締めて即座に構えた。


 全盛期の祖父の勇姿を彷彿とさせる、ファイティングポーズで。


「一発KOで再起不能になりたくなければ、早く降参してくださいね。わたし、手加減なんて器用なことはできないらしいので」


 ざっと前後に開いた足の親指に重心を置いて、右拳を頰に当てた奈都は、場違いにきゅっと口角を上げて笑った。


 最後通牒だ。


 このまま恐れを成して逃げ出してくれたら楽だが……向かって来ても構わない。


 正直、負ける気は全然しなかった。




次回、奈都の過去編

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