第六十八話:終幕
あの龍脈封印の崩壊から一週間。町は次第に平穏を取り戻しつつあった。
龍脈からの霊気の供給が途絶えると、猫神は元の小さなハチワレ猫の姿に戻ってしまった。
「もうお前たちにかかわるのはごめんにゃ」そう言い残し田代島行の船に乗り込んだ猫神だったが、すぐに船の甲板に駆け戻り叫んだ。
「か、かならず今度はお供えにちゅーるを持って遊びに来るにゃー」
感動の別れを過ごした後も、どこで手に入れたのかスマホを使って毎日のように日月たちに連絡を送ってよこしている。最近は陸奥総社宮の101番目に入れてもらえないかと、八塩じいにお願いしているという噂だ。
大量に街にあふれた妖怪たちは、全国の陰陽寮から応援が駆け付けたこともあり、ほとんどが沈静化していた。自我を持ち人間と共生が可能な妖怪は、陰陽寮が主催する妖怪生活相談が窓口となり、人間の世界に静かに紛れていく。そして、学校を襲った妖怪たちのように過剰に人間たちに危害を与える危険がある妖は人知れず祓われていった。
鹽竈神社の龍脈は完全に封じられ、あれから霊気の漏れだす心配はない。
今回大量に目撃された妖怪の目撃談も、情報操作部が気付かれないように人々の記憶から薄れさせていくことだろう。
いずれそのどれもがたわいのないうわさ話や、都市伝説の一つとして語られるようになる。
加茂誓詞が目指した霊格を引き上げ、妖が力を持つ世界への移行は失敗したと言えた。
山吹色のBe-1にもたれかかり、小高い丘の上から誓詞は仙台の城下町を眺めて煙草を吹かす。
浮き上がる煙の中には、以前と変わらぬ笑顔で部活に参加する日月の姿が映った。
まさか、あそこまで鬼に侵食されながら人間に戻れるとは、想定外だった。
「さすが宗一郎さんの娘なだけはあるということか」
煙草を携帯灰皿に捨てると運転席に乗り込む。龍脈は封じられ、混乱は陰陽寮によって収められてしまった。それでも……
誓詞には確信があった、人間は鬼の力の誘惑からは逃れることはできない。映像に映った日月の姿を思い出す。うまく前髪で隠してはいるが誓詞は気づいていた。日月の額にはまだわずかな角の痕跡が残ることを。
「さて、次はいつ会えるかな。君の成長を楽しみにしているよ」
真新しいマスタード色のジャケットを羽織り運転席に乗り込んだ。
*
「——というわけで、花子さんと健太君が正式にこの学校の生徒として学校に通うことになりました」
ここは超常現象研究部の部活が行われている科学室。今日も黒板の前に立つ日月が集まった部員に報告を行っている。
「まだ人間の生活に慣れないだろうから、二人は私たちと同じクラスに配置してもらったわ」
もちろん日月の力ではない。陰陽寮が運営する妖怪生活支援機構の働きだ。
「花ちゃんは私と同じ2年、健太君は陽翔君と同じ1年生ね」
人化の術を会得した二人はうれしそうに日月の話に耳を傾けていた。一方で陽翔は不安そうな表情を隠さない。
「健太、みんなの前では気を緩めないでくれよ、この前だって大変だったんだから」
学校の生活に慣れるためと一緒に校舎を回っていたとき、躓いてバランスを崩した拍子に目玉が零れ落ちるという事件を起こしていた。
あの時は目撃してしまった生徒に、この友人は手品が趣味なのだと、ごまかしの説明をするのに非常に苦労したのだ。
「大丈夫です。一般常識はYouTube動画で勉強しましたから」
陽翔は頭を抱える、インターネットの中で常識と言われるものほど非常識なものはない。
これからの人体模型と一緒の学校生活を考え陽翔は頭を抱えた。
「ところで、ベートーベンさん、いや違った弁太郎さんはどうしたんですか?」
花子がきょろきょろと教室を見渡してたずねる。
「ああ、彼はさすがに生徒っていう見た目じゃないから、音楽教師として赴任することになったわ。今日は教員同士の顔見せに行ってるみたい。正式採用になったら超常現象研究部の顧問にもなってもらう予定よ」
学校での事件に合った生徒は記憶を調整され、学校を襲った爆破テロ事件に巻き込まれたことになっていた。
その中でも、弁太郎が生徒たちを救ったという事実は変わらない。赴任の準備で学校を訪れたときに事件に遭遇した、という事になっている。
「でもこれで部員は四人、顧問もついて正式な部活動として堂々と活動できるわね」
日月の発言にやっぱり非合法だったんじゃないかと陽翔はあきれる。
それでも、日月が楽しそうならそれでもいいかと、今は感じていた。
落ち着きは取り戻したとはいえ、霊気濃度は他の地域に比べてまだ高い状態で推移している。また妖怪の脅威が繰り返される可能性は残っているのだ。
それに……
陽翔は教壇の上で前髪を気にする日月の姿を覗き見る。
あの日以来、日月は前髪を下ろしたままだ。陽翔はまだ日月の額に小さく角の突起が残っていることを知っていた。よく見なければわからない程度だが、あれはまだ日月の中に鬼の因子が残っている証拠なのだという。
京都に戻る玲愛は詳しく調べてみると、日月の血液を持ち帰った。何かわかれば連絡してくれるだろう。それまでは自分が日月を守るのだと改めて心に誓う。
「では今日の議題は、私のインスタフォロアーを倍増するにはどうすればいいかよ」
今日もにぎやかな部活が始まった。
*
部活が終わったあと、日月と陽翔は多賀城の荒覇吐神社を訪ねていた。
今日は妖怪生活支援機構によって荒覇吐神神社の改装が行われるからだ。
あの日、消えかけた荒覇吐神を守るため日月は荒覇吐神社の信仰を広めることを決意した。
しかし、記紀にも登場しないご利益も未確定な神社にわざわざ訪問する人などほとんどいない。社を守る宮司すらいないのだ。
多くの神社が廃れていくこの令和において、新たに信者を集めるのは容易ではない。
日月たちは何度も荒覇吐神社を訪れ作戦を考えていた。
「やっぱりSNSしかないわね。安心して荒覇吐神様。私のインスタでばっちり宣伝するから」
力強くガッツポーズをする日月だったが、陽翔は現実的だった。
「登録者1500人程度ではたかが知れていますよ。それよりインスタ広告とか……」
「1532人よ!」
即座に日月が訂正する。
「この前より三人も減ってるじゃないですか」
なんだろう、最近妖怪がらみの事件が増えたことで怖くなってフォローをはずされたのだろうか。
「広告うつくらいなら自分の宣伝するわよ!それにそんなお金ないじゃない」
日月はぷんぷんと腹を立てる。それより荒覇吐神の信者を獲得する話なのに、何とか自分のフォロアーアップにもつなげようとする日月のせこい考えが垣間見える。
「やっぱり、荒覇吐神様の得意分野を発信するのがいいんじゃないですか。ずっとこの地域を見守ってらっしゃったんだから地域の歴史とか」
「陽翔君、それは難しいわよ。ただでさえ妖怪や神様って人間の機械には反応しないのよ。私がインスタに映ってもらうためにどれだけ苦労したと思っているのよ」
過去の苦労を思い出したのか、日月が涙ぐむ。
しかし陽翔には妙案があった。
「別に荒覇吐神様本人が画面に出る必要はないんですよ」
「え?音声だけってこと?そんなの今時流行らないわよ?」
日月の疑問に陽翔は人差し指を顔の前で振ってチチチと舌を鳴らす。
「荒覇吐神様、Vtuberって知っていますか?」
かくして、荒覇吐神社の社務所に簡易の撮影スタジオが作成されることとなった。
小さな箱の中にスマートフォンを利用した小型の配信設備が整えられていく。体の小さな蛇である荒覇吐神にとってはこれで十分だ。
配信確認用のディスプレイには、荒覇吐神の姿をイメージした赤い衣装に身を包んだ美しい大人の女性デザインのアバターが用意されていた。
モデルにしたのは蝦夷の巫女、母禮の姿だ。今は語ることのできない自分の半身を日月は荒覇吐神の姿に重ねた。もちろんデザインを描いたのは日月ではない。あくまでイメージを伝えただけだ。
配信内容は歴史雑学とフリートークの予定。千三百年間人間の活動を観察してきた神である、話題には事欠かない。
玲愛が派遣してくれた陰陽寮のデジタル班が霊波と電波の変換設定、配信の方法などを荒覇吐神に説明している。
「まさか、荒覇吐神様がVtuberになるとは思わなかったわ」
設備の準備の間、陽翔と日月は境内を散歩しながら新緑の生えそろった鎮守の森を眺める。
初めてここを訪れたときは、神域に閉じ込められ、くねくねに襲われと大変だったことを懐かしく思い出す。まだあれからたいした時間は経っていないというのに、とても昔のことのように感じられた。
「荒覇吐神様もノリノリでしたね、意外と人気チャンネルになるかもしれませんよ」
「陽翔君、SNSっていうのはね、そんなに簡単なものじゃないのよ。荒覇吐神様には先輩としてしっかりレクチャーしてあげるわ」
森の新鮮な空気をいっぱいに吸い込んで日月がえらそうに語る。
今は二人きりだ、陽翔はあの時の答えを聞こうと、日月に向きなおる。
「日月先輩、あの、返事を……」
真剣に向かい合う二人に、社務所の入り口から顔を出した陰陽寮の技術者が声をかける。
「あのー設置終わりました」
「あ、はーい、今行きまーす」
日月は意味深な笑みを浮かべ陽翔の手を取った。「荒覇吐神様が待っているわ、行きましょう」
また聞きそびれてしまった。それでも今はこんな関係のままでも当分は良いのでないかと、陽翔はつながれる日月の手のひらの体温を感じながらかんがえていた。
開設された、荒覇吐神のVtuberチャンネル「荒覇吐スネーク」は好調だ。順調に登録者数を増やしている。
魅力的なアバターと独特の節回し、説得力のある説明はあっという間に話題のチャンネルとなった。
「わしは千三百年間人間の歴史を見てきた神じゃ。信者諸君、今日も古の物語をしよう」
今日もたくさんの視聴者の興味を引き付けてライブ配信が始まる。
リスナーに『神』とあがめられるおかげで、荒覇吐神の力は少しずつ回復していた。
一か月後、荒覇吐神のVtuberチャンネルが、 登録者10万人を突破して、日月がひどく落ち込むこととなるのだが、それはまた別のお話だ。
END
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
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無事完結いたしました!!!!
この長いお話を最後までお読みいただき。誠にありがとうございます。
なんだかんだで、最終的に20万字を超える長さとなってしまいました。
こんなに長い話をかいたのは自分でも初めて・・・
それでも、もっと書きたいお話はいっぱい。実際、かなりの伏線をぶん投げっぱなし状態です……
この後も、日月たちの戦いは続きます。
いつになるかわかりませんが、続編をお持ちいただければと思います。
最後に、少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!!
ありがとうございました。
杜宮みやび




