第六十七話:物語の終わり
日月が人間に戻ると、日月の体にとどまっていた霊気は周囲に霧散した。
式神たちも髪飾りに戻り地面に転がる。散らばった髪飾りは丁寧に猫神が拾い集めてくれていた。
髪飾りを運んできた猫神だったが、さすがに空気を読んで離れた場所に腰を下ろした。
「日月先輩、大丈夫ですか?」
頬に真っ赤な手のひらの跡をつけたまま、陽翔は不器用に笑う。
日月は気恥ずかしそうに、うつむき謝罪する。
「ご、ごめんなさい。それから、ありがとう……」
その『ありがとう』はいったいどちらに対して出た感謝だろうか、鬼から救ってくれてことか、それとも……
「ひづきぃ~」
陽翔が続きを効く前に、駆け寄って来た玲愛が日月に抱き着く。
素肌にジャケット一枚という姿の玲愛が動くたびに彼女の真っ白な生足が目に映り、陽翔は視線を逸らす。タイミングを逸した陽翔は告白の答えを聞きそびれてしまった。
「よかった、ほんまに鬼になってまうんやないかと心配したで」
「ええ、もう大丈夫よ、陽翔君が私の心を引き戻してくれたから」
恥ずかしそうにチラリと陽翔に視線を向ける。陽翔は反対を向いたまま頭をかいていた。
そこに麗子も合流する。
「日月ちゃん、無事でよかった」
人の姿をとった麗子はその瞳にいっぱいの涙を浮かべていた。
「麗子さんも、あの時、玲愛を助けてくれて本当にありがとう」
「いいのよ、私は荒覇吐神様の指示に従っただけですもの」
顔の前で手を振って、恥ずかしそうに目をつむる。
「そういえば、荒覇吐神様は?」
日月が見渡すと、荒覇吐神様と鹽竈神社の神々は今はぐったりと動かない荒魂の周りに集まっていた。
玄武の結界による戒めから解き放たれた荒魂は、その巨体を大地に横たえていた。
周囲にただよう濃厚な霊気を吸収して、少しずつ傷を回復してきているが、負ったダメージが大きく今も動くことすらままならないでいた。
その様子を鹽竈神社の四柱と荒覇吐神の和魂が眺めている。
「さて、武御雷よ、このものの処遇はどうするかのう」
あごひげをさすりながら八塩じいが隣に立つ武神に尋ねる。
「もちろん、二度と復活しないように消滅させるのが一番だ」
腕を組んできっぱりと言い放つ。「しかし、この恨みが募りまた幾年月が立った時、蘇るかもしれん。さすればこの力をきちんと制御できるものに託し、管理させるのが一番なのかもしれん」
武御雷は仏頂面で続けた。
「それは、どういう……」
哀れな半身を眺め、神妙な面持ちで話を聞いていた荒覇吐神が尋ねる。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、魂はあるべき場所に納まるのが一番ということじゃ。今一度一つの神となりともにこの地を見守ろうではないか、脳荒覇吐の神よ」
優し気な笑顔で八塩じいが笑いかける。他の神々も文句はないと微笑んでいる。
「人々に仇なした魂も、まとめて神としてまつる。大和の民とはそういう民族なのじゃ。おぬしがどんな悪行を重ねた神であっても、その怒りを収めるために祈り、信仰するだろう」
荒覇吐神は黙ってうつむいた。赤い蛇の瞳からは大粒の水滴が流れ落ちていた。
「大和の神々よ、ありがとう。しかし、やはり我はこの荒ぶる魂を受け入れることはできん。1300年もの時間分かたれた魂はもはや別物じゃ。元の魂に融合することはかなわないだろう」
神々が見守る中、荒覇吐神は今も苦しそうにうごめく荒魂の体に触れた。
荒魂の体がまばゆい光を放って変質してゆく。
「民を守れなかった後悔と恨みだけで生き続けた1300年は長かったであろう。せめてこれからは安らかに眠ってくれ」
光の玉となった荒魂の体はゆっくりと宙に浮かび、そのまま龍脈の穴の上に納まるとその光を消した。あとには穴をふさいだ巨大な赤黒い大岩が鎮座していた。龍脈の穴はふさがれ霊気の放出は完全に止まっていた。
「荒覇吐神殿、これは……」
志波彦大神が驚きの声をあげる。龍脈の封印は完璧に行われていた。
「我の魂の力を使い荒魂を封印の岩に変えた。もうこの封印を破壊することは簡単ではなくなったはずじゃ」
荒魂の力だけではない。日月に力を分け与えたときのように、荒覇吐神自身の力もほぼすべて注ぎ込んでいる。もしもう一度黄金の龍があらわれたとしても、この岩を破壊することはできないだろう。
しかしその代償として、荒覇吐神自身も消滅する寸前となっていた。
「荒覇吐神、貴様、この封印を我らだけに任せて自分は消えようというのではあるまいな。自分勝手にもほどがあるぞ」
武御雷が怒り声を荒げる。
「すまない、しかし、すでに我を信仰する蝦夷の民は絶えてもうたのじゃ、忘れられた神は消え去る。これがこの世の理じゃて……」
荒覇吐神の体が薄く透過していく。とぐろを巻いた小さき赤蛇の神は、空に昇るかのように天を見上げる。
「阿弖流為、母禮よ、わしは本当に幸せであったよ……」
消えゆく蛇神の体をむんずとつかむ手があった。
「させないわよ。勝手に消えるなんて許さないんだから!」
龍脈が封印されるのを見た日月たちも慌てて駆け付けていた。消えかけた荒覇吐神の体をしっかりと、しかし優しく包み込む。
「1300年の歴史なんて16年しか生きていない私にはさっぱりわからないわ。でもね、私は今、荒覇吐神様にここにいて欲しいの」
日月の瞳にも涙が浮かんでいた。
「私だけじゃないわ、私の魂の中にいる母禮だって、陽翔君や阿弖流為、玲愛や麗子さんだって、必要なら毎日だって参拝しに行ってあげる。一人でも信者がいたら神様は存在し続けるんでしょう」
日月は思いをしみこませるように存在が希薄になった荒覇吐神の体を胸に抱いた。
「もう誰かを失うのは絶対に嫌なの」
日月の思いを受け、荒覇吐神は目を伏せた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募中!!
次回最終話。
17時投稿予定です。
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