第六十六話:鬼殺し
「作り物とはいえ、自分の死体を見るのはあまり気持ちいいものではありませんね」
結界を離れ鎮守の森に潜んだ黄金の龍は事の成り行きを見守っていた。
荒魂に攻撃を放ち、現場で食い殺されたのは誓詞の作り上げたただの傀儡だ。誓詞の本体は姿隠しの効果が切れる前に龍の姿でその場を離れていた。
加茂誓詞という隠れ蓑を失うのは痛かったが、あの場所で日月の心を壊すためには致し方なかった。
「武御雷神はやけに陽翔君を気にしていましたからね、脳筋の神の癖に無駄に勘が鋭いのは困りものです」
玲愛を殺すことに失敗した誓詞は、次は陽翔に狙いを定めていたが、うまく接触するタイミングがつかめず仕方なく自分を生贄にすることしかできなかった。
しかしそのかいもあり、日月は鬼と化した。その力は予想以上だ。
「それに、少なくともこれで当分の間は龍脈の穴をふさぐことはできないだろう。このまま霊気の濃度が高まり続ければ、計画は次の段階へ進めることができる」
もはやこの地にかかわる意味はない。
加茂誓詞としての役割は終わったのだ。
「陽翔君、もし君がこの後も生き残ることができたのなら、どこかでまた会いましょう」
黄金の龍は人の姿へ変化し森の奥へ消えていく。もう二度と振り返ることはなかった。
*
狙いを陽翔に変えた日月の攻撃が続く。
武御雷は陽翔を守ろうとするが強力な結界に阻まれ近づくことができない。
「玄武の結界か、厄介なものを」
鋼鉄よりも硬い結界のなか、日月は陽翔をいたぶるように攻撃を続けている。そこに一切の容赦はない。
武御雷は唯一結界の外にいる存在に狙いを変える。
山のように大きく背後にそびえる玄武だ。
結界の周囲を大きく回り込むと、ゆっくりとこちらをにらむ亀の首を切りつける。
「ぐおぉおおおお」
地鳴りのような咆哮が鎮守の森を揺らす。亀の首を守ろうと甲羅に巻き付く何本もの蛇が武御雷を襲うが、そんなものは先ほどまでの荒魂の触手に比べればどうということはなかった。
簡単に蛇の頭を切り落とし、亀の首にさらなる攻撃を加える。
たまらず玄武は甲羅の中に逃げ込もうと頭を縮める。しかし武御雷はそれを許さない。引き込もうとする首の付け根に剣を突き刺し動きを止める。
「ぐおぉぉぉ、ぉ、ぉ」
玄武はその巨体を大地に転がす。途端に周囲に張られていた結界が砕ける。
「よくも私の式神を!」
日月の意識が武御雷に向く。その瞬間を逃さず陽翔は一気に間合いを詰める。青龍が天空より一気に舞い降りる。
「邪魔をするなっ」
陽翔が布都御魂の剣を投げる。剣は一直線に空を飛び、青龍の胸元に深々と突き刺さる。
続いて襲い掛かる朱雀を抜き放った蕨手刀で切りつける。翼を切り裂かれた朱雀は火の粉をまき散らしながら地上に落ちた。
「シロさんは任せるにゃぁ!」
日月のまたがる白虎に猫神が覆いかぶさるように襲い掛かる。陽翔は猫神の背を蹴って日月に抱き着いた。
「きさまぁっ」
日月の怒号が響くが、陽翔は決して腕の力を緩めることはしない。
神獣から落ちた二人は大地にたたきつけられ、絡み合うように白い玉砂利のうえを転がる。
落下の衝撃で肩を痛めた陽翔は日月の体を離してしまった。
立ち上がるのは日月の方が早かった。陽翔に庇われていた分、日月の方が落下のダメージは少ない。
「よくもやってくれたな、許さんぞ」
日月の顔が憎悪に染まる。ぐぐぐと額の角がさらに伸びる。
陽翔も肩を押さえて何とか立ち上がる。膝が笑っている。阿弖流為の力を借りているとはいえただの高校生の体で連戦をこなしているのだ。すでに陽翔も限界を超えている。
日月の両手の爪が長く伸びる。一歩の間合いで今の日月ならば陽翔を串刺しにすることなどたやすいだろう。対して陽翔は一歩足を動かすこともままならない。
『陽翔よ、お前の言葉で日月を心の奥から呼び覚ますのだ』
陽翔の中で阿弖流為が語り掛けてくる。
『鬼の意識が前面に出てはいるが、まだ日月の心は失われていないはずだ。なんでもいい。彼女の心を貴様が呼び起こすのだ』
「そ、そんなこと急に言われても……」
日月と過ごした時間はまだそう長くはない。しかしこの数週間は陽翔の中でも人生で最も濃厚な時間だった。そしてその中心にはいつも日月がいた。彼女への思いは強く心の中にある。しかしその思いが何なのか、言葉にするのが難しい。
『のんびり考えている暇はないぞ』
阿弖流為がせかす。しかし、こんな時にかける言葉がスラスラ出てくるほど陽翔は器用ではなかった。
日月が腰を落とした、すぐにでも攻撃が来る。
『もう間に合わんぞ!』
日月が駆けだすと同時に、耐えかねた阿弖流為が陽翔の体を奪う。迫りくる日月に向けて陽翔の口を操り言葉を発した。
「お、おぬし、着やせする方なのだな、なかなか美しく豊満な乳房であったぞ」
爪を振りかぶったまま日月の動きが止まる。
空気が凍った。
日月の瞳に光彩が戻り、ほほが一気に朱に染まる。
からだの主導権を陽翔に返した阿弖流為が促す。『ほれ、わしが隙を作ってやったぞ。今すぐおまえの言葉を紡ぐんじゃ』
目の前で真っ赤になって固まる日月に向けて陽翔が叫ぶ。
「最初に見たときから、ずっと好きでした!!」
「このタイミングじゃないでしょ!」
振り上げた日月の手は平手打ちとなって陽翔の頬を殴った。
陽翔は勢いよく玉砂利の上に転がる。
赤良く火照ったほほを両手で抑える日月の額からはすでに鬼の角は消えていた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募中!!
残り2話。
本日完結予定です。
最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




