第六十五話:鬼哭
日月を人間に戻す。
そうは言ったものの、どうすればいいかなど陽翔にわかるはずもなかった。しかも猫神の体力はすでに限界に近い。
「猫神様、もう少し頑張れますか」
陽翔は荒い息を吐く猫神に尋ねる。今でこそ龍脈の霊気ドーピングで立派な獅子の姿をとってはいるが、元は小さな島の生意気な猫だ。
「お前ら……神扱いがひどすぎにゃいか……」
そうは言っても今猫神に戦線を離脱されては日月に近づく術がない。無理を言ってでも猫神には頑張ってもらう必要があった。
「猫神様、このまま日月先輩が鬼に変わってしまったら、使役されているシロさんも鬼の眷属になってしまうんですよ」
「にゃに?!」
目を細くして背に乗る陽翔の方を振り向く。猫神の思い猫、いや、思い虎は成獣の姿で日月に付き従っている。鬼と化した時、式神がどうなるのかはわからないが、以前の丸々とした愛らしいトラネコの姿には二度と戻ることはないだろう。あれは日月の思い描く白虎のイメージなのだ。
「そ、それはだめにゃ!まだ頑張れるにゃ、シロさんを助けるにゃ」
猫神の士気も上がったところで日月に向き直る。しかし正直どうやって正気に戻せばいいのかは見当もつかない。
「小僧、あの鬼と化した娘を助けるのか、近づくだけで焼き殺されるぞ」
陽翔にならんで日月の様子を眺めている武御雷が話しかけてきた。
「はい。それでも俺は彼女を助けます」
陽翔は即答する。迷いはない。
「わかった。それならばこれを持っていけ」
そういって武御雷は相棒である布都御魂の剣を陽翔に差し出す。
「いくら阿弖流為と言えど、鬼を相手にするには力不足であろう。この剣には邪気を払う力がある。必ずやお前を守るだろう」
陽翔は蕨手刀を収め、差し出された剣を受け取った。布都御魂の剣に宿るのは鹽竈神社の主催神の一柱、経津主神だ。剣を握る陽翔に神の加護が宿る。
「行け、もう時間がないぞ」
「はい」
「はいにゃ」
陽翔を乗せた猫神が空をかけ、日月に向かって突進する。策などはない。陽翔にできるのはただひたすら、日月に呼びかけ続けることだけだった。
玄武の結界で包まれた荒魂の鱗ははげ、赤黒い胴体のところどころは肉が削げ落ち骨が露出するほど深くえぐられていた。まるで溺れているかのように、上空に向けてその大きな口をパクパクと開く。しかし、いくらもがいても成獣となった玄武の結界はびくともしない。荒魂の命は風前の灯火に見えた。
それでも、日月は手を緩めない。日月自身が周囲の霊気を吸収し有り余る力を荒魂にぶつけ続けていた。
「日月先輩、もういいでしょう。荒魂を消滅させる必要はありません。そこまで弱らせたなら後は荒覇吐神様にお任せしましょう」
陽翔の声に日月が振り向く、その姿に陽翔の息が詰まる。
楽しい遊びを邪魔された日月は、その顏に隠さぬ怒りをにじませていた。額から伸びた角は高く天を突き、瞳の採光は失われ黒く塗りつぶされたような漆黒が陽翔をにらむ。大きく開いた口からは鋭く伸びる犬歯がかいま見えた。
自らの心を落ち着かせ陽翔は日月に語り掛ける。
「先輩、もう決着はついています。あとは神様たちに任せましょう」
陽翔の言葉に日月は微笑んだ。陽翔はその顏に安堵のため息を漏らした。しかし、その瞬間上空からの雷が陽翔を襲った。
右手に握った布都御魂の剣が自ら防御に動き、はるか上空から放たれた青龍の一撃を切り払った。
「ひ、日月先輩!」
「いったん離れるにゃ」
猫神が宙を蹴りその場から立ち退く、その場所にもすぐさま炎の柱が上がる。
あと少し遅ければ猫神は陽翔ともども丸焼きになっていただろう。
「やめてください。俺たちが戦う必要はないんですよ!」
猫神がジグザグに宙をはねる。そうしなければ次々に放たれる雷撃をよけきれないからだ。距離をとって離れようとした猫神の前方を厚い壁が阻む。いつの間にか玄武の障壁結界が周囲を覆っている。陽翔たちを逃すつもりはないようだ。
「阿弖流為、逃がしはしない。今の私はお前より強い!」
日月の低く唸るような叫びが響く。死にかけた蛇神なんかよりも、手ごたえのありそうな新たな獲物に日月の興味は移っていた。
「し、シロさんやめるにゃ」
猫神も逃げながら叫ぶが、日月と同じ白虎の漆黒の瞳に猫神の姿は映らない。
左腕を振り下ろすと天空から雷が走る。優雅な動きで右手で指さす方向に朱雀の爆炎が飛んだ。限られた空間で避けはねる猫神をまるでゲーム感覚で狙い続ける。
日月が高笑いをあげ、額の角がまた少し伸びた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募中!!
残り3話。
6月19日完結予定です。
最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




