第五話:覚醒妖怪と忘れられた妖怪
「さてと、陽翔君。君の中に棲む者について調べるんだけど」
陽翔の顏にも緊張が走る。
「はい……」
「私の幼馴染、陰陽寮技術部の知り合いに依頼をしておいたわ。でも忙しい子だからすぐには来られないみたいなの」
「仕方ないですね」
陽翔としても、もうここしか頼る宛はないのだ。少しくらいは我慢するしかないだろう。
「問題はそれまでの陽翔君の生活よね。学校までの往復は私がボディガードとして同行すればいいけど、問題は夜ね」
日月は顎に手を当てて難しい顔をする。
「陽翔君、家にご両親は?」
「いえ、今は近くのアパートで独り暮らしです」
よく考えれば、なぜ無理を言ってまで仙台の学校を希望したのか、自分でもよくわかっていない。
なにか突き動かされるような衝動に導かれるままこの学校に進学したが、今となってはこれも自分の意思ではなく、陽翔の中に棲む何者かが意図的に行ったのではないかとも思えてくる。
「そうね、夜中に襲われないとも限らないわね。さすがに私も一晩中見張っているわけにもいかないし……」
「え?そんなに危険なんですか?」
日月が真顔で陽翔の体をじっと見る。霊気でも感知しているのか、軽く目を細めた。
「気づいてた?昨日からすごい霊気を垂れ流してるのよ」
「垂れ流してる……」
「妖怪から見たら、まるで屋台の焼き鳥状態。こんなおいしそうな匂いをさせてたら妖怪たちに狙ってくださいって言っているようなものよ」
「や、やきとり?!」
陽翔は思わず自分の体を見下ろしにおいを嗅ぐ、特に何も感じない。しかし見るものが視ればさぞおいしそうに見えるのだろう。
「そうね、健太君を連れてって、夜は枕元に立ってもらってるってどう?」
陽翔は向かいに座る健太を見る。半分の顏がにっこり笑う。
今は健太の内臓むき出しの姿もを見てもそれほど驚かなくなっていた。人間というのは慣れるものらしい。しかし、夜中の暗闇の中で見たら叫ばない自信はない。
「いや、できれば遠慮したいです……」
人体模型との同居を想像し陽翔は顔を曇らせる。
「それに大丈夫なんですか、健太君たちも妖怪ですよね」
日月はともかく、まだこの部活の妖怪たちを信じ切れていない。
正直なところ怖い。
でもこれは普通の感覚だろう。
陽翔の指摘に気分を害するようすもなく健太が朗らかに答える。
「僕は大丈夫ですよ」
むき出しの心臓に右手をあてて紳士的に健太が宣言する。
内臓が丸見えでも声だけは爽やかイケメンボイスだ。
「僕らのように強い人の思いで存在が安定している妖怪のことを『覚醒妖怪』ていうんですけどね。自我があるので、やたらに人を襲ったりはしないんです」
「私もだ、ままま~」
「わ、私もおそったりしませんよぅ」
ベートーベンが歌い、花子は首をぶんぶん振って否定する。
「じゃあ、俺を襲うのはどんな妖怪なんですか」
「人々から忘れられかけた妖怪ですね」
健太の声が少し真剣になった。
「妖怪は人間の恐れや信仰で存在しているんです。現代は便利になって、昔ほど妖怪を怖がる人が減ってきた。人に忘れられると妖怪は消えてしまう。消えかけた妖怪は自分の命をつなぎとめようと、本能的に人間を襲って恐怖を食べようとするんです」
陽翔は昨日の河童を思い出した。あの赤い目が、真っ直ぐに自分を見ていた。あれは忘れるなという命の叫びだったのかもしれない。
「そういった妖怪から人間を守るのも、陰陽寮の役目なのよ」
日月が引き取るように言った。
「彼らも生きるために必死だからね、多少驚かせたり、怖がらせることは仕方ない。でもそれによって人が命を落とすような重大な被害が起こらないように私たちが監視をしているの」
「日月先輩は学校に通いながらその、陰陽師の活動をしているんですか?」
「ああ、陽翔君を助けたのはたまたまよ。まだ私は陰陽師としては新人だからね。本来は調査だけ協力していたの」
なるほど、対象を見つけたものの、陽翔の中の何かは正体を現さなかった。日月は泳がせてその正体を探ろうとしていたところを、別に捜索していた加茂が見つけたというわけか。
「あの時は調査だけでいいって言われていたんだけど、見つけたらやっぱり退治したいじゃない」
こぶしを握って力説する。
やっぱり殺されかけていたんじゃないか。陽翔はからだを震わせる。
忘れられた妖怪は、自分を知ってもらうため人に危害を加える。
妖怪がなぜ人を脅かせるのかわかった気がする。
いわゆる好きな子にいたずらする小学生みたいなものだ。気づいてほしいことの裏返しみたいだな。
「新米陰陽師って何するんですか?」
「いちおう私は広報部所属ってことになっているわ」
「広報部?」
陽翔は思わず聞き返した。
秘密結社である『陰陽寮』と、広く認知を広げるために活動する『広報部』というものがどうしても結びつかなかったのだ。




