第四話:陽翔の中に潜むもの
殺すという言葉に陽翔の背中に緊張が走る。こんな妖怪に囲まれた部屋の中で襲われでもしたら誰も助けになど来てくれないだろう。
表情を硬くした陽翔に日月が笑って声をかける。
「ああ、安心して。いまさらどうこうするつもりはないわ。やるならもうとっくに殺ってるって」
手をひらひらさせてけらけらと笑う。こっちとしては笑い事ではない。
「カッパに襲われているとき、君の中で確かに何か大きな力が動いていたのはたしかよ。本性を現したところを退治してやろうと思ったんだけど、私が見たときにはもう引っ込んじゃっていたの。だから泳がせておけばまた襲われるだろうな~って思ってたんだけどね」
だからあの時、何も言わずに立ち去ったのか。もし刑事さんにあのお札をもらっていなければ、また他の妖怪に襲われていたかもしれないのか。
危ないところだった。あの刑事さんに感謝だ。
「日月先輩はあの加茂っていう刑事さんとお知り合いなんですね」
「加茂さんは私の所属する陰陽寮東北支部、宮城地域統括よ。私は正体を現したところで退治したほうが早いと思うんだけど、加茂さんはあれでもいちおう警察官だからね」
暴走した部下を抑えてくれたってところだろうか、しかしこの先輩考え方がとんでもないな。
頭に白虎を載せた日月をにらむ。
「それで、今度は俺のことをどうしようって言うんですか?」
不信感が絶賛急上昇中の陽翔の声に棘が混じる。
「そんなに怒んないでよ。私だって最初からあなたを退治しようとしてたわけじゃないんだから」
「さっきははっきりと、退治しに来たって言いましたよね」
「それはそうなんだけど……」
日月が痛いとこを突かれたというように顔をしかめて間を置いた。
「調べたいのよ、本当に。あなたの中にいるものが何なのか。これはホント」
今度はふざけていない声だ。
「陰陽寮から依頼があった時、岩手方面から大きな霊気が動いたって報告が来てたの。普通はあり得ない規模の移動よ。
岩手には古い時代に封じられている大妖怪も多いの。名前も記録も失われた大妖怪が、今でも山や川の奥に眠っている。もしその中の一体でも復活していたら大問題だわ」
「……それが俺だと」
「あなたの中にいる何かが、その霊気の正体の可能性があるのは確か。
でも不思議なのよ。あなた自身は普通の人間なの。霊感もちょっと霊が見える程度でしょ。だから憑りつかれて操られているのかとも思ったんだけど、なんか違うみたいなのよね」
健太が静かに紅茶を注ぎ足した。花子がおずおずとクッキーを皿に足した。ベートーベンが小さくハミングした。
「……自分でも気づいてたでしょ?何かが中にいること」
陽翔は答えなかった。
でも答えなかったこと自体が、答えだった。
昨日、カッパに襲われたとき、恐怖で動けなかったのではない。
何かが体の底から湧き出してくる予感。自分の意識が体の外に追い出される感覚で自由が利かなくなっていたのだ。
あのままカッパに襲われていたなら、この体は自分ではない何かに乗っ取られていたのではないか。そんな不安は昨日からずっと陽翔の心の中にあった。
「でも、あのお札があれば問題なかったんじゃないですか?」
そうだ。この人があのお札を破らなければ、これからも何事もなく過ごしていけたはずなのだ。
「ダメね」
にべもなく日月が否定する。
「あれはあくまで応急処置。私にもう一度会うまで妖怪に襲われないように一時的に霊気を押さえつけていたにすぎないわ。その証拠に……」
そういって日月は頭の上の白虎を指さす。
「この子は強い霊気を探るのが得意なの。昨日は、あの後君のことを見失っちゃったけど、今日はすぐに見つけられたでしょ。あの時点であのお札の封印する効力では抑えきれなくなっていたのよ。ここまで霊気が強くなるとお札程度ではもう無理ね」
陽翔は先ほど破り捨てられたお札のことを思い出す。
それならその時にきちんと説明してもらいたいものだ。
「ちなみに、この子を頭にのせるているのは、こうすると私にも霊気の波動がキャッチしやすくなるからよ」
「はあ……そうなんですね」
白虎を載せるのには一応意味はあったようだ。だが、陽翔を見つけた後はおろしてもいいようなもの。そのままにしているということは結構気に入っているのかもしれない。
加茂という刑事も、いずれお札の効果が無くなることはわかったうえで渡してくれたのだろう。こうなるともう選択肢は残っていないように思えた。
「私が調べれば、その正体がわかるかもしれない。わかれば対処できる。放置したらまた昨日みたいに妖怪に狙われて、今度こそ体が乗っ取られてしまうかもしれないわよ」
「……条件があります」
「なに?」
「調べた結果を全部教えること。都合が悪くても隠さないこと。何も知らないままに殺されるなんてまっぴらですからね」
日月が少し考えて、頷いた。
「いいわ。約束する」
「じゃあ……体験入部でいいなら」
健太が静かに拍手した。
花子がぱあっと顔を輝かせた。
ベートーベンが歓喜の歌を歌い始めた。
「ようこそ!超常現象研究部へ」
にこやかに微笑む日月の笑顔を見て陽翔の胸がはねた。
それは安堵なのか、それとも恐怖なのか自分でもわからなかった。
ただ一つ、はっきりしていることがある。
期待していた普通の高校生活を送ることはできないであろうということだ。




