第六十三話:日月
日月は見てしまった。
目の前で大きな口に噛み砕かれる誓詞の姿を——。
一瞬の出来事だった。
誓詞を敵と定めた荒魂の頭は不定形のゼリー状となった体の中をくぐり、突如として誓詞の目前に口を開いて現れた。
術を行使し、負傷していた誓詞は反応することができなかった。
抵抗する間もなく、誓詞の上半身は荒魂の口の中に消えた。
残った下半身からは噴水のように血液があふれ出し、赤黒い大蛇の顔をさらに赤く染めなおす。
足だけとなった誓詞の体はその場に崩れ、周囲の玉砂利を紅に変えた。
それは日月の眼前で起こった。
今までに何度も妖怪と戦ってきた。人に害をなす妖をいさめ、人々を守る。それが陰陽師、それが自分の使命と信じていた。
でも、甘かった。人に害をなすというこの中には、『人を殺す』という行為が含まれていることを知ってはいても、本当の意味では理解できていなかった。
未熟である日月に与えられる陰陽師としての仕事は、しょせんは調査や低級の妖怪退治だけに限定されていた。広報という役職に振り分けられることで日月は守られていたのだ。
「ああ、ああ、ああああああ」
目の前の惨劇に過去の記憶がフラッシュバックする。
血だまりの中に倒れる母の姿、そして眼前に立つ二体の鬼。
『鬼の子』
物心ついたときから言われ続けてきた、心無い悪口。
でも、それは本当のことなのかもしれない。だって、こんなにも、憎くて、苦しくて、今は目の前の敵を葬る力だけを欲している。
それは今に始まったことではない。日月はいつだって力を欲していた。仲間の妖怪たちが霊気を取り込み力を増していく中、自分だけが取り残された気分になっていた。
ああ、力が欲しい。
すべてを破壊する圧倒的な力。破壊することだけが今の日月を慰めることができる。
日月の体の中心で魂が呼応した。
周囲の空気が変わる。いや変わったのは日月の方だ。今まで受け付けなかった周囲にただよう濃厚な霊気が日月の体に浸透するように吸収されていく。
目の前で誓詞が死んで、悲しいはずなのに。日月は笑っていた。
体に力がみなぎる。今ならば口裂け女ごときに力で負けることなどありえない。強力な土蜘蛛にだって負けない。蝦夷の戦士、阿弖流為だって倒すことができるだろう。もちろん目の前の古代神だって……
日月はキッと眼前に迫る赤黒い口だけの大蛇を見た。
間髪を入れずその敵に襲い掛かる。人間離れした跳躍で一気に間合いを詰めると、自らの長く伸びた爪で荒魂の頭を切りつけた。五本の筋が入り、そこから青い炎が上がり赤黒い顔を焼く。
たまらず顔を体内に隠し、ゼリー状の触手が日月を襲う。しかしその腕が日月に触れることはなかった。
日月を襲った触手は、日月に触れる前にすべて風の刃で切り落とされていた。
刃を放ったのは白く大きな虎。日月の使役する式神『白虎』だった。
日月の頭で丸くなっていたデブ猫の姿ではない。獅子となった猫神にも負けない体躯を備えた歴史世で語られる本来の姿だ。
怒れる荒魂はさらに触手の数を増やして日月を襲う。日月はそれらをひらりとかわすと白虎の背中に飛び乗った。白い虎は空をかける。
それを追いかけるように、巨大なゼリー状の物体からは次々と新たな触手が伸びる。しかしそれらも日月を捕まえることはできない。暗い夜空に雷鳴がとどろく。天を切り裂くような雷が荒魂の巨大な体を打つ。
上空には長い体をくねらせ、全身に稲光をまとう青い龍がたゆたっていた。
「古代神などとは言ってもしょせんそんなものなのね」
日月があざけるように吐き捨てる。
望んでいた力を得て、全力でその力を振るうことにエクスタシーを感じていた。
雷の衝撃から立ち直った荒魂を今度は地上から上がった火柱が包む。巨大なゼリーの塊はまるでそれそのものが固体燃料のように盛大な炎をあげ燃え上がる。
上空には2メートルはあろうかという炎の翼をはばたかせる朱雀が舞う。
炎が収まると、そこには体を一回り小さくした赤黒い蛇神の姿があった。
傷ついた体を癒すため、周囲の霊気を取り込もうとその大きな口を開ける。しかし、荒魂の周囲には霊気が全く存在しなかった。見ると荒魂の周囲を円筒形の結界が包み霊気の侵入を完全に遮断していた。
空をかける日月の後ろに巨大な山があった。いや、それは甲羅だ。巨大な体を持った荒魂にも負けない大きさの蛇をまとう亀。玄武の姿がそこにあった。
顔のない口だけの姿でも荒魂が今何を感じているのかは明白だ。それは恐怖にほかならない。
結界に閉じ込められ、動きを制限された荒魂に雷と炎の攻撃が繰り返される。
それを眺め悦に浸り笑顔を見せる日月の額に黄色く光る二本の角が伸びだしていた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募中!!
残り5話。
6月19日完結予定です。
最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




