第六十二話:死
地上に空いた漆黒の穴のふちに下着姿で立つ少女が稗田玲愛であると気づいた日月は、空を駆ける猫神の背中から飛び降りていた。
瞬間に緑の髪飾りが光り玄武が実体化すると、日月の体にオレンジに発光する防護の膜をかけた。
日月は玄武とともに白い玉砂利の上に転がるように落ちる。
防護の膜が無かったら死んでいたかもしれない。勢いのまま地面を転がり、何とか立ち上がる。前方には今まさに身を投げ入れようと体を揺らす玲愛の姿が目の前にあった。
「玲愛~~!」
もつれる足を必死に前に進め、声の限りに親友の名を呼ぶ。
台座を駆け上り、友人の手を取ろうとする日月を誓詞が止める。
「ダメだ、日月ちゃん。玲愛ちゃんは自ら望んで人柱になることを決めたんだ。彼女の決意を無駄にはできない」
いつにもなく真剣な面持ちで誓詞が諭す。
「なんで!なんで玲愛が人柱なんかに……」
「龍脈封印に失敗した以上、もうこれしか方法が残っていないんだ。龍脈の穴をふさいで人間の暮らしを守るのは陰陽師の使命だろう」
今にも飛び出しそうな日月の肩を誓詞が押しとどめる。
日月の声に気づいたのか、背中に封印の呪詛を書き込まれた玲愛が振り返った。その顏に表情はない。
「日月、すまへんな……、うち、失敗してもうてん……、もう、これしか……」
玲愛の意識がふっと途切れる。ピンクの髪を揺らし玲愛の体は穴に吸い込まれるように後ろに倒れていった。
「玲愛!」
手を伸ばして悲痛の叫びで友人の名を呼ぶ。しかし誓詞にしっかりと抑え込まれ、その手は親友の元に届くことはない。
スピーカーから流れる祝詞がクライマックスを迎える。玲愛の姿が暗い穴の中に消える。その瞬間。
「今じゃ」
台座の陰で何かが動いた。陰から飛び出したのは真っ赤なワンピース姿の口裂け女と、その腕には同じく深紅の体を持つ蛇が巻き付いていた。
突如現れた麗子は、今まさに穴に吸い込まれようとしている玲愛に向けて腕を振るう。そこから腕に巻き付いていた深紅の蛇、荒覇吐神のからだが伸びた。
尻尾を玲愛の体に巻き付けた荒覇吐神はロープのようにその体を伸ばし、龍脈に落ちる玲愛の体を巻き取った。
「荒覇吐神様、しっかり捕まえてて」
荒覇吐神が玲愛に巻き付いたのを確認すると、魚でも吊り上げるようにその怪力で一気に引き上げた。
麗子に引っ張られ荒覇吐神の体がきしむ。それでも荒覇吐神は玲愛の体にしっかりと巻き付き、玲愛の体を引き上げた。
大きく弧を描き、玲愛の身体は白い玉砂利のうえに転がった。
「玲愛っ」
誓詞の静止を振り切り、日月は親友のもとへ駆け寄る。
すぐさま朱雀を呼び出し砂利に打ち付けられた玲愛の体の傷を癒す。
「しっかりしてっ!」
肩を揺すって親友を起こす。ゆっくりとその瞳が開いた。
「あ、れ、日月……、うちは一体……」
夢見心地で玲愛は日月を見る。
目に一杯の涙をたたえて日月は玲愛に抱きついた。
「な、何や、日月、くるしーがな」
泣きながら抱き合う二人のもとに麗子と荒覇吐もやってくる。
「玲愛さん大丈夫でしたか、緊急とはいえ砂利のうえに放り投げてしまってごめんなさい」
「ええて、傷は日月が治してくれたさかいな」
和気あいあいと話す女性陣のもとへ加茂誓詞が近づき冷たい視線で少女たちを見下ろす。
いつの間にか祝詞を読み上げる声も聞こえなくなっている。儀式は実行されないままに終わりを迎えていた。
「日月ちゃん、僕は間違っていたとは思わないよ。いずれ何かしらかわりの代償を払うことになる」
それだけ吐き捨てると荒魂を抑える前線に加わるため走り去っていく。
再会の喜びも一転、日月たちに沈黙が訪れる。そうだ問題はなにひとつ解決してはいない。
「せ、誓詞はんの言うことも間違えとらんよ。うちが封印に失敗したからあかんかったんや、やっぱりうちが人柱に……」
「駄目よ!絶対に何か方法があるはずよ。龍脈の封印の前にまずは荒魂を留めなくちゃ。荒魂さえ抑えられれば次の触媒が見つかるまでまだ時間が稼げるわ」
立ち上がり神域で拾ってきた加茂のキャメル色のジャケットをはだかの玲愛にかけてやる。
「そうじゃな、玲愛よ。あの男はお主に自ら進んで身をささげるように催眠を掛けておった。それが自らの意思であればわしも止めたりはせんかった。あの男はおまえの罪悪感に漬け込み心を操っておったのじゃよ。じゃからワシは口裂けの娘に頼んでお主を助けたのじゃ」
麗子の肩の上で荒覇吐神は優しい声音で伝えた。「おぬしが一人で責任を背負う必要はないのじゃ」
元凶である自身の半身を止めることのできない和魂はすまなそうに瞳を閉じる。
そんな二人のやり取りを見て日月が明るく言った。
「大丈夫よ。荒魂のことは陽翔くんと二人で一度は追い詰めているのよ。今度は武御雷様たちも一緒なんだもの。絶対に負けないわ」
髪飾を外し残りの式神もすべて展開する。「ここで私たちの戦いを見守っていてね」
「日月、気をつけてえな」
素肌の上に駆けられたジャケットの襟をつかんで玲愛がか細い声で告げる。
「玲愛さんと蛇神様は私が守ります。日月ちゃんはあの巨大な蛇に集中してください」
肩に荒覇吐を巻き付けた麗子が妖怪の姿で玲愛を保護するように抱く。龍脈の間近でその霊気を浴び続けていた麗子の力は以前とは比べものにならないほど強化されていた。
その力強さに少し嫉妬を覚えながらも、玲愛を託す。
「麗子さんお願いします。必ずこの地に以前のような平穏を取り戻します」
「たのんだわ」
麗子に微笑み、日月は式神たちを連れて戦場に向かった。
*
想定外だ。
まさか、あそこまでいって玲愛が人柱になるのを阻止されるとは思ってもいなかった。
荒覇吐。土蜘蛛があそこで奴を殺していれば……
今更嘆いても詮無きことだ。今は日月に秘められた力をもう少し見てみたいという欲望が大きい。
「戦後の陰陽師の中でも最強と言われた土御門宗一郎の娘、私はあなたの中に眠る本当の力を知りたいんですよ」
その力は加茂誓詞の計画する日本の未来に必要となる力かもしれない。
誓詞は最後の計画を進める。
「これで倒れるのが荒覇吐神の荒魂でも、日月ちゃんでもどちらでもいい。これはまだ壮大な計画の一歩目でしかないのだから……」
誓詞は両手に呪符を構え荒魂に迫る。
上空では猫神を操る陽翔と武御雷が多数の触手をさばきながら、荒魂の頭に向けて攻撃を繰り返していた。
「ちょっと私と遊んでもらいますよ」
誓詞は呪符を撒いて姿を隠した。視線から隠れたのは荒魂から隠れるためではない。今から変化する姿を上空の神々や日月に見られないようにするためだ。
術で視界が遮られる中、誓詞の右手だけが変質する。その姿は黄金の龍の頭だった。
一気に荒魂との間合いを詰めるとゼリー状の胴体に龍の頭を打ち込む。強力な消化液が龍とかした誓詞の腕を梳かすがそれより早く、黄金の龍が口を開いた。
龍の口からは激しい雷がほとばしる。誓詞の腕から放たれた雷は、巨大な荒魂の体の中を縦横無尽に駆け巡った。
荒魂は激しく身も絶えたが、ダメージはそれほどでもないようだった。
それでいいのだ。誓詞の目的は荒魂にダメージを与えることではない。自分を脅威として認識させることだ。
呪符の効果が消え、荒魂の眼前に人間の姿をした誓詞の体があらわれる。その腕は消化液で焼けただれていた。
式神を連れた日月が誓詞の応援に駆けてくる。
「誓詞さん、今回復します」朱雀に命令を放つ。
しかし、それより早く加茂の眼前に荒魂の赤黒い口が顔を出した。体中を身もだえさせた誓詞を、もっとも危険な相手と認識し最優先に動いたためだ。
「え……」
朱雀は回復の炎を放つことができなかった。
なぜなら、誓詞の上半身は突然現れた荒魂の口に飲み込まれ、すでにそこには存在しなかったためだ。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募中!!
残り6話。
6月19日完結予定です。
最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




