第六十一話:人身御供
予定通り、玲愛が行う供犠封天の儀は失敗に終わった。
人間風情が魂の代償も払わずに自然の理を覆そうなど神をも恐れぬ諸行と言わざるを得ない。
この術を強力に推し進めていたのが京都の老人たちだ。
かつて封印した数多くの楔が令和の時代、人々の関心が薄れるとともにほころび始めている。かつては人柱を使い無理やりに自然を抑え込んだ堰も現代では新たな人柱を用意するというのも難しい。そうなればさらなる強力な呪物を触媒にして封印をやり直さなくてはいけない。
自分たちの宝を手放したくない強欲な輩がわが身可愛さに求めていた技術なのだ。
「玲愛ちゃん。もうすぐ日月ちゃん達がやってくる。最後のお別れをしたら君を触媒にすぐに術を再開するよ。もう時間がないんだ、いいね」
玲愛は自責の念と誓詞の精神干渉によりほとんど操り人形状態だ。加茂誓詞は湧き上がる興奮が表に出ないように真剣な表情を取り繕う。
「……はい……」
玲愛は身につけていた腰に巻いていた呪符袋などの装備品を外し、白衣を脱ぎ捨てる。その顏に表情はない。
ブラウスのボタンをはずしはらり地面に落とす。ゆったちとしたズボンのベルトをはずすと、すとんとしたに落ち玲愛の白い肌があらわになった。全て脱ぎ去り下着姿になるとふらふらと進み龍脈に空いた穴の縁に立つ。
誓詞はその細く白い背中に筆で呪文字を書き込んでいく。背中に書き込まれた言葉で玲愛は人でありながら、封印の要としての役割を与えられた。
転がったスピーカーからは最高潮に達した祝詞が渦巻くように流れている。
準備は整った。あとは日月ちゃんの到着を待つばかりだ。
突如現れた荒魂は、如意宝珠を取り込みさらなる力を得た。半透明となった巨大な蛇の体は触れたものをすべて梳かし自らの体に吸収していく。その力はかつて5万人の朝廷軍をも退けた当時と遜色のない状態まで回復していた。
荒魂は、さらなる力を求め霊気があふれる源を目指し進軍する。
鹽竈神社の主祭神たちが何とか押しとどめるも、体に触れるとそのまま取り込まれてしまう危険がある。唯一実体化している頭をめがけて攻撃を集中するが、ゼリー状の体からは触手のように無数の腕が伸び攻撃を続ける武御雷たちを襲う。
「経津主神よ、奴をたたき切る。こちらに来るのだ」
武御雷の号令に従い、己の姿を剣に変えた経津主神、いや布都御魂の剣は襲い掛かる触手を切り払いながら宙を舞い武御雷の手に納まった。
「こやつはわしが抑える。八塩じいたちは龍脈を守れ」
襲い来る触手を2本の剣でさばきながら荒魂の顔に切りつける。傷は瞬時にふさがり、新たな触手が武御雷を襲う。それもかまわず武御雷は切りつけ続ける。
地上ではゼリー状に溶けた荒魂の胴体が、別の生き物のように波打って広がり龍脈に迫っていた。
「陰陽師よ、龍脈の封印はまだ可能なのか」
龍脈の穴で儀式を続ける誓詞と玲愛に向けて志波彦大神が叫ぶ。スピーカーからの祝詞が大音量でこだまする中、玲愛を触媒とした新たな術が行使されようとしていた。
「もう少し待ってください、彼女に心残りがあっては人柱としてのお勤めを完遂できません」
下着姿の玲愛は大きく開いた漆黒の穴のふちに立ち呆けた顔で涙を流していた。
その時、森をかき分け黒い影が飛び出してきた。
その姿を見て、誓詞の笑みが最高潮に達する。
「やっと、来ましたか」
そこに現れたのはもちろん、黒いたてがみの獅子の背に乗った日月と陽翔だった。
*
鎮守の森を抜け、鹽竈神社の裏手にある龍脈の穴へ到着した日月は、巨大な不定形の生物へ変貌した荒魂の姿を確認した。
「うわっなんだあれ、気持ち悪いにゃ!」
体に元の大蛇の面影はないが、頭だけは七北田高校で戦った荒魂の姿のままだった。しかしその大きさは初めて見た時よりもさらに大きい。あまりの奇怪な姿に猫神は空中で足を止めた。
「龍脈の霊気を吸収して回復しただけではなく、変質までしてしまったのね」
周囲を見渡し日月は状況の把握に努める。
荒魂に単身立ち向かう武御雷神、地上で龍脈の穴をねらって広がる荒魂の体を結界で抑える八塩じいと志波彦大神の二柱。
続けて中央に黒い穴を開く石づくりの台座に目を向けた。
周囲には封印に使っていたと思われる岩の破片が飛び散り、なにかの術を行使しようとしていたと思われる祭壇の残骸もあった。
穴の周囲では放置されたスピーカーから、今もまだうるさいほどの祝詞の大合唱が流れる。
その穴のすぐわきに日月は二つの人影を見つける。
「加茂さん!」
荒覇吐神社で行方不明になっていた上司の無事な姿を確認し安堵のため息を漏らした。
良かった、生きていた。
そう思と同時に、穴のふちに立つ下着姿の少女の姿に気づく。心音が跳ね上がり、目を見開く。
なせ玲愛があんな所に立っているの?それにあの背中に書かれている文字は……
その文字の持つ意味に気づいた日月は、猫神の背から飛び降りていた。
「ちょ、ちょっと日月先輩!」
陽翔と猫神も日月を追おうと体制を変えるが、荒魂の触手が襲い掛かり行く手を遮られる。
「邪魔するな!」
巨大化した蕨手刀を振り回し、触手をたたき切るが次々に襲い来る触手の攻撃に、陽翔たちはその場を離れることができなくなってしまう。
「日月先輩……」
転がるように地面に降りた日月は加茂誓詞の元へ駆け寄っていた。
陽翔はいつか玲愛が言っていた「加茂誓詞を信じるな」という言葉を思い出していた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




