第六十話:荒魂襲来
道中のカッパなどの妖怪を食らい、さらに流れる霊気を吸収した荒霊は再び巨大な体を再生していた。
周囲の木々より高い位置から赤黒い口だけの顔がこちらを見ている。
巨大な蛇の胴体が鎮守の森の木々を踏みつぶし、それとともに周囲に張られた結界を破壊した。
「あかん、まだ術の途中や」
パソコンに向かい合ってイレギュラーをつぶすため術式プログラムを改変していた玲愛が叫ぶ。
「陰陽師の娘、荒魂は我が抑える。貴様は封印を完遂することだけを考えておれ」
荒魂の出現に気が付いた武御雷が一番槍を務めて空を舞った。
巨大な蛇に切りかかる。すでにほとんど元のサイズまで回復している荒魂は傷を受けてもすぐに修復してしまう。
ここにはあふれ出る豊富な霊気があるのだ。エネルギーには事欠かない。
「いやー、でっかいね。恐ろしくておしっこちびっちゃいそうだよ」
誓詞は軽口をたたきながら呪符を投げる。投げられた十枚ほどの呪符は狙いたがわず、荒魂の体を直撃し、炎をあげる。あの巨体だ、外す方が難しい。しかしその程度の攻撃が力を回復し続ける荒魂に効くはずもない。
「荒魂よ、静まるのじゃ。今の世に我らは不要じゃ。ともに眠りに付こうぞ」
深紅の小さい蛇神が龍脈の前に進み出る。
「荒覇吐!無理だ、逆に取り込まれるぞ」
上空で長く伸びる荒魂の舌と切り結びながら武御雷が叫ぶ。
加茂誓詞は適当に呪符の攻撃を繰り替えしながらも、面白そうになりゆきを見守っていた。
「我とてむざむざやられはせんよ、夜刀神よ我の呼びかけに答え顕現せよ」
蛇神の真紅の体が光り、周囲に召喚の陣がいくつも展開する。中からは一本角の大蛇が次々に召喚され地面から伸びだしてくる。
「龍脈の力を得たのはお前だけではないのだぞ、我の半身よ、静まるのじゃ」
何十匹もの夜刀神が一斉に荒魂へ迫る。鎮守の森の木々をなぎ倒し、荒魂の体にその角を突き立てていく。
体を包み込むほどに憑りついた夜刀神に身もだえる荒魂だったが、次の瞬間、荒魂の体が変異した。
まるで溶けていくように頭以外の胴体の状態が変わる。まるでゼリーのように柔らかくなり、角を突き立てていた夜刀神がすべて変化した荒魂の体中に取り込まれていく。
「荒魂め、我の眷属までもすべて取り込むつもりか」
夜刀神を戻そうと命令を飛ばすが、すでに全ての夜刀神は荒魂の体の中に取り込まれている。そしてその中でまるで氷が解けるように消化されていった。
周囲から夜刀神の霊気が消え、後には頭以外を赤黒いゼリーに変えた荒魂だけが残っていた。
さすがに術の行使中だった玲愛も視線をその存在に向ける。赤黒い大口を開ける荒魂の姿がレンズ越しに映し出され、霊視メガネは異常値を表わす。
バシュンという音ともに、霊視メガネは煙をあげた。大量の夜刀神の力を取り込んだ荒魂を観察したせいで情報の不可に耐え切れずオーバーヒートしたのだ。
「そんな、創世神話の神さんたちを見ても大丈夫だったのに……」
霊視メガネを失った玲愛は術の進行が難しくなった。「あかん、霊気の流れが見えへん……」
玲愛は呆然と立ち尽くす。
スピーカーから流れる祝詞は鳴り続けていたが、術は未完成のまま停止していた。龍脈の穴の上には静かな光を放つ如意宝珠が今も浮かんでいる。
「いかん、逃げるのだ!」
上空で荒魂の攻撃をきわどく避けた武御雷が警告の叫びをあげた。荒魂は地上の神々に狙いをつけ、大きな口を開けて降下していた。
手に持ったスピーカーを投げ捨て、志波彦大神が荒覇吐神の和魂を抱いて転がる。二柱の神は間一髪その大口に飲み込まれることを避けた。
「すまない、志波彦大神」
「どうってことないですよ、しかしこれはやばいですな」
和魂を逃した荒魂の口は次の目標を狙う。
術の展開中で無防備な神々がその標的となった。
「八塩道老翁神、逃げるぞ」
「うひょー」
経津主神に抱きかかえられ八塩じいもその場から逃れる。
呆けている玲愛もすぐに動いた麗子が抱きかかえ横に逃げる。激しく地面に打ち付けられた玲愛と麗子は意識を失った。
不幸中の幸い、こちらにそれ以上の犠牲者が出ることはなかった。しかし事態は龍脈を封印するどころではない。とんでもない問題を起こしていた。
玲愛たちが荒魂から逃れた後、荒魂はそのまま祭壇を破壊し、その中央で光っていた如意宝珠を飲み込んでいった。しかも未完成とはいえ、玲愛の術でその力を何倍にも高めた宝珠だ。それはそのまま荒魂の体に取り込まれてしまった。
そのまま龍脈の源泉から霊気を吸いこもうとゼリー化した体をアメーバのように侵食させてくる。
慌てて体勢を立て直した志波彦大神が障壁結界を展開させ、荒魂の体が龍脈に直接侵入されることは防いだ。
八塩じいと経津主神も志波彦大神に協力し結界を守る。
必死に神々が龍脈を守っている横で加茂誓詞は白い玉砂利の上に投げだされた玲愛に近づく。
「あ~あ、せっかく僕が提供してあげたのに、ダメじゃないか玲愛くん」
楽しそうに誓詞が玲愛の耳元に語り掛けてくる。
意識を取り戻した玲愛は、白い玉砂利のうえに体を起こし、割れたレンズ越しに誓詞の顔を眺める。
「これでまた荒霊は一段と強力な力を得てしまったね。もうすぐ日月ちゃんたちも合流するはずだけど、これだけ強化された古代神に勝てるかな?」
誓詞は玲愛の耳元にささやきかける。「せめて龍脈くらい封印しとかないとねぇ」
「駄目や、如意宝珠も失ってもうた、もう、うちには……」
「いや、知ってるぜ」いやらしい声で誓詞が続ける。
「あの術式は人柱の術をもとに開発しているんだろう?」
「あ、あんさんなんでそれを……」
「昔の人間は力なき人間を触媒に普通であれば抑えることのできない自然の力を制してきた。玲愛くんが使ったのは、呪物を術で人間かのように改変して自然を騙す技だ。そんなものこの世の理が許すわけないだろう。傲りだよ」
「……」
玲愛はぐうの音も出ない。
「ならば、簡単じゃないか、昔と同じように生娘を生贄にすればいい」
強力な力を得た荒霊を武御雷と経津主神が必死に抑えている。しかし豊富な霊気は荒霊に無限の力を与え続ける。
あの創造神話の神々でさえ、力を得た荒霊を抑えることはできない。
「もうすぐ日月ちゃんたちも到着するだろう。創生神話の神々が太刀打ちできない荒覇吐の荒御に日月ちゃんが叶うと思うかい?このままじゃ彼女に待つのは、死だ」
玲愛を見つめる誓詞の瞳が怪しく光る。
封印に失敗した上、荒霊に宝珠の力までも与えてしまった。
自分が招いたこの結果に、自責の念が積み上がる。
「せめて龍脈の封印ぐらい完遂しなきゃ日月ちゃん達に申し訳が立たないと思わないかい」
誓詞の言葉は玲愛の心を縛り付けていく。
「幸い祭壇は壊れたが封印の儀は進行中だ。触媒さえあれば継続できる」
人柱には力なき奴隷や一般の女子供が利用されてきた。霊能力が儀式のノイズになることをさけるためだ。
つまりこの場で封印の触媒たり得る魂を持つのは唯一人。
「うちに……人身御供になれ言うんか……」
誓詞は答えない。しかし、いつにもましてその張り付けたような笑顔が不気味だった。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




