第五十九話:集合
荒魂が向かってきている。
チラリと誓詞に顔を向けるが、いつものにやけ顔で楽しそうにこちらを見ている。
加茂誓詞が何を考えているのかはわからないが、今は龍脈から霊気の放出をおさえるのが最優先だ。
念のため託された宝珠も調べてみたが、何か仕掛けが施されているということはないようだ。
玲愛は自分の頬をたたいて気合を入れる。
考えるのはあとや、今はひとまず龍脈の封印に全力を注ぐ。
玲愛は持ってきたカバンの名から術に必要な道具を取り出しセッティングを始める。
「麗子はん、神さんたちも手伝ってもらうで、これをもって結界の四隅に立ってくれへんか」
「え?私もですか?」
麗子は自分を指さして驚く。
「大丈夫や、これ持って立ってるだけでエエから」
いざという時の防衛要因として武御雷と加茂誓詞が周囲を警戒し、麗子、経津主神、八塩じい、志波彦大神が麗子から手渡された物を持って一段高くなった台の中央に開いた龍脈の穴の四隅に立つ。
「これなんですか?」
渡された四角い物体を見て麗子が尋ねる。手のひらに収まる程度の大きさで、前面はメッシュのカバーで覆われている。携帯スピーカーのように見える。
「ただのスピーカーや、術師の代わりに結界を構成する柱になってもらう。姉さんたちが唱えんでもそこから祝詞が流れるからな。四方から祝詞を流して術を強化するんや」
玲愛は簡易的な祭壇を準備すると中央に触媒である如意宝珠を供える。横にはノートパソコンが開かれ、祭壇に各種呪符の束が並べられる。
「でも、この術はまだ研究段階やねん。万が一危険を感じたらすぐに逃げてぇな。ほないくで」
物騒な開始宣言に麗子は顔をゆがめるが、文句を言う間もなく術は始められた。他の神々も真剣な表情で成行を見守っている。
玲愛は再度、誓詞を確認するが。いつも通りの笑顔で玲愛を見ていた。
意を決して玲愛は術を発動させる。
「世界の理を初期化、新たな権限を再定義、回路接続。供犠封天の儀──起動!」
玲愛がエンターボタンをたたく。陰陽寮本部のスーパーコンピューターに保存された術式プログラムを読み取り、自動で術が構築されていく。
机に並べられた呪符が飛び出し、次々と龍脈の穴に吸い込まれて消える。
祭壇の如意法事が浮かび上がり、穴の中央に浮かぶ。輝きが一段と激しく増した。物理的な構造を陰陽術で強引に書き換えているためだ。
四隅の能力者が結界を構築し、術を補強するように四隅のスピーカーからは祝詞が奏上される。しかも人間の口では絶対に発声できない。二重詠唱、三重詠唱をコンピューター制御で波状的に流していく。
ノートパソコンの画面には術の進行状況がリアルタイムで表示される。
「呪力増強率2.7倍……こんなぶっつけ本番じゃ理論値には程遠いか」
シュミレーション上では20倍以上の能力が得られるはずであったが、未確定要素が多すぎて修正するにも計算が追い付かない。
せめてあと一つ、確実なファクターを加えられれば何とかなりそうやけど、もう使えそうなものはないか。考えうるすべての事象を調整するが、増強率は2.9倍までしか上がらない。
現場でスピーカーから繰り返される祝詞は勢いを増し、テンポが速くなっていく。術の終わりも近い。呪力増強率が最高に達した時点で触媒を投げ込むことで術は完結するが、今宝珠を投げ入れても力不足だ。霊気の放出は抑えきれない。
加茂誓詞は、やはり術の失敗を予想してこの宝珠をうちに渡したんやろか……
繰り返される祝詞の響きの中で玲愛は頭を巡らせていた。
「来たぞ!」
そんな思いも武御雷の放った警戒の声でかき消される。
鎮守の森を破り、眼前には大きな口を開けた赤黒い大蛇が姿を現していた。
*
「こんなときなに言ってるのよ!我慢して飛び込みなさい」
水に怯える猫神のたてがみを日月が引っ張っぱる。
「む、無茶言うにゃ。お前ら人間だって水の中じゃ息ができないじゃにゃいか」
荒魂が消えた川べりに降り立ち、背中で暴れる日月に向けて猫神が言う。
すでに川面に大蛇の姿はない。日月は猫神の背から降りると準備運動を始める。
「にゃ、にゃにしてるにゃ」
「決まってるじゃない。猫神様が行かないなら私だけでも泳いで追いかけるのよ」
「バカにゃのか?そんなヒラヒラした服では溺れるだけにゃ」
「何とかなるわよ」
猫神と日月がいいあいをしているところへ、日月を追って来た陽翔も駆けつけた。日月の式神たちも一緒だ。足の遅い玄武は陽翔に抱かれている。
「日月先輩、荒魂は」
「川の中に逃げられたわ」
苦々しげに川面をにらむ。
「陽翔も日月を止めるにゃ、この娘泳いで追いかける何て言ってるにゃ」
慌てる猫神にみかねて、白虎はぴょんと日月の頭に飛び乗ると「にゃー」と鳴いた。
「シロさんが探してるれるにゃ。ちょっと待つにゃ」
「仕方がないわね」
日月は頭の上に乗った白虎に意識を同調させる。
白虎の尻尾がピンと立ち上がり、くるくる回すと一方を向いてピタリと止まった。
「あっちは、鹽竈神社の方角。荒魂は龍脈の霊気を吸って力を回復する気ね」
せっかく弱体化させたと言うのに、むざむざ回復させる訳には行かない。
「日月先輩、俺たちも向かいましょう」
式神たちも賛同の声をあげ、次々に自ら髪飾りに戻ると定位置である日月の三つ編みに収まった。
意を決した日月と陽翔を背にのせた猫神はたてがみをたなびかせ、再び宙をかけた。
月の無い空は黒い雲に覆われ、星ひとつ見つけることはかなわなかった。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




