第五十八話:鹽竈神社の龍脈
鹽竈神社の表参道を登ると、正面には大きな門が構えられている。
扉は固く閉じられていたが、加茂誓詞は軽くノックをしただけで、友達の家にでも上がり込むように楽々と扉を開く。
「おじゃましまーす」
三人は大きな門をくぐり、拝殿前の広場にはいった。
もちろんこんな事態が起こっている状態では、神社内には誰もいない。
玲愛たちが周囲を見回し立ち尽くしていると、正面の社の扉が開き中から鎧甲冑の神が歩み出る。
「何者かと思えば、お前は陰陽師の小娘じゃないか。今は大変な時なのだと言ったであろうが」
鎧姿の神、軍神武御雷は怒りの雷を落としかねない勢いで玲愛に迫る。
「そないなこと言ってもな、偉そうに言うても結局、龍脈の封印は完全に崩壊しとるやないか!そっちこそ今、町がどんな状態なのかわかってるんか!?」
任せとけと言っておきながら、事態は最悪の状況だ。
町には妖はあふれ、被害はどんどん拡大している。
「ほんまに龍脈を封印することはできるんやろな」
創造神話の神であろうが関係ない。玲愛が強気で迫る。その勢いに押され武御雷は視線をそらす。
「今、志波彦大神と八塩じいが検討している」
「なんも進んでへんやんか!」
「仕方ないであろう、再び黄金の龍の襲撃があったのだ。こっちも防衛で手いっぱいだったのだ」
「なんやて!」
「いきなり襲ってきた黄金の龍によって要石が完全に破壊されてしまったのだ。あの規模の封印は人間風情には到底無理だ。我らに任せておけ時間はかかっても必ず抑え込む」
「あんなあ、あんさんたちの時間間隔でやっとったら百年かかってまうわ」
玲愛と武御雷の言い合いが激しくなるのを抑えるように誓詞が口をはさんだ。
「あの~、武御雷神様……」
「なんだ貴様」
突然しゃしゃり出てきた軽薄な男に訝しげな感情をあらわにする。そんな武御雷に対して誓詞は慇懃に頭を下げる。
「私はこの地域の陰陽師統括を行っている加茂誓詞というものです。
今日はこちらの品を神々に献上したく、こちらの稗田玲愛に紹介されまして参上いたしました」
誓詞は如意宝珠を包みから広げ差し出すと、もう一度大きく頭を下げた。
宝珠を見た武御雷神は難しい顔をする。
「ふむ、この時代の品としてはなかなかだが、しかし、この龍脈封印に使用するにはいささか力不足だな」
一瞬にして呪物の能力値を見極めた武御雷は、すぐに興味なさそうに視線を外す。
「はい、そこでこの娘です」横に立つ玲愛の肩を推して武御雷の前に進める。
「この娘、霊力こそ人並み以下ですが、術師としての技能は陰陽寮でも屈指の実力」
「我らが陰陽寮の絶え間ぬ努力がみのり、同じ触媒を持ちいて、数倍の封じる力を得る事ができるのです!」
「誓詞はん、まだそこまでは、ムグムグ……」
否定しようとする玲愛の口を誓詞が塞ぐと、ごまかすように深々と頭を下げさせた。
頭を下げる二人の様子を見てしばし黙り込む武御雷神だったが、考えをまとめると二人の前に立って歩き出した。
「そこまで言うのなら試してみるがいい。ついてこい」
「何勝手なこと言うとるんや、まだあの技術は未完成や」
前を行く武御雷神に聞こえないように小声で玲愛が文句を言う。しかし当の誓詞は全く意に介していないようだ。
「ああでも言わなきゃ破壊された龍脈の現場を見ることすらできないだろう?」
誓詞の言っていることももっともではあったが、神様に対して嘘をつくのはどうなのだろうか。
玲愛の心配をよそに、武御雷神は神社拝殿の裏に広がる鎮守の森に入っていく。
森を少し進むと、しめ縄が張られた結界がある。武御雷が手をかざすと、部分的に結界が解除され中に入るように促された。
「ここだ、入れ」
誓詞を先頭に三人が結界内に入ると、最後に武御雷も紙垂の下がったしめ縄をくぐり、再び結界が閉じられる。
中に入ると、そこは学校の校庭ほどもあろうかという広場だった。
しめ縄によって四角く区切られた空間には白い玉砂利が敷かれている。その中央には石で組まれた舞台のような一段高い台が備え付けられており、その中央からはきらきらと光る粒子のようなものがとめどとなくあふれ出していた。ここが龍脈の封印が隠されていた場所に間違いなさそうだ。
太陽は傾き、ほとんど森の木々の間に沈んでしまっていたが、この空間は多数たかれた松明の明かりによって視界は確保されている。
台の周囲には炎に照らされる三人の人影が見えた。台座を囲うように立ち両手を前に突き出し必死に中からあふれる霊気を抑え込もうとしている。
「武御雷様よ、どこにっていたんじゃ。太陽が沈んで霊気の放出量が増加しておるのじゃ、お前も抑えに入らんか!」
声をかけてきたのは髪をみずらにむすび、派手な黄金色の装束を身にまとったふくよかな神だった。
「志波彦大神よ、客人が来たのだ仕方あるまい。朗報だぞ、この娘が陰陽の術でこの穴をふさいでくれるそうだ」
武御雷神は、志波彦大神と呼ばれた神に告げる。
「はえ?ちょちょっと待ちいいな、まだできるとは……」
「はい~任せてくださいな」
玲愛の言葉を遮り、まるでマネージャーのようにもみ手をしながら誓詞が神々に近づく。
「こちらの娘、こう見えてかなりの術者。必ずや龍脈を封印し、この地に平穏をもたらしてくれるでしょう」
芝居がかったしぐさで朗々と語り、最後に大きく頭を下げる。
完全に退路を断たれた。
玲愛は横目で誓詞をにらむが、我関せずとでもいうように仰々しく玲愛を龍脈の穴がひらいだ台座へ促した。
台座を取り囲んでいるのは鹽竈神社の主祭神たちであろう。志波彦大神のほかは、武御雷神と同じ鎧武者の神、仙人のような白髭の老人の姿をした神だ。
おそらく鎧武者は武御雷と対を成す経津主神だろう。仙人のような神は玲愛も面識のある陸奥総社宮の主祭神でもある八塩道老翁神だ。
「おお、玲愛ちゃんじゃないか、やっほー」
向かい側で霊気を抑え込んでいた八塩道老翁神、こと八塩じいが玲愛に気づき手を振る。
のんきなあいさつに玲愛も苦笑いで手を振り返す。
近づくと龍脈の台座の周辺には、封印に使われていたと思われる岩の残骸が散らばっていた。原型をとどめないほどに粉々に砕け周囲に飛び散っているが、がれきの量からして相当の大きさがあったのだろうと推察された。
「封印の岩が破壊されたのはほんの数刻前のことだ」
武御雷が憎々し気に説明する。「ひびは入っていたものの、我らの力で崩壊を押しとどめていた岩を、あの忌々しい龍が破壊したのだ」
白玉砂利の上に飛び散る残骸を拾い上げ一息ににぎりつぶした。その顏には今も冷めやらぬ怒りが浮かぶ。
麗子などは気分が悪くなるほどの大量の霊気と、偉大なる神々の姿におびえ誓詞の後ろに隠れて震えている。
台座の中央には、大きくひらいだ漆黒の闇が口を開けていた。大きさ的には1メートルもないただの穴だ。しかしその下には日本中をめぐる霊気の流れが広がっている。
離れたところからは気が付かなかったが、台座にはもう一柱神が鎮座していた。
小さな深紅の蛇がとぐろを巻き、龍脈の穴のすぐわきであふれ出る霊気を一心にその身に取り込んでいる。
玲愛が近づくと、小さな蛇神は瞳まで真っ赤なその頭をあげ声をかけてきた。
「おぬしは日月の友人、稗田玲愛じゃな」
その小さな体から発せられたとは信じられない、凛とした響きだった。玲愛はすぐにその存在がだれであるか気づく。
「はい、貴方様が荒覇吐神様であらせられますか」
小さい蛇は深くうなずく。
「いかにも。日月たちに助けられたこの命を持って龍脈の封印を申し出たのであるが、遺憾ながら我では力不足であった。龍脈の力を吸収し力を得ようと考えたがこの体ではこの穴をふさぎきれる力を得ることはかなわないようじゃ。頼むこの地の人間のためにも何とか龍脈を抑え込んでくれ」
荒覇吐神はもう一度大きく頭を下げる。もはや玲愛に断ることなどできようはずもない。
「だ~い丈夫です。この娘が何とかしてくれますよ。安心して見守っていてくださいね。ささ、玲愛ちゃん儀式を始めようか」
誓詞は勝手に安請け合いすると、宝珠を玲愛に押し付ける。渡すついでに顔を寄せて、耳元でささやく。
「……復活した荒魂がここに向かってきている」
「なんやて!日月たちは?!」
「無事さ、追いつめたけど逃げられたみたいだ。荒魂は龍脈の力を吸って完全復活をもくろんでる。封印が失敗したらどうなるか、わかるよね」
答えは聞くまでもなかった。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




