第五十七話:如意宝珠
鹽竈神社までの道のりで、他にすれ違う車はなかった。
龍脈崩壊の影響で妖怪が活性化してかなりの時間がたった。人々は家に閉じこもり恐怖の時を耐えているのだろう。
歩道をさまようはぐれ妖怪や浮遊霊以外、街を出歩くようなもの好きは今はいない。
RX8の赤い車体が鹽竈神社へ登る長い階段の下に位置する駐車場に入って止まった。
そこにはすでに山吹色のBe-1が止まり、開いた扉に寄りかかって煙草を吹かす加茂誓詞の姿があった。
「やあ、なんだかずいぶん久々な気がするね玲愛ちゃん」
少し離れた場所に車を止め、降りてきた二人の姿を見て加茂誓詞はいつもの調子で声をかける。
いつものくたびれたスーツ姿ではなくワイシャツ一枚という姿だ。
まるで、今この地域が妖怪によって蹂躙されている事実など何も知らないかのような、いつもと変わらない軽口だった。いや、それとも知っていながら気にしていないだけなのだろうか。
「日月が心配しとったで」
「いやー、僕も逃げるだけで精いっぱいでね。おとりの式神にスーツを着せて何とか逃げ出したんだよ。おかげで一張羅が台無しさ」
アメリカンコメディのように肩をすくめてハハハと笑う。
「ずいぶんのんきやなぁ、今どういう状況なのかわかっとるのやろ」
「もちろん、陰陽寮地域統括として部下たちに人々の保護するよう指示を出してあるよ。でも規模が広すぎる。一件一件対応していても追いつかない。解決するには原因である龍脈の封印が必要だろ」
正論だ。膨大なのエネルギーの宝庫である龍脈の穴をふさがない限り、妖怪は無限に力を得ることになる。妖怪と人間の支配権が完全に入れ替わるのも時間の問題だ。
「そんなこと言って、もともとあんさんが龍脈の封印を解いたんと違うんか?」
「言いがかりだよ。なんでぼくがそんなことするのさ、聞いたところは『金色の龍』が破壊したって話だぜ」
とぼけた顔で話し続ける誓詞の姿を霊視メガネで確認する。
画面に表示される情報は、『人外確率:38%』霊能力のある人間としては規定範囲内だ。妖怪とは断言できない。
「それで、あんさんともあろう陰陽術師が、なんで霊能力の無いうちなんかに連絡してきたんや?だいたい封印に使用できる触媒がないんや、陰陽寮で探してもろうてる間、場当たり的にでも妖怪を退治していくしかあらへんやろ」
「わかってないなぁ、玲愛ちゃん。触媒に使えるような遺物なんかこの神の国、日本にはいくらでもあるのさ。ただ強欲な老人たちが隠し持ってて手放さないだけさ」
誓詞はあざけるような笑みをこぼす。
「今だって京都の本部ではお偉いさんがだれの貯蔵品を出すかでもめてるとこだぜ、きっと」
「そ、そんな、こっちは一刻を争うっちゅうに……」
誓詞の言葉をすべて信じるわけではない。しかし玲愛も上層部で陰陽寮を仕切る頭の固い老人たちならあり得るだろうと感じてはいた。
「そないなこと言うても、誰かに遺物を提供してもらえるまでうちらは待つしかないやないか」
「そんなことないさ、触媒なら僕が提供する」
そういって誓詞は車の助手席からボーリング玉ほどの包みを取り出し手のひらに乗せると包みを開いて見せた。
そこには深碧に輝く玉が淡い光を放って輝いていた。
玲愛はその物体の正体を霊視メガネで確認して驚きの声をあげた。
「ま、まさか『如意宝珠』かいな……」
水墨画などで描かれるの龍の右手が握る龍の宝玉。持つ者は意のままに願いをかなえると伝えられている。しかもこの大きさとなれば国宝級の価値を持つ。
「あ、あんさん、そんなものどこから持ってきたんや」
「実家からこっちに転勤するときに、選別として宝物庫からこっそり拝借してきたのさ、あんな蔵の中に大切にしまっておいても何の役にも立たないだろ?」
誓詞はあっけらかんと言う。確かに、あの宝珠を触媒にすれば封印は可能かもしれない。しかし……
「そんなもんあるならさっさとあんさんが一人で封じたらええやないか。なんでうちなんか頼るんか、納得いかんわ」
確かにあの宝玉を中心に術を構築すれば、龍脈の封印は可能かもしれない。でも、なぜ加茂誓詞がそんなことを提案するのか、疑問がぬぐえない。本当に龍脈を破壊した存在とこの男は無関係で、本気で事態の鎮静化を願っているのだろうか。玲愛はわからなくなってきていた。
「玲愛ちゃんは僕のこと嫌っているからね、疑うのも無理はない。君に頼んだ理由は二つ。まず、君は鹽竈神社の神様たちと面識がある。いきなり見知らぬ存在の僕が封印の名乗りを上げるよりもかかわりのある陰陽師からの紹介なら話が早いと思ったんだ」
誓詞はふうと煙を吐いて、表情を改める。
「そしてもう一つ。実はこっちが本命。龍脈の穴の規模からして、この宝珠を用いても触媒として有効かどうかは微妙なところなんだ。だから君の陰陽科学の知見を活かして呪力の強化をお願いしたいと思ってる」
*
しぶしぶ誓詞の依頼を引き受けた玲愛は鹽竈神社へ続く長い階段の参道を登っていた。
横には宝珠を抱いた誓詞と、ここまで付き合ったのだからと、麗子もついてきていた。
玲愛は前を歩く誓詞の後ろ姿を見て考える。
誓詞の言うことももっともだった。確かに今回の開いた龍脈の穴の規模はかなり大きい。それは今もなお溢れ続ける霊気の量を見れば明らかだ。
この規模の封印に使用する触媒は相当力のあるものが求められる。陰陽寮でもそこまでの呪物を用意するのは簡単ではない。いや、誓詞の話では呪物はあるのだろうが、地方の龍脈封印のために提供してくれるような奇特な者はそういないのも事実だろう。そう考えると、誓詞が提供したこの宝珠は、今考えられるなかで最高の品ということになる。ただそれでも力が不足しているかもしれないというのだ。
「確か大学で呪力強化の新術式を研究しているだろう。それを使えばこのサイズの触媒でも十分封印できると思うんだ」
先頭を行く誠司が時折ふりかえりながら話しかける。
「あれは、まだ未完成の技術やねん」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろう?」
それは確かにそうだ。だが未完成の術式をこんな国家規模の災害で使用するというのはリスクが高すぎる。
「まずは現場を見てからや、失敗は許されへんのやからな。もっとも安全策をとる。それだけは譲れへんよ」
「もちろん、期待してるぜ、玲愛ちゃん」
誓詞はへたくそなウィンクを投げかけるが、玲愛は眉をしかめ代わりにらみつけた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




