第五十六話:七北田高校での攻防
「健太と、えーっと弁太郎だっけ?二人は花子さんと一緒に学校のみんなを守ってあげて」
健太と弁太郎を安全な場所におろす。
かつて体育館があった場所では陽翔が青白い光をまといながら荒魂に向けて光の矢を放っていた。
「あれは、陽翔さんですか?」
「ええ、陽翔君の中の阿弖流為とは和解、というかまあ、一時休戦みたいなものね。ひとまずは見方よ」
健太の視線の先で陽翔は弓を蕨手刀に持ち替えると、荒魂の巨大な体を切りつけながら駆けのぼっていく。
荒魂はたまらず悶絶するが、払い落とそうとするにも目標が小さすぎてまともに攻撃が当たらない。陽翔は軽々と荒魂の攻撃を避けるように跳躍し一回転すると、蕨手刀を逆手に持って荒魂に突き立てる。そのまま自重を刃に乗せると、分厚い鱗ごと一気に荒魂の皮膚を下まで切り裂いていった。
「すごい。田代島の時よりも全然強いじゃないですか」
自身もあの蕨手刀に体を突き抜かれた経験がある健太は、巨大な蛇に臆することなく立ち向かう陽翔を見て感嘆の声をもらした。田代島では簡単に隙をつくことができたが、今は近づくことさえためらう気迫のようなものを感じていた。
「今は陽翔君の意識も同調しているからね、それに周囲にただよっている霊気の影響も大きいんだと思うわ。阿弖流為は半分神様みたいなものだからね」
その言葉には自虐的な感情が込められていた。
日月は自分の手のひらを眺める。
そこには細かい光の粒子として存在が確認できるほどに濃い霊気があふれている。しかし人間である日月はその粒子を取り込んで利用することはできない。
健太たちを治療するたまに召喚した朱雀は、今もいつもと同じ丸々した姿で日月の横に浮かんでいる。くりくりした瞳が心配そうに日月を眺める。
四聖獣の式神たちも妖の一種ではあるが、あくまで日月からの力を利用して現世に顕現している。そのため、日月が龍脈の霊気を利用できない以上、猫神や阿弖流為のような強化は期待できなかった。
日月は手のひらを握りしめ、唇をかむ。一拍おいて気持ちを切り替えると、健太たちに告げる。
「あとは私たちに任せて、二人は学校のみんなをお願いね」
猫神にまたがった日月は空をかけ、陽翔の応援に向かった。
一方的に攻撃を浴びせていた陽翔だったが、優勢はいつまでも続かなかった。
『小僧、後ろだ』
突然、阿弖流為の声が響き自身の体が勝手に回避行動をとった。
間一髪で躱した陽翔の顔の横を、先ほど切り落とした二本角の生首が大口を開けて飛び去って行った。
体制を立て直し荒魂に向き直ると、その周囲を二体の首だけとなった二本角の夜刀神が守るように浮かんでいた。
「あいつら、まだ動けるのか。ありがとう、助かったよ阿弖流為」
『ふん、貴様に死なれると我も消滅してしまうからな』
口は悪いが、その言葉から人間に対する怒りは消えていた。
「しかし、あれだけ攻撃したのに全く効いてないみたいだ」
目前にそびえる塔のような巨大な蛇を見て陽翔はため息を漏らす。
「そんなことないわ」
陽翔の横に猫神に乗った日月が合流する。
「よく見て、荒魂の体、最初よりかなり小さくなってると思わない?」
日月に指摘されて、最初に攻撃した時の荒魂の姿を思い出す。確かに、はじめは校舎の屋根よりもはるかに高いところに頭があったが、今は屋上の位置とほとんど変わらないほどになっていた。
「確かに、少しですがはじめよりもちいさくなっていますね」
「ええ、おそらく傷の修復のために自身の体の一部を転用しているのよ」
いくらこの空間に霊気が満ちているとはいえ、あれだけの体を維持するには相当なエネルギーを必要としているはずだ。それに1300年も封じられていて体が無事な訳がない。
「どんなに巨大でも中身はスカスカなのよ。このまま攻撃を続ければ相当弱体化させることができるはずよ。そうしたら封印するか、荒覇吐神様にもう一度融合して力を取り込んでもらいましょう」
できることなら荒覇吐神の半身である荒魂を滅ぼすことはしたくない。母禮の魂に触れたからだろうか、日月の心は荒覇吐神に強い親近感を感じていた。
決意を新たに、日月は髪飾りに封じた残りの三体の式神も解き放つ。
青、白、緑、それぞれに光った髪飾りから日月の式神が召喚された。
「し、シロさん!ワシの活躍を見ていてくださいにゃ」
「ぶにゃー」
猫神の宣言に白虎が答える。それだけで猫神の体がまばゆい光を発する。
「陰陽師の娘、あんな蛇、さっさとやっつけるにゃ」
「当然!ゲンちゃん護身結界をお願い」
日月の指示を受け、玄武が二人の体に防護の幕を張った。薄いオレンジの膜で覆われた日月と陽翔はそれぞれ左右に別れ荒魂への攻撃を再開する。二本角が地を這うように近づき陽翔の足にかみつくが、玄武の結界のおかげでダメージは通らない。
『邪魔をするな』
阿弖流為が一喝。振り回す蕨手刀によって二本角の首は細切れにされ帰路い霧となって消滅した。
勢いを落とすことなく陽翔は荒魂に切りかかる。
「うぉーーーー」
蕨手刀の刀身は倍以上に伸び、深々と荒魂の体を切りつける。
『荒覇吐神様、ご容赦を』
阿弖流為の雄叫びと共に荒魂の身体が深くえぐられる。
苦しみもがくように赤黒い胴体が暴れる。
仲間が避難している校舎に向かわないように、日月は校庭側から攻撃をかけて注意を引く。
「こっちよ!」
黒いたてがみの獅子が空をかける。追い立てるように残った二本角が日月に迫った。
「ぴきゃきゃっ」
青龍が日月を守るように割り込み口から雷を放つ。次いで朱雀も炎を放つが、二本角は炎に焼かれながらも日月に迫った。
最後は猫神の爪が切り裂き、やっと消滅する。
「阿弖流為は一撃だったのに……」
日月は顔を曇らせる。
「先輩大丈夫ですか」
地上に降りた猫神のもとに陽翔も合流する。
「やっぱりあまり効いているように見えませんけど」
「そんなことないわ、このまま攻撃を続けましょう」
阿弖流為が切りつけた傷口も、みるみる再生していく。
それでも少しずつだが、確かにその体は小さくなり攻撃の勢いも落ちてきているように感じられた。
しかし、今もこの地域にはとめどとなく濃厚な霊気の波が供給され続けている。相当なダメージを連続で与え続けなければすぐに回復してしまう。
対してこちらの体力には限界があった。
「このまま長引かせるのはまずいわね。日が沈みかけている」
太陽は傾き夕日が空を黄昏色に染めていた。今夜は新月。最も妖の力が高まる日の巡りだ。
「一気にたたみかけるわ、陽翔くん合わせて」
眷属を失った荒霊に身を守るすべはない。
勝負を決めようと、日月は荒霊を前に四聖獣を自身の周囲に展開する。
校庭で接戦を続ける日月たちの耳にどこからか、応援の声と心地よい音楽が響いた。
日月が見上げると三階の窓が開きそこから花子と健太が身を乗り出していた。教室の窓から風に乗って流れてくるのは、ベートーヴェンの演奏する「運命」だ。高揚感を上げる音色は日月たちの力を上昇させる効果が付与されている。
「部長がんばってー」
「がんばってくだひゃい!」
「がんばるのである~」
お化けピアノの鍵盤をはじきながら弁太郎が歌うように応援する。
仲間の応援と、弁太郎の術で日月たちに力が湧き上がる。
日月と陽翔は視線でタイミングを計り、地面を蹴った。荒魂が反応するよりも早く、一斉に攻撃を放つ。
青龍の雷撃がほとばしり、朱雀の炎が巨大な蛇の体を包んだ。
玄武の放つ光りの輪が荒霊の体を締め付ける。
最後に白虎と猫神の爪によって切りさかれた真空波が拘束された荒霊を次々に切り裂いていく。
「これで終わりだ!」
2メートルを超える長さまで巨大化した蕨手刀を手に、高く跳躍した陽翔が荒霊の脳天から一気に地面まで切り通した。
縦一文字に裂かれた荒霊は赤黒い霧になって霧散する。霧散した荒魂は再構成に時間がかかっていた。
先ほどまで瞬時だった再生速度は明らかに鈍っている。
「これでも倒せないのか」
陽翔の言葉を日月が否定する。
「いえ、今のはかなり効いたはずよ」
確かに。蘇った荒魂の体は最初の半分程度の大きさまで小さくなっていた。もう一息だ。
追撃を駆けようと陽翔が構えると、荒魂は急に方向を変えた。
地面をうねり、日月たちとは反対の方向へ逃げる。
「逃がさないわよ、追って!猫神様」
「任せるのにゃ!」
風のように速度を上げ荒魂を追う。しかし荒魂は学校のフェンスを破り、住宅街へ入っていってしまう。
サイズが小さくなった荒魂の開けた穴からは日月を乗せた猫神の体は通ることができない。仕方なく空をかけ、フェンスを飛び越えなくてはならなかった。
「荒魂はどっち」
陽翔や式神たちは荒魂の速度に追いつけず、はぐれてしまっている。ここまで追いつめて見逃すわけにはいかない。
「いたにゃ!」
猫神が人のいなくなった道路を直進する赤黒い姿を見つけた。
捕らえようと一気に降下するが、荒魂は河川敷を超えて七北田川の中に消えてしまった。
「川の中よ、猫神様急いで」
「だ、だめにゃ……」
川面を見つめる上空に停止した猫神が悲痛な声をもらす。
「いったいどうしたっていうのよ!逃げられちゃうじゃない!」
「……水、怖いにゃ」
荒魂の姿は夕日を写す流れの中に消えていった。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




