第五十一話:テケテケ
「きゃー」
八千代はスマートフォンを投げ捨て悲鳴を上げる。しかし小さいおっさんはすでに八千代の腕に飛び移り四肢を使って器用に腕をよじ登っていた。
「はあ、はあ、お嬢さん、お綺麗ですね。ところで今日はどんなパンツ履いてますか?」
肩まで登ったおっさんが下卑た笑いを浮かべ八千代に話しかける。
恐怖で固まった八千代はじりじりと顔ににじり寄ってくる小さいおっさんを凝視することしかできない。
「離れるのである!」
立ち上がった弁太郎は、今度事狙いたがわず肩のおっさんを払い飛ばすと、反対の腕で八千代を抱きよせる。
「お怪我はありませんかな」
呆然とする八千代をそっと床に座らせると、その手を取って手の甲にキスをした。
「先ほどは失礼いたしました。あの妖怪どもは私めが退治します。あなたは生徒たちを連れて科学室に避難してください。そこなら私の仲間が守ってくれるはずです」
「え……、あ、はい……」
手を握られたまま、八千代は呆けた顔で返事をする。
体育館の中では、バドミントン部の女子生徒たちが、同じくセクハラまがいの被害を受けていた。
そちらを向いた弁太郎は、胸に手を当て大きく息を吸い込むと、朗々と歌い始めた。
「晴れたる青空 ただよう雲よ~」
次第に声は激しさを増し、体育館を揺らす大音量となっていく。
「小鳥は歌えり林にもーりにー!」
大音量の弁太郎の歌には妖怪だけを苦しめる波長が含まれる。
女子部員の体をよじ登り、ユニフォームに潜り込もうとしていたおっさんや、恐怖で座り込んでしまった生徒を囲み卑猥な下ねたを繰り返していたおっさんも、弁太郎の歌を聞いて耳をふさいで苦しみ転げまわった。
小さいおっさんたちが苦しんでることに気づいたバドミントン部の部員たちは、それぞれ手を取り合いながら八千代の元に駆けていく。
「心はほ~がらか……、今のうちに科学室まで避難するのです」
弁太郎に叱咤され、我に返った八千代は生徒たちを体育館の出口に誘導する。実際に妖怪の姿を目にしたことで、ひとまずは弁太郎の言うことも聞いてくれるようだ。
生徒を送り出し、最後に自分も出口に向かい振り返る。
「あ、ありがとうございました」
八千代が頭を下げた。
弁太郎は歌ったまま、ほほに手のひらの跡がくっきりと残る顔で優しく微笑む。
「響くは、我らの喜びの~うた~……」
しかし、弁太郎が朗々と歌い上げたのと同時に、体育館の屋根が落ちた。
一瞬の出来事だった。
八千代の目の前で弁太郎の体は崩れてきた屋根につぶされた。
大きく開いた屋根からは何匹もの角のある蛇が八千代をのぞいていた。
*
「花子さん、ぼくらも避難しよう」
健太が自分の腸を鞭のように振り回しながら、前衛で妖怪の侵入を抑えている花子に叫んだ。
住宅を押しつぶしながら侵攻してきた一角を抱く大蛇は校門まであとわずかという距離まで来ている。
今まで襲ってきていた妖怪とは明らかに規模が違う。健太たちがここで立ち向かったところで、あの大妖怪を止めることなど到底できないだろう。
もっとも、科学室の結界でどこまで耐えられるかは不明だが、それでも少しでも長く耐えることで、日月たちが救助に来てくれるかもしれない。
校門から入ってくる妖怪は、花子の水流でびしょ濡れになりながらも学校への侵入をあきらめない。すでに取りにがした小型妖怪は多数学校内に入り込んでしまっている。先に科学室ヘ向かった生徒たちも心配だった。
「わかりました」
振り向いて健太の提案に花子もうなずく。
最後の水流で妖怪たちを押し返した花子は、転進して校舎に向かってかける。人の足ではスピードが出ないと考え人化の術を解除し足元に便器を発生させる。便器はタイヤでもついているかのように地面を滑り、スピードをあげた。
「健太さん、乗ってください」
健太は足にかみつこうとした人面犬を蹴飛ばすと、こちらに向かって伸ばされた腕をつかむ。
がっちりと握り合った腕を花子は軽々引き上げ健太を自分の背に乗せるとさらにスピードをあげた。追ってくる妖怪を引き離し、開かれた昇降口に飛び込む。
校舎に入った花子は背中から健太を下ろすと、便器を足元から消して人型をとった。そして、多少でも妖怪どもの侵入を防ぐため、健太と手分けして昇降口を閉じる。
全面ガラスの引き戸だったが、ガラスの内側にワイヤーの網が入っている。簡単に割って侵入されるようなことはないだろう。
全ての扉が閉じるとほぼ同時に、花子たちが侵入を押さえていた様々な妖怪が殺到した。
自我を失い暴走している妖怪たちは扉のガラスに爪を立てがりがりと掻くだけで、ガラスを割ろうという頭は働かないようだ。恨めしそうにじっとこちを見ている。
今日は休日で生徒は少ないが、学校という特性上、どうしても周囲の妖を集めてしまうのかもしれない。しかしそれだけにしてはあの巨大な蛇の妖までもが一直線にここを目指してくるのは異常だった。
「あの蛇さんたち、こっちには来ませんでしたね」
外部からの侵入を一時的にしのいで一息ついた花子が外を見ながらつぶやく。
確かに。学校の敷地に入り込んだ蛇たちは初めこそ散らばって動いていたが、ガラス窓から見ると、今は導かれるように一方向を目指して進んでいく。そしてすぐに何かが破壊される大きな音が響いた。
確かあっちの方向にあるのは、体育館だ。
奴らの目的とするものが体育館にあったのだろうか。ほとんど化学室を出ることのない健太が考えても、思い当たるものは何もない。
「ベートーベンさん無事でしょうか」
花子がバドミントン部の避難に向かったベートーベンを心配する。
「向かってからだいぶ時間がたったからもう避難できていると思うけど……」
学校に侵入してきた妖怪をすべて防ぎきれたわけではない。
体育館のほうを向いて健太が不安を含む言葉をこぼすと、体育館からつながる渡り廊下の方向からかけてくる足音が聞こえた。
足音に加え、女子生徒の悲鳴も混じる。何かに追われているようだった。
「だれかきますぅ」
花子が健太の陰に隠れる。そこに駆けてきたのはユニフォームを着たバトミントン部の女子生徒たちだった。
表情は険しく、必死に何かから逃げている。
廊下の先に立つ健太たちの姿を見つけた先頭の少女が健太に助けを求めた。
「助けて!」
同じ学校の制服を身に着け、手には武器のようなものを持っている健太を味方と判断したのだろう。もっともその武器が自分の腸だとは思いもしないだろう。
健太の後ろに隠れる花子のさらに後ろに、何かから逃げてきた10人ほどのバドミントン部員が並ぶ。
「いったい何に追われているんですか」
逃げてきた少女たちを後ろに庇いながら訪ねる。
健太の質問に少女たちは震えながら答えた。
「なんか、上半身しかないお化けです。科学室に向かおうとしたんですが、道をふさがれていて……」
七北田高校は校舎の両端と中央に上階へ登れる階段がある。体育館からなら西端の階段を使って三階に上がればすぐだ。しかしその階段には上半身だけを長い両手で持ち上げた異様な存在がいたのだという。
そういっている間にその存在は健太たちの前に現れた。
少女たちの言う通りその存在に下半身はなく、白いセーラー服を着たおなかから上の部分だけの存在だった。能面のような白い顔には、まるで黒い穴のようなどこを見ているかわからない目が二つ。青白い唇は常に震えており、その口からは甲高い声で「テケテケテケテケ」という呪文のような声がこぼれていた。
テケテケ。
一般的にその名で呼ばれる存在の妖怪だ。
下半身を失った生徒の霊や、電車にはねられ下半身を探してさまようなどと伝えられており、健太たちと同じように学校で目撃されることが多いとされる。
七北田高校には存在していなかったが、霊気の力を得たことで本能的に学校に呼び寄せられてきたのかもしれない。
健太は、超常現象研究部で以前行った『学校の妖怪講座』でその存在を知っていた。日月が紹介した資料の中でも、特に危険度が高いとされていた妖怪だ。
テケテケは白く異様に長い腕を器用に使い、テケテケと声をあげて近づいてくる。
「あ~、できれば彼女たちを脅かすのはやめてほしいんだけど」
健太は警戒しながら声をかけるが、テケテケは無表情のままペタンペタンと距離を詰めてくる。口からは相変わらず呪文のようにテケテケテケとつぶやき続けていた。
とても話が通じるような様子ではない。おそらくこの妖怪も本能だけで人を襲う忘れられた妖怪なのだろう。
噂では、つかまると下半身を引き裂かれると語られている妖怪だ。このまま放置するわけにもいかない。
「僕がひきつけます。花子さんは彼女たちを連れて先に科学室に行ってください」
健太が腸を構える。
テケテケの意識が健太に向いている隙に、花子たちは昇降口から近い中央階段を使って上の階を目指した。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




