第五十話:体育館の小さいおっさん
健太たちが校舎の外に出ると同時に学校の周囲に張られた結界が破られた。
幸い学校は周囲を高いネットフェンスで覆われているため、全面から侵入されるという心配はない。せいぜいが『小さいおっさん』の中でも特に小型な個体がネットの網目をくぐって入り込むくらいなものだ。
この際多少の侵入は仕方がない。無事に科学室に逃げ込んでくれていればあの程度の小妖怪の力では教室の結界を破ることはできないはずだ。
花子と健太は今まさに正面から次々に侵入してくる妖怪に警戒を絞った。
校門からは雪崩のように大量の妖怪が入ってくる。
先頭はおっさんの顔した犬、人面犬たちだ。
「何見てんだよ」と先頭のおっさんお顔が口を開く。
続けて他の人面犬も口々にもんくを垂れる。
「ほっといてくれよ」
「見るなよ……」
「帰りてぇな……」
と、口々にぶつぶつと何かをしゃべりながら、大型犬からチワワサイズの小型犬まで様々なサイズの人面犬が駆け込んでくる。
顔かたちは様々だが、一様にその目は血走り、だらりと開いた口からは長い舌が揺れている。よだれがこぼれて乾いた校庭にシミを作る。
何十匹ものおっさんの顏が群れを成して駆けてくる様子は異様としか表現しようがなかった。
「気持ち悪いですぅ」
隣で花子が体を震わせる。
「そんなこと言っていないで、花子さん、早く流しちゃって」
「はっ、はいぃ、行きます!」
そう言うと、両手を高く天にあげると勢いよく振り下ろした。トイレの妖怪である花子は水を操ることができる。普段の力なら、たらいの水をひっくり返した程度の水を作り出し相手を足止めすることができるのだが、今日は違った。
「あ、あれ?」
花子の目前に校庭を埋め尽くすほどの大量の水があらわれた。それが一気に人面犬たちに襲い掛かる。
津波のような水流が浸入した人面犬たちを襲う。
一面を水浸しにして、小さい体の妖怪たちはそのまま校門の外まで押し戻された。
「す、すごいね花子さん」
健太が驚きの表情で見つめる。花子も自分の力が信じられないようで、じっと自分の手を見つめていた。
「霊気でパワーアップしているのはぼくらも同じってことだね」
健太は水流を乗り越え突入してきた、一つ目一本足の妖怪を殴り飛ばす。
「いやー、田代島ではお役に立てなかったけど、昨夜ユーチューブで勉強した護身術トレーニングが早速役に立ちますね」
人形ならではの可動域が広い関節をぐるぐると回し具合を確かめる。
島の化け猫に手も足も出なかった健太は、一晩中格闘系の動画を見てその動きを体に覚えさせていた。
まるでその動きをトレースするように、次々襲い来る妖怪を、強化プラスチックのこぶしで殴り飛ばしていた。
しつこく侵入を試みてくる小型の妖怪を、花子が大量の水で何度も押し流す。
それでも突破してくる大型の妖怪は健太が対応していた。
しかし多勢に無勢。完全にすべての妖怪を足止めできているわけではなかった。健太が一体を足止めしている間に回り込んだ数体が校舎内に侵入する。
「くそっ」
素手での戦闘には限界がある。もっと間合いの広い武器のようなものが……
健太はふと思いついて自分の腹に手を突っ込んだ。何かを握り一気に引きずり出す。
それは腸だった。
取り出した数メートルはあろうという腸をぶんぶんと振り回す。
「うん、いいですね。快腸だ!」
手にした腸を鞭のように振るう。巻き込まれたゾンビが数体一度に頭を飛ばされ動きを止める。
もとより自分の体の一部である腸は、健太の思い道理に風を切り、襲い来る敵を次々に倒していく。
しかし、いくら倒しても集まってくる妖怪の数が減る様子はない。
「きりがありませんね」
周囲にただよう濃厚な霊気で強化されているとはいえ、こんなことでいつまでも防ぎきれるものではない。前に出て校門からの侵入を定期的に大量の水流で抑えていた花子も一撃一撃の水量が弱まってきている。そろそろ限界も近い。
そうしてついにどうしようもない事態が発生する。
こちらを目指して進んでいた一角を持つ大蛇がついに学校の目前まで到達していた。
*
一方、体育館に向かっていたベートーベンにも苦難が訪れていた。
「あなたはいったい何者なんですか!?」
体育館の入り口をくぐってすぐの場所でジャージ姿の女性教師が両手を腰に当てた仁王立ち状態で立ちふさがっていた。
「いや、あの、だな。えー妖怪がだな……」
化学室を飛び出し体育館に向かったまではよかった。扉を開け「みんな避難するんだ~ままま~!」と叫んだところで、女子バトミントン部の指導をしていた体育教師の新藤八千代が駆け寄ってきて詰問したのだ。
少し考えれば当たり前のこと。見知らぬ部外者がいきなり「避難しろ」などと言っても、はいそうですかと素直に従うことはない。しかも妖怪などと口にすれば、怪しさが増すこと間違いない。
「妖怪?何言っているんですか。通報しますよ」
生徒を預かる教師としては至極まっとうな対応だ。自分よりも10センチ以上背の高い人化の術で化けたベートーベンにも臆することなく目を見つめて毅然と対応する。
「いや、ともかく、ここから避難を……」
「だから、なにから避難するんですか?それに、まずはあなたが何者かを教えていただけますか?」
有無を言わさぬ迫力がある。部活をしていた生徒たちも何事かと、練習の手を止めて遠巻きに見守る。
「私はベートー……、いや、べん、べん、そう弁太郎、米戸弁太郎だ。この場所に危険が迫っているのだ。あとで説明するからひとまず私についてくるのだ」
「べいとべんたろう?変な名前ね。本当に本名ですか?だいたい何で今説明してくれないんですか?責任者としてあなたを信用することができません」
ベートーベン、改め弁太郎は乱れた頭をかく。
時間がないというのに、こまった人だ。こんなことなら生徒に見える花子にでも一緒に来てもらうべきであったと後悔する。
どのように信じてもらうか思案していると、弁太郎の視線の端に何か動く存在を確認する。妖怪『小さいおっさん』だ。
よく見ると、体育館の床面近くに換気のためにあけられた通風窓から10センチ程度の小さい裸のおっさんたちが次々に侵入してきていた。
妖怪『小さいおっさん』
2000年代初めから話題になり始めた日本の都市伝説。中年男性風の顔をした小人が各地で目撃され広く信じられるようになった妖怪だ。
特に人間に害を与えるようなことはないが、その風貌は人間を恐怖させるのには十分だった。
何かの気配を感じた部員の一人が、体育館の床を走り回る小さいおっさんの姿を確認し悲鳴を上げた。
「キャー、なにあれ!」
他の部員もおっさんの姿を確認し次々悲鳴を上げる。生徒の異変に気付いた八千代がふりかえり確認する。
「みんなどうしたの」
しかし、振り返った八千代の視線の先におっさんはいない。侵入したおっさんたちは、驚くほど速い速度ですでに生徒たちの陰に入り込み、足元を駆け回っていた。
「こっちこないでー」
「イヤー」
生徒たちは足元を駆け回る謎の存在に半狂乱になって怯えている。
なにが起きているのか理解ができず固まる八千代の足元にも、すでに数体の小さいおっさんが集まってきていた。そのうちの一匹は八千代のジャージにしがみつき、すでに腿の上まで登ってきていた。
「危ないのである!」
すでに腰まで登ったクライミングおっさんをつかもうと手を伸ばした弁太郎だったが、実体を持つ体を操るのにはまだ慣れていない。バランスを崩しそのまま八千代に抱き着いてしまった。
躓いた弁太郎は顔から八千代のおなかに突っ込み、腰を抱きしめるような形になってしまった。
「これは失礼……、え?」
抱き着いたまま顔を上に向け無礼を詫びる弁太郎だったが、頭上には顔を真っ赤にして怒る八千代の姿がある。そして、同時に飛んできた平手が弁太郎のほほを打った。
バチーンとはじける音が響き弁太郎は床に転がる。
「変態!変態!へんたーい!」
「ち、違う、誤解なのである、これは妖怪が……」
体を守るように自分の体に腕を回して八千代は床に転がる弁太郎をにらむ。慌てて弁解しようとする弁太郎だったが、倒れたときつかんでいた小さいおっさんにも逃げられていた。
「もう警察、呼びます」
ズボンのポケットからスマホを取り出し電話をかけようとする。しかし取り出したスマホには何かが抱き着いていた。
ストラップ人形なんてつけたかしら?
八千代が疑問を感じていると、人形だと思っていたそれは、ゆっくりと首を回してこっちを見た。
「お嬢さんこんにちわ」
バーコード頭のそれは油ギッシュな笑顔を八千代に向けた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




