第四十九話:結界の崩壊
周囲の家を破壊しながらこちらに向かってくる巨大な一角蛇の群れ。
家々を破壊するその音に、校庭で活動していた生徒たちもさすがに異変に気づいたようだった。
「ひ、ひゃあああ、なんだあれ!」
サッカー部の誰かが叫ぶ。
霊気が上がったことで周囲の妖怪体の存在が実体化していく。霊感の無い生徒たちでも学校の周囲を囲う異様な存在があることを視ることができるほどに周囲の霊気は濃くなっていた。
恐怖は伝染し、半狂乱になった生徒たちはサッカーボールもそのままに校舎に逃げ込んでくる。
幸い校庭で活動している人数はそれほど多くなかったため、昇降口でも混乱することはなかったが、それでも慌てて転んでけがをした生徒なども見えた。
「いやいや、さすがにこれはまずいんじゃないですか」
零体のベートーベンが窓の外の光景から目を離さずに言った。「周囲の雑多な妖怪ならともかく、あんな巨大な妖怪が襲ってきたら、学校の結界が破壊されるのも時間の問題ですよ」
一角蛇は確実に近づいている。間違いなく目標はこの学校のようだ。
何かを考えていた健太が、覚悟を決める。
「仕方ないです。生徒の皆さんにはこの科学室に避難してもらいましょう」
妖怪が活動する部室として利用するため、安全を考えこの部屋はさらに強力な追加の結界が施されている。学校の中では最も安全な場所だと言えた。
人払いの結界も扉を開けた状態なら解除される。その状態なら一般の生徒を受け入れることもできると提案する。
「でも、私たちの言うこと信じてもらえるでしょうか」
花子は自分の足元を見る。便器から伸びる自分の足がそこにはあった。言うまでもないが自分たちも妖怪だ。一般の生徒たちにいてみれば校舎を囲んでいる異形のものと何ら変わらない。
不安そうな花子の顔に、健太も表情をゆがめる。
「せめて人化の術が使えれば……」
「いやいや、あきらめるのは早いかもしれんぞ。むむむむ~」
ベートーベンはしわを寄せた額に人差し指を宛て何やら悩みこむ。すると、その体が光り輝いた。あまりのまぶしさに健太は目を閉じる。
「どうだ、うまくいったか?」
その声を聴いて目を向けると、そこにはグレーのスーツに身を包んだ銀髪の中年男性が立っていた。
精悍な顔立ちの中年ミドル。髪は無造作に乱れ、凛々しい眉が印象的なややヨーロッパ系の雰囲気がある顔立ちをしている。
「え、まさか、ベートーベンさんですか」
「そうだとも、うむ。利用できる霊気が大量に満ちているからもしやとも思ったが、うまくいったようだな」顎を撫でながらまんざらでもない表情を浮かべる。「二人ともしっかりとイメージを持つんだ。今ならきっと君たちもきっと人化の術が使えるはずだ」
ベートーベンはちから強く二人に訴える。その姿はまるで教師のようだ。
「わ、わかりました。やってみまふ」
両こぶしを胸の前で握り、うーんと唸る花子。すると、ポンという乾いた音とともに花子の足元から便器が消えた。姿は今までと変わらないが、普通に二本の足で歩けている。ちょっとしっとりした髪はそのままだが、すっかり普通の女子高生の姿に化けることができていた。
「やった、できました」
「なら、ぼくも。イメージイメージイメージぃぃ!えいっ!」
人体模型の体が淡く光り、裸だった健太の体を七北田高校の制服が包んだ。光が収まるとそこには制服を着た人体模型の姿があった。
「どうですか?」
にこやかに微笑む健太だったが、二人の反応は微妙だ。
「健太さん、ちょっとその顔では……」
花子が何とも言い難い表情で健太を見つめる。確かに半分むき出しだった表情筋は皮膚で覆われている。しかし、顔のつくりは人体模型の時のまま。髪の毛も眉もない。のぺっとしたいかにも人工的な人形の顔だった。
「そんなこと言われても。難しいですね」
「じゃ、じゃあ、こんな感じで」
花子がスマートフォンを操作して画面に男性アイドルの顔写真を表示する。
「ありがとうございます。イメージするものがあると楽ですね。では、改めて、えいっ!」
健太の顔が光り、現れた顔は中性的な整った顔にサラサラの髪を揺らす絶世の美少年の姿だった。男性アイドルをお手本にしたため必要以上にイケメンになってしまっていた。
あまりの整った顔立ちに花子がポッと顔を赤く染めた。
「どうですか?やっぱり変ですか?」
「そ、そそ、そんなことないでふ」
顔を真っ赤にしながら顔の前で手のひらをぶんぶんと振る。
「姿などどうでもいい。今は生徒たちを守るのが先決だ。君たちは校庭の生徒たちを誘導してくれ。結界にひびが入っている。すぐに妖怪たちがなだれ込んでくるぞ」
校門の外では妖怪たちが折り重なるように群がり、その数はもはや数え切れなくなっていた。
日月の結界もあまりの数にはあらがうこともできず、いたるところに亀裂が入っているのが見えた。
「ベートーベンさんは?」
「確か体育館でも活動している部活があったはずなのである。外の異変に気付いていないかもしれない。私はそちらに向かおう」
人の姿をとった三人はそれぞれの役割を確認するとうなずきあって教室を飛び出した。
*
健太と花子が階段を駆け下りると、昇降口を上がったままどうするべきかわからず立ち尽くしているサッカー部員が固まっていた。少し離れたところで顧問らしい男性教師が必死に電話をかけているがつながらないようだ。
「みんな、科学室は激しい実験にも耐えられるように作ってあるらしいよ。まずはそこに避難しよう」
健太は不安そうな生徒たちに声をかける。人間と話すことに慣れていない花子は健太の陰に隠れて校舎の外の様子をうかがっていた。
生徒たちからすれば見慣れない顔ではあったが、七北田高校の制服から学校の生徒だと判断してくれたようだ。
だれも判断することができない状態でこれからの行動を示してくれたのは確かだ。一人の生徒が階段を上って駆けだすと他の部員たちも慌ててそれに続いた。
電話をしていた教師も何事かと近づいてくる。
「き、きみ本当に大丈夫なのかね」
年配の男性教師が不審そうに健太に尋ねる。いきなり現れた見覚えのない生徒に疑惑を抱いているのかもしれない。鋭い眼光が健太をじっと見つめる。
「あ、はい、その~たぶん……」
健太の反応にさらに不信感を募らせる教師だったが、今はそれどころではなかった。
「健太さん!もう結界が持たないですう」
避難が遅れている生徒がいないか外を観察していた花子が悲鳴に近い声をあげる。
確かに、校舎の外を見ると結界に走ったひび割れは蜘蛛の巣のようにどんどんと広がり、ミシミシと音を立て始めていた。
「もう奴らが入ってきます。先生も急いで!」
教師を階段に押しやると、健太と花子は妖怪が校舎へ侵入するのを防ぐため外に飛び出した。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




