第四十七話:和魂
自らが破壊した霊気のあふれ出る龍脈の穴を目前に、黄金の龍と荒覇吐神の和魂は向かい合った。
「おぬし何者じゃ、妖を暴れさせてなんとする」
小さき蛇の体からは信じられないほどの凛とした声が響く。自身の何倍もの大きさを揺らし空に浮かぶ龍に対して一歩も引くことはない。
荒覇吐神の言葉にも、龍は答えない。
「やはり答えぬか……、争いは好まぬが、このまま貴様を放置するわけにはいかんのじゃ」
荒覇吐神は今も滾々とあふれる龍脈からの霊気をその身に吸収する。
魂が別たれた今の体ではかつての大蛇の姿をとることはできない。今できるのは大量に周囲に漂う霊気を利用することだけだ。
荒覇吐神の赤い瞳がかっと見開かれる。
大地に眷属召喚の光が輝く。赤い蛇の左右に角を持つ大蛇が表れた。
かつての荒覇吐神の眷属『夜刀神』だ。
現代によみがえった夜刀神は本能的に主の気に吸い寄せられるように進む。この場合より力の大きな荒魂に引き寄せられてしまった。
荒覇吐神の和魂は周囲の霊気を吸収した力で、何とかそのなかの二体だけを支配下に置くことに成功していた。
この程度の力ではこの龍を倒すことは難しいかもしれない。それでも、自分の名をかたりこの世に災いをもたらそうとしている存在を無視することはできなかった。
荒覇吐神からの指示を受けた二体の夜刀神は、電柱ほどの太い体をくねらせ黄金の龍を襲う。
たまらず上空に逃げる龍。しかし上からは布都御魂を構えた武御雷が追撃してきていた。
「そろそろ潮時か……」黄金の龍が呟く。
地上と上空、双方から挟み撃ちになった龍は体を丸めるとまぶしい光を放った。
周囲の色がすべて白く上書きされるような激しい閃光に神々は目をくらませた。
ゆっくりと世界に色が戻る。
荒覇吐神が視力を取り戻した時、そこに黄金の龍の姿はなかった。
「奴は逃げたのか」
上空から二本の剣を携えて武御雷神がおりてきた。
荒覇吐神も周囲を探るが感知できる範囲に黄金の龍の姿はもうない。
「少なくとももうこの周辺にはいないようじゃな。ふ―、ちょっとひやひやしたわい」
八塩じいは額の汗をぬぐいながら、荒覇吐神に話しかけた。
「貴殿は、荒覇吐神殿じゃな」
「いかにも。すまぬ。我が介入したせいで奴を取り逃がした……」
すまなそうに首を垂れる。
「ふぉふぉふぉ、貴殿のせいではないよ。むしろわしの命を救ってくれて助かったわい。もともとそこのでっかい武神が取り逃がしたのが原因じゃて」
そういって向かいに立つ武御雷神を見やる。
武御雷神はバツが悪そうに表情をゆがめて剣を鞘に戻す。
もう一方の手に持った布都御魂は逆手に持ち地面に突き立てる。するとその姿は鎧姿の剣神、経津主神へと変わった。
「荒覇吐神よ、あの黄金の龍は何者だ」
状況がつかめない武御雷神が荒覇吐神に詰め寄る。経津主神は姿こそ戻ったが、まだ龍の雷撃で負ったダメージも大きく、周囲の霊気を利用して傷の回復に努めている。
「正直、奴が何者なのかはわしにもわからん。だが、奴の目的は想像がつく」
「それは何だ。龍脈の破壊が目的ではないのか」
怒り冷めやらぬ形相で武御雷神が荒覇吐神に迫る。二メートルを超える巨大な武人ににらまれながらも、小さき蛇神は落ち着いて答える。
「龍脈の開放は手段にすぎぬ。奴の目的は古代、神荒覇吐神の復活。正確には我の半身、怒れる荒魂の復活じゃな」
「ほほう、そういうことか」
黙って聞いていた八塩じいが、顎髭を撫でながら納得したとばかりに頷く。
「朝廷の蝦夷討伐。貴殿が御霊を別ったのはその時じゃな」
八塩じいはゆっくりと尋ねる。
当時のことはしっかりと覚えている。朝廷の支配に下ることを良しとしない蝦夷に対し、業を煮やした朝廷側が大規模な攻撃を仕掛けた。蝦夷の森を焼き、朝廷側の領地を大幅に拡大した。歴史には残らない。名もない戦。
本来であれば人間同士の争いに神が介入するなどありえないことだ。しかし、心優しい蛇の神は言葉の通り身を引き裂き、怒れる半身を民を守るために前線に送り、そして敗れた。
「いかにも、我がこのような姿になったのは、人間の争いに自ら首を突っ込んだ自業自得じゃ。今の人間に恨みなどない。しかし、我の半身は1300年以上恨みを抱えたまま時が止まっておる。奴はそれをよみがえらせてなにかに利用しようとしておる」
「理由はともかく、この龍脈をふさぐのが最優先じゃな。霊気の流出を防げば荒魂の復活を阻止できるやもしれんしのお」
背後で今も大量の霊気を垂れ流す大穴を見ながら話す八塩じいに荒覇吐神が鋭い言葉を返した。
「残念ながらもう遅い。おそらく荒魂の復活が分かったから奴はこの場所から撤退したのじゃ。先ほどから我の半身が呼ぶ声が響いておる」
「なんと!」
「それでも、1300年封印されていた奴の体はまだ不完全じゃ。荒魂は半身である我を取り込み、龍脈から無限の力を吸収し完全復活を画策しておる。おそらく黄金の龍は復活した荒魂をここへ誘導するために向かったのじゃろう」
「なんだと、あの龍だけでも厄介だというのに……」
武御雷神がこぶしを握る。
「これ以上、荒魂に力を与えるわけにはいかない。そのために我がここに来たのじゃ」
荒覇吐神は鹽竈神社の神々に向き直る。
「大和の神々よ、我の体を封印の岩に替えて龍脈を封印する要石に使ってもらえないじゃろうか」
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




