第四十四話:夜刀神の復活
陽翔たちは後から追いついた猫神とともに最初にくぐった鳥居を目指して走っていた。
途中、けたたましい警戒音が日月のスマートホンを震わせる。
立ち止まり画面を確認すると、それは陰陽師に霊気の急激な変化を伝える『緊急霊圧変化速報』だった。画面の情報は続報となっている。どうやら先ほどの戦闘中にも一報が届いていたようだ。
「霊気の濃度がどんどん濃くなっているわ。これは間違いなく龍脈の封印は破壊されたとみて間違いないわね」
日月が難しい顔をして押し黙る。
「おかしいですね、それだけ霊気が濃くなっているのに、さっき俺たちを襲ったくねくねの姿が一体もありませんよ」
前回の反省から白虎による広範囲の索敵は避け、手分けした目視による警戒を行っていた。
霊気濃度の濃い場所では、人ならざる者は強大な力を得る。先ほど戦った土蜘蛛や荒覇吐神がそうだったように、くねくねも力を増して待ち構えているものだと考えていたが、森を出た後一度も奴らに遭遇してはいなかった。
「加茂さんが全部祓ってくれたのかしら」
日月も不思議そうに周囲を見渡す。
「おい、日月これを見るにゃ」
少し離れた場所で猫神が叫ぶ。二人も駆けつけると、そこにはキャメル色のスーツの上着とたばこの吸い殻が落ちていた。
「これって、加茂さんの……」
スーツを拾い周囲を見渡すが、日月の視界に陽翔たち以外の人物の姿は見当たらない。
「加茂さんのことです。きっと大丈夫ですよ。戦闘中、邪魔になって脱いだんですよ」
自身も不安を払うかのように日月を慰める。陽翔の脳裏に誓詞の無責任そうなにやけ顔が浮かんだ。
気を取り直し、加茂の姿を探して周囲を見回した陽翔は、視界の端に赤くそびえる鳥居を発見した。
「日月先輩、鳥居があります。ひとまず現実世界に戻って玲愛さんと今後のことについて相談しましょう」
「そ、そうね……」
日月は加茂のスーツをぐっと抱きしめると陽翔に従い鳥居を目指して歩き始めた。
その時、再び日月のスマートフォンが震える。今度は電話の着信の知らせだ。
「玲愛からだわ」
すぐに通話ボタンを押す。
「日月ぃ、やっと繋がった。心配したんやで」
電話がつながるとすぐに半泣きの玲愛からの返事が聞こえてきた。
「れ、玲愛、どうしたの」
「どうしたのやあらへん。荒覇吐神社に行ったきり連絡つかへんようなってもうたから心配しとったんやないか」
やや怒りを孕む関西弁が隣に立つ陽翔にも漏れ聞こえた。
「あ、ええ、ちょっと土蜘蛛と戦闘になっちゃって……」
「土蜘蛛やて?!何で荒覇吐神に会いに行って土蜘蛛とたたこうとるんや、ほんで、無事なんやな」
心配そうな親友の声に日月は少し安堵の表情を浮かべた。
「ええ、今は大丈夫……ちょっと死にかけたけど……」
「なんやて!加茂のおっさんは何してたんや!」
「違うの、加茂さんは襲ってきたくねくねから私たちを守っておとりになってくれたの。もしかして加茂さん、玲愛のところに行っていない?」
「会うてへんな。さっき一度電話かけたときもつながらんかったわ。それよりホンマ大丈夫なんやろうな」
「ええ、いろいろ分かったこともあるから、一度合流しましょう」
そこまで話したとき、再びスマホに『緊急霊圧変化速報』が流れた。
電話を一時中断し画面を確認すると、今回の波は先ほどまでと比較にならないほど濃度が高い。注意喚起ではなく、真っ赤な警告表示が光っていた。
緊急霊圧速報は政府が流す地震速報と同じで、発生を感知してから送信される。つまり、発生地点から近いほど通知から実際に波が訪れるまでの間は短くなる。
異変はすぐに訪れた。
「うわっ、な、なんだ。空気が痛い……」
陽翔は周囲に満ちる空気が肌を刺激してくる感覚を感じた。
それは日月も同じようで、眉間にしわを寄せて霊気が流れてきたであろう方角をにらむ。
目には見えないが、周囲を包む大気が明らかに異質なものに置き換わっていく。
霊気の変化を感覚でしか感じ取れない日月たちとは違い、猫神の体には明らかな変化が発生していた。
人間にとってはほとんど影響のない霊気濃度の上昇だが、人ならざる者には強大な力を与える劇薬となる。
肌がひりひりするような刺激的な霊気の波を受け、二人の目の前で猫神の体がさらに大きく巨大化した。
子犬ほどの体は、今では大型犬をしのぐほどとなり、さらにとどまることを知らぬかのように拡大し続ける。しかも、今回は大きさだけではない。
愛らしかった猫神の鼻筋が伸び、精悍な大人の姿に変わる。顔を覆うように黒いたてがみが広がり、体躯は硬く筋肉質に変わる。太い四肢がまっすぐに伸ばされ、鋭い爪が大地をしっかりとつかんだ。
毛並みは雪煙のように白く輝き風に揺れる。漆黒のたてがみは首元から根中を伝い、同じ漆黒で染められた尾がたなびく。
そこに存在するのはもはや猫ではない。神獣と呼ぶにふさわしい雄々しい獅子の姿だった。
二人はあまりの変化に声も出ない。先に正気へ戻った日月が心配そうに声をかけた。
「だ、大丈夫なの、猫神様」
「にゃ!力がみなぎるにゃ!」
姿は凛々しい獅子の姿だが、その口からはいつものかわいらしい猫神の声がこぼれた。
「にゃははは!これぞワシの真なる姿なのにゃ!」
姿が威厳ある獅子の姿になっても中身はまったく変わらないようだ。
霊気濃度の上昇は、妖怪だけを活性化し人間には何の影響も与えない。だが、それこそが恐ろしかった。
今の日本にも、人間を狙う妖怪は数多く存在する。しかしその大半は力を失い、せいぜい小さな引っかき傷を残したり、暗がりで人を驚かせる程度でしかなかった。
だが、霊気を大量に浴びた人ならざる者は違う。妖怪本来の力を爆発的に増幅させる。制御する理性を持たない妖怪たちは本能の赴くまま、人間へと牙を剥くだろう。
陰に潜んでいた妖怪たちが列をなし、人を喰らいながら街を練り歩く。──『百鬼夜行』が、始まろうとしていた。
「これが龍脈からあふれた霊気の影響なんですね。俺でもやばいことがわかります。空気がひりついてる。猫神様でこれだけの変化があるなら、街中の妖怪たちにもかなり影響が表れているんじゃないですか」
さらに濃度を増してくる霊気に陽翔が眉をひそめていった。
日月も真剣な表情で答える。
「そうね、急ぎましょう。玲愛。私たちもすぐそっちに向かうから電話はこのままつないでおいて」
そういった途端、スマホの向こう側で大きな爆発音が響いた。
「何があったの?すごい音がしたけど、そっちは大丈夫?」
電話口からはレアの呆然とした声が響く。ひとまずは無事のようだ。
「これはちょっとヤバいで……博物館に封じられとった夜刀神が復活したんや」
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




