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神鬼狂乱~女子高生陰陽師広報・安倍日月と荒覇吐の神~  作者: 杜宮みやび


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第四十三話:母禮の語る真実

 「な、なんだ。この景色は、いったい……」

 阿弖流為(あてるい)の意識は空にあった。


 眼下には見覚えのある景色が広がっている。視点の位置こそ違うが見間違うはずもない。ここは阿弖流為と母禮(もれ)が処刑された京都の処刑場だ。

 刑は実行され、今はもう見物人は誰も残ってはいない。

 ただの躯となった体を処理係の男たちが黙って片づけていた。一人の男が転がる首の乱れた髪をむんずとつかみ持ち上げる。それは見間違えるはずもない。まごうことなき自分の首だ。

 こうして自らの死体を眺めるということは、自分は抜け出た霊魂のようなものなのだろうか。


 蝦夷(えみし)の死生観は『循環』だ。

 体は大地に、魂は母なる荒覇吐神(あらはばきのかみ)の元に帰る。

 そのはずだったのに、阿弖流為の魂は帰る場所を失い今もさまよっている。

 魂のよりどころである荒覇吐神も朝廷に殺され、帰るべき場所を失ったからだろうか。


 いや、我は確か荒覇吐神様に出会ったはずだ。あの時から1300年恨みを抱いて眠り続けていたはず。ならば、これは夢?


 そこで阿弖流為はハタと思いつく。今なら最後に一目。愛する者の顔を見ることができる。首をはねられひどく苦しんだ表情かもしれない。それでも阿弖流為は一目、母禮に会いたかった。


 苦しみや恨み、その思いも分かち合いたい。その思いで宙を舞う体をもう一体の躯に向かわせる。

 一体めの躯の処理を終えた男たちは、続けて母禮の首を拾い上げていた。

 阿弖流為は覚悟を決めてその顏を見た。

 

『だ、誰だこの女は……』


 そこに持ち上げられた首は母禮では無かった。藍味を帯びた墨で雑に刺青を模した文様こそ描かれているが、その顏は似ても似つかない。

 阿弖流為は訳が分からなかった。


 これは夢なのか?それとも真実の記憶なのか?

『阿弖流為様……』

 驚愕に固まる阿弖流為の背後から声がかけられる。聞き間違うはずもない。涼やかな森のさえずりに似たこの声は……


『も、母禮……』

 阿弖流為が振り返ると、そこには薄くぼんやりとした形で浮かぶ愛しい人の姿があった。

 先ほど見た首とは全く違う。

 額と瞳の下にきれいに描かれた青い文様の刺青、慈悲に満ちた瞳で優しく微笑む愛しい人がそこに浮かんでいた。


 『あ、、、ああ、、、ああああ』

 阿弖流為が声にならない嗚咽をもらす。

『も、母禮……すまない、我はお前を助けられなかった……』


 自分があんな男の言葉を信じたせいで、母禮は殺された。あの男は処刑場に姿すら現さなかった。

 阿弖流為の中で、怒りと恨み、悲しみと後悔の念がうずまく。


 うなだれる阿弖流為に母禮は優しく語り掛けた。

『違うのです、阿弖流為さま。処刑場で殺された娘の姿をご覧になったでしょう。私はあの場所では殺されておりません。田村麻呂様はあなたとの約束をしっかりと守ってくれたのです』


 『ど、どういうことだ……』

 驚きの表情で母禮を見つめる阿弖流為に、優しい笑顔を向ける。


『首を飛ばされたのは、他の処刑場から運んできた身代わりです。その顏に墨で私の顏と同じ刺青を描き、私の服を着せ処刑場に運んだのです。田村麻呂様は阿弖流為様の処刑に気を取られ警備が薄くなる瞬間を狙って私を都から連れ出してくれました。何日も馬を飛ばし、私を蝦夷の元へ送り届けてくれたのです』


 母禮は泣きはらし、喜びとも驚きともつかない不思議な表情の阿弖流為のほほにそっと手を触れる。

『こんなにも長くあなた様を苦しめてしまい申し訳ありませんでした。でも田村麻呂様を恨まないでください。あの方は私を送り届ける間何度も『阿弖流為を救えなくてすまない』と謝っていらっしゃいました』

 言葉を区切り、ゆっくりと続ける。


『阿弖流為様、田村麻呂様、お二人が私を救ってくださったから、私もこの蝦夷の地で荒覇吐様をお守りすることができたのです』


 朝廷に葬られ、歴史書にも記されず、人々から忘れられてもなお千三百年の歴史を超え、この地に残る荒覇吐神社。母禮の子孫は代々それを守り続けていた。


『今、蝦夷の子孫たち、そして荒覇吐様が危機に陥っています。阿弖流為様、今一度あなた様の力でこの地の者たちを救ってください』

 母禮の姿が微笑みとともにその姿を薄くしていく。


『ま、待ってくれ、母禮よ。それが真実ならば、わ、我は、いったいどうすれば……』

 母禮は答えない。

 阿弖流為を見つめたまま最後まで優しい笑みを浮かべ、そして消えていった。

 

 ――私はいつでも日月の中から貴方様のことを見守っております。

 遠くから最後に母禮の言葉が届くとともに、阿弖流為の視界は現世に戻ってきた。


 目の前にははだけた胸元を抑え真っ赤な顔でにらむ少女の姿がある。

 そうか、この娘が……

 そういわれればどことなく母禮の面影を見ることができる。阿弖流為は口元に小さく笑みを浮かべ、陽翔の意識の奥に消えた。


 *


 「いってー」


 陽翔はじんじんと熱いほほの痛みで意識を取り戻した。いつの間にか土蜘蛛にえぐられた腹の傷は消えている。

 訳が分からない陽翔は、まだ熱を帯びる頬を押さえて正面を見る。正面には真っ赤な顔でにらみつける日月の姿があった。


「よかった、日月先輩、無事だったんですね」

 切り裂かれた式服に血の跡は残っているが、ちらりとはだけている肩口には土蜘蛛に切られた傷は見られなかった。朱雀に回復させたのだろうか。

 周囲に式神たちの姿はない。今はもう星形の髪飾りに戻り、日月の三つ編みに納まっているようだ。


「全然無事じゃないわよ!」

 しかし、陽翔の顔を見るなりほほを赤く染めると、日月はくるりとうしろを向いてしまった。

 今まで阿弖流為に意識を支配されていた陽翔は、なぜ日月が怒っているのか見当もつかなかった。

 先ほどまで感じられた阿弖流為の意識も、今はすっかり消えている。魂の奥底で存在は感じるが、何か深く考え込んでいるのか、陽翔の問いかけにもこたえることはない。しかし魂から伝わる感覚に今までのような荒々しさは感じなくなっていた。

 

 訳も分からず立ち尽くす陽翔の前に猫神とその背に乗った荒覇吐神が近づき声をかけた。

 猫神の献身的な回復術と周囲の霊気を吸収することで、荒覇吐神もその存在を回復していた。


「どうやら母禮の思いは無事に伝えられたようじゃな」

 今も顔を赤くしたままそっぽを向く日月に顔を向ける。蛇の姿をした荒覇吐神の表情はわからないが、おそらく微笑んでいるのだろうという雰囲気は伝わる。

 落ち着いた蛇神の姿を見て陽翔も安堵する。


「荒覇吐神もご無事だったんですね、よかったぁ……って、猫神様?なんか大きくなっていませんか?」

 荒覇吐神を背に乗せたハチワレ柄の猫神は、子犬ほどの大きさに巨大化していた。


「にゃははは、にゃんだか力がみなぎっておるのにゃ!今ならワシだってあんな蜘蛛妖怪にも負けんぞ」

 姿は変わってもその性格までは変わらないようだ。


「ところで、あれからいったいどうなったんですか?あの巨大な蜘蛛は?」

「土蜘蛛は、陽翔君の体を乗っ取った阿弖流為が倒したわ」

 切り裂かれた式服を安全ピンで簡単に補修した日月がふりかえり言った。


「いつの間にか陽翔君に取り付いてこの結界内に入り込んでいたみたいね。ところで陽翔君、阿弖流為は?」

「あ、はい。土蜘蛛と戦った時から阿弖流為とは強く意識がつながったので、なんとなく存在は感知できるようになったんですが、今はなんだかおとなしくしているみたいです」

「陽翔君は、その、さっきの記憶ってあるの?」

 なぜか恥ずかしそうに日月は上目遣いで陽翔を見ながら訪ねた。


「いえ、土蜘蛛の攻撃を受けて気を失ってしまったので、そのあと何が起こったのかは全くわからないんです。

 でも、阿弖流為の記憶とつながっていたので、母禮さんが阿弖流為の誤解を解いてくれたというのは理解しました。蝦夷の巫女、母禮さんが日月先輩の守護霊だったんですね」


「そうみたいね、阿弖流為と違って母禮には自分の意識を伝える力はもうないから私にも彼女が今どう思っているのかはわからないけど、きっと満足しているんじゃないかと思うわ。ところで本当に土蜘蛛を倒した後のことも覚えていないのよね?」

 日月は念を押すように確認してくる。


「ええ、いったいなにかあったんですか?この頬の痛みが関係しているんですか?」

 まだじんじんするほほを押さえて陽翔がたずね返す。


「そ、そんなのすぐに治るわよ!それよりくねくねを引き受けてくれている加茂さんが心配よ。それにやけに濃い霊気が流れてきてる。もしかしたら龍脈が解放されてしまったのかもしれないわ」

 日月は慌てて話を逸らしつつも危険を感じているのも事実だった。

 もし本当に龍脈が解放されたのだとしたら、この周辺あたりは妖怪被害が多発しているはずだ。


「荒覇吐神様、私、いかなくちゃ」

「俺も行きます。……俺と阿弖流為で必ず荒覇吐神様の荒魂を止めて見せます」

「そうじゃの、どのような結果になるとしてもそれを決めるのは今の日本を生きるお前たちじゃ。すでにこの神域の結界は崩壊しておる。この道をまっすぐ行けば元の鳥居の場所にたどり着ける。そこをくぐれば現実世界へ戻れるはずじゃ。頼んだぞ日月、陽翔よ」


 二人は荒覇吐神に頭を下げると駆けだす。


「さて、美與利大明神よ」猫神の背からぴょんと飛び降りた荒覇吐神は猫神に向き合って言った。

「貴殿もあの二人を助けてくれないだろうか」


「にゃっ?」

 後ろ足で器用に立ち上がり体をびくりと震わせる。しかし上位神、しかも原始から生きる日本の古代神に直接頼まれたとあっては断ることなどできなかった。


「ま、任せてほしいにゃ」

 ややひきつった表情を浮かべながらも猫神は了承し、すぐさま日月たちの後を追った。


「頼んだぞ、新時代の神と蝦夷の子供たちよ」

 二人と一神を見送った荒覇吐神は、自らもどこかへ向かって社を後にした。


神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~


ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!


少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!

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