第四十二話:阿弖流為と母禮
「ふ、ふはははは!」
土蜘蛛を切り伏せた陽翔の中の阿弖流為は、元のサイズに戻った蕨手刀を天に掲げ、おおきな高笑いをあげた。
朱雀の力で傷はすっかり癒えている。さらに周囲を取り巻く霊気から力を得たことで、今までになく生気がみなぎる。今ならどんな敵にも負ける気がしなかった。
「これだけの力があれば、敵対するものをすべて屠ることができる。荒覇吐神様の荒魂をよみがえらせ、再び蝦夷の栄華を……」
「ちょっと待ちなさい!阿弖流為、あなたに話があるわ!」
阿弖流為が振り返ると、そこには土蜘蛛に切りつけられた式服を抑えたままこちらをにらむ日月の姿。そしてその周囲には彼女を守る四体の式神の丸っこい姿がある。
「なんだ娘、傷を癒してくれてたことは礼を言うが、我の邪魔をするというなら容赦はしないぞ。貴様には猫の島での借りもあるしな、今度こそ力の違いを分からせてやろうか?」
体に湧き上がる強力な力を得て気を大きくした阿弖流為は、蕨手刀の切っ先を日月に向け豪快に笑いながら言った。
「阿弖流為。あなたに話をしたいという人がいるの、少しの間私と意識をつないでくれないかしら」
日月の中の母禮はあくまで守護霊だ。いまだに小説や歴史を語る中で蝦夷の英雄として語られる阿弖流為と違い、ともに京都に上がったとされる母禮の存在は、現代の人々の意識に上ることはほとんどない。日月も自身の中の存在と接触を果たしたことで、はじめて清水寺の石碑にその名が刻まれていたことを思い出したくらいだ。
力ない魂の陰でしかない母禮が阿弖流為に接触するには、陽翔の意識と日月の意識が深くつながる必要がある。
以前のように拘束して無理やり接触を試みても、意識を拒絶されてしまうだろう。
それ以前に今の阿弖流為は龍脈からの霊気を吸収し、以前とは比べようもないほどの力を得ている。田代島と同じ手が通用するとは思えなかった。
何とか、阿弖流為自身に協力して意識を開いてもらう必要がある。
「少しでいいの、私を信じてあなたの意識につながらせて」
「信じる?」阿弖流為の表情が変わる。「それは我が最も嫌いな言葉じゃ。幾度も貴様ら大和の民に騙され、裏切られた。今は荒覇吐神様も認めてくれた。我は我の道を行くだけだ」
自分の都合のいいように荒覇吐の言葉を曲解した阿弖流為の意思はみじんも揺らがない。
「もう、こんな1300年も凝り固まった頑固な男をどうやって説得しろって言うのよ」
日月は魂の中の母禮に悪態をつくが、彼女は答えない。意識を持つはずのない守護霊が外部のものに言葉を伝えるなど、本来ありえない。この大量の霊気と荒覇吐神から流れ込んだ神気がわずかな時間、奇跡を起こしているに過ぎないのだ。残された力はすべて、阿弖流為へ伝えなければならない言葉に込めるため彼女は沈黙を貫く。
日月の周囲では四体の式神が威嚇の咆哮をあげるが、阿弖流為には小鳥のさえずりほどにも響かない。
それどころか、阿弖流為は日月の後ろで横たわり動かない荒覇吐神と、それをなめる猫神の姿を見て憤怒した。
「そこの獣が!我らの神に何をしている!」
阿弖流為の視線は日月から周囲の霊気を吸収し一回り体を大きくしたハチワレ柄の猫神に向いた。
龍脈からの霊気を吸収し、猫神は神としての力を少しだけ回復していた。その力は姿にも表れ、今の猫神は子犬ほどの大きさまで巨大化していた。
力を得た猫神は、消滅しかけている荒覇吐神を体で包み下でなめて回復を進めていた。
古代の神の体をなめるなど、不敬極まりない行為ではあったが、このままだと消滅しかねない荒覇吐神の存在を維持するには最も効率的に回復を進める必要があった。それが猫神にとって『なめる』という行為であっただけのことだ。
しかし、状況を知らない阿弖流為から見れば、荒覇吐神を抑え込んでその力を吸収しようとしていると見えても仕方のないものだった。
日月に霊気のほとんどを与えた荒覇吐神の姿は今にも消えるように透き通っていた。
瞬時に蕨手刀を弓にかえた阿弖流為はすぐさま光の矢を放つ。
「にゃ、にゃー!」
田代島でポンタをしばりつけた光の矢が自分を狙っているとわかった猫神は前足で自分の頭を抱えて震える。
しかし、飛んできた矢は瞬時に反応した白虎の爪によって引き裂かれ霧散する。
「し、シロさん」
「ブニャー」
震える猫神を守るように白虎が前に立った。
「荒覇吐神様を離さんか!」
再び右手に蕨手刀を表わした阿弖流為が日月に切りかかる。青龍と朱雀がすぐさま反撃に出るが二匹の火球と水球は蕨手刀によって切り捨てられる。
目前に迫る阿弖流為と日月の間に光の障壁が構築される。玄武の結界だ。
大きく振りかぶった阿弖流為の蕨手刀が振り下ろされる。
「ム、ムキュー」
それだけで玄武の結界に亀裂が走る。はじき返された刀身の勢いを無理に抑え込むのではなく、舞うように回転の力に変る。つま先を軸に一回転すると遠心力の加わった一撃が今度は横に薙ぐ。玄武の結界はもろくも崩れ去った。
その隙に玲愛に渡された、折りたたみ式の錫杖を伸ばし構えていた日月が結界を破壊してなお、勢いの衰えない阿弖流為の攻撃を受け止める。
ガキンと言う金属の打ち合う音が響いた。
「ほう、娘よ。よく我の一撃を受け止めた」
楽しそうに阿弖流為が笑いかけるが、日月にそんな余裕はない。錫杖を握る腕は一度攻撃を受け止めただけでしびれて動かない。今も錫杖を落さないように握るだけで精いっぱいだ。
阿弖流為がにやりと笑う。次の攻撃は受け止めきれない。
戦闘に集中した日月は忘れていた。
先ほど土蜘蛛に切りつけられた日月の怪我は、荒覇吐神によって治療されて跡も残っていなかったが、日月のまとう服は切り裂かれたままだ。
戦闘が始まるまでははだけないよう押えていたが、今はそれどころではない。阿弖流為の攻撃を受けるため錫杖を握った日月の両手はふさがっていた。
阿弖流為の力押しに日月は体勢を崩す。かろうじて隠れていた式服の胸元がはらりと広がる。肩口から腹部まで斜めに切りつけられていた式服は重力に従い開き、その下に隠されていた白くやわらかなふくらみをあらわにした。
「え?」
「あ?」
向かい合った二人の声が重なる。
阿弖流為の視線が思わず胸元に吸い寄せられる。
日月も自分の胸にそそがれる視線を理解する。
奇しくも二人の視線が同じ場所でぶつかった。
しかし、現状を理解したのはわずかに日月の方が早かった。
「い、いやー!」
「ち、違う!そのようなつもりでは……」
パシーン!
言い訳を述べ切る前に日月の平手が阿弖流為の右ほほをたたいた。
この瞬間を待っていた母禮は、日月の手のひらを通じ直接、阿弖流為の中に入り込んだ。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




