第四十一話:守護霊
龍脈からあふれ出た霊気は、土蜘蛛に力を与えた一方で、同様に日月の治療をする荒覇吐神にも影響を与えていた。
尽きかけていた霊気を、これ幸いと周囲から吸収する。
「これは……龍脈が解放されてしまったのか」
荒覇吐神は徐々に空間を満たしていく力ある波を感じていた。
目の前の土蜘蛛が力を回復したのも、この影響だろう。本来なら由々しき事態じゃが、今は好機であったと考えておこう。
かつての力を取り戻すには程遠いが、今ならこの娘の傷を癒し、失われた魂の力を補充する程度ならこの身に宿るすべての力を与えることで何とかなるだろう。
荒魂と別れたあの時、荒覇吐神の和魂は半身である荒魂とともに、多くの蝦夷の民が蹂躙されていく姿を見ていることしかできなかった。
それでも、我を神とあがめる民たち、この地に祀ってくれた蝦夷の末裔、皆がつないできてくれた思いは今この娘を救うためだったのかもしれない。
荒覇吐神の体が淡く光る。
慈愛に満ちた暖かな光。深紅の蛇の体を横たわる日月の体に絡ませる。
光は広がり、日月の体全体を包み込んでいった。
日月の出血はとまり、顔にも生気が戻ってくる。
「もう大丈夫じゃ、我の力すべてを持ってお前のことを助けよう」
荒覇吐神はさらに送り込む霊気の出力を上げる。自らの存在を代償に命を与え続ける、その姿が半透明になってもなおその力は緩められることはなかった。
しかし、突然、日月の方が荒覇吐神からの霊気の流入を拒絶した。
回復は進んでいるが、まだ全開とまではいかない。まだ意識も戻っていないというのになぜ……
荒覇吐神がもう一度注入を再開しようとすると、日月の体から煙のように一人の巫女服姿の女性が浮かび上がる。
『それ以上はもうおやめください、荒覇吐神様。あなた様が消滅してしまいます』
巫女服姿の女性が荒覇吐神に訴える。
その存在は日月ではない。彼女の意識はまだ眠ったままだ。
荒覇吐神はその姿に見覚えがあった。間違えるはずもない。それは蝦夷の巫女装束。
「おぬしが……、この娘を、守護していたんじゃな、母禮よ……」
巫女服の女性――1300年前かつて荒覇吐神に仕えていた蝦夷の巫女、母禮はゆっくりとうなずいた。
『彼女と阿弖流為のことは私にお任せください』
その言葉を聞いた荒覇吐神は安堵の表情を浮かべ意識を失った。
*
温かい……
日月は薄れゆく意識の中で、母に抱かれた記憶を思い出していた。幼くして別れた日月は、母の顏を思い出すことはできなかったが、自分を包み込む温かい腕の感覚だけは確かに記憶に刻み込まれていた。
尽きようとしていた日月の命の雫が、誰かの魂によって補充されていく。
日月は自分ではない、別の存在を感じていた。
一つは外から暖かく包み込む慈愛に満ちた意識。
そしてもう一つ、自分の内なる魂の中に、悲哀と願いを抱えた存在があることを感じ取っていた。
『日月、目覚めなさい』
声が聞こえる。小鳥がさえずるような落ち着きのある優しい声。
『日月、あなたにはまだやらなくてはならないことがあるのです。気をしっかり持ちなさい』
再び声が叱咤する。先ほどより少し強く日月を諭す。
しかし日月は、まだこのまどろみの中で、もう少しだけ幸せに浸っていたかった。
『日月、起きなさい……、起きなさいって……、おい、いい加減に起きろって言ってるだろが!いつまで寝てるんだ、コラー!!』
優しかった声に、少しずつ怒りが混じり始める。そして、我慢の限界を迎えた声の主は、日月の体を投げ飛ばした。
「え?え?ええ~?」
投げ飛ばされた日月は、ぽふんと柔らかい雲のような地面にしりもちをつく。
慌てて周囲を見渡すが、そこは一面真っ白でふわふわとした雲に覆われたような世界だった。
「ここはどこ?」
きょろきょろと周囲を見回す。私は確か荒覇吐神様をかばって大きな蜘蛛に切りつけられて……
「私、死んじゃったの……」
急に恐怖が広がる。目の前で自分の両手を広げてみた。それは半透明に透き通っていた。
『やっと起きましたね、日月、あなたには大切な使命があります』
呆然とする日月の背後から声がかけられる。
振り返ると、そこには阿弖流為と同じように全身に青白い刺青を入れた女性が立っていた。
しりもちをついたまま呆けた日月に優しく手を伸ばす。
促されるまま、日月はその手を取って立ち上がった。
目の前に立つ女性の髪は結い上げられ、頭には金色の髪飾りが飾られている。耳には大きい丸いリングのような装飾が輝き、白い麻の衣に赤く染め上げられた帯で腰を巻いていた。
何より目を引いたのは顔に入れられた特徴的な刺青。それは陽翔の中の阿弖流為が覚醒した時のそれによく似ていた。
「あなたは、誰……、それにここはどこなの?私はどうしちゃったの」
確かあの時、蜘蛛の爪で切りつけられたはずだった。ふと思い出し自分の体を確認する。しかし、体にも今自分が身に着けている式服にも全く傷はなかった。
『ここはあなたの精神世界。いわば魂の中。私はあなたの意識に直接話しかけているのです』
落ち着いた声色で目の前の女性が語る。
『私はあなたの魂を守護する存在。あなたの内に宿る陰の魂です』
「守護霊ってこと?」
ようやく状況をつかんできた日月が尋ねる。
『そうです。私は蝦夷の時代、荒覇吐神様に仕えた巫女、母禮と言います。あなたは今から私の言うことを――』
胸の前で手をくみ静かに言葉を紡ぐ途中で日月が叫ぶ。
「なら私はまだ死んでないのね!まだ戦える。こんなことしている場合じゃないのよ、陽翔君と荒覇吐神様を守らなきゃ!」
『ですから、その前に、私の話しを聞いて――』
「どうやったら現実の世界に戻れるかしら」
母禮の話など耳に入らないように、日月はきょろきょろと周囲を見回す。
『あなたにはまず聞いてほしいことが――』
「ねえ、状況は?どうやったら戻れるの?」
母禮の刺青の走るこめかみにぴくぴくと血管が浮かぶ。
『落ち着いて私の話しを――』
「ゲンちゃんならこの結界破れるかしら?あれ?式神たち反応しない?」
自らの髪飾りに封印された式神を確認する日月に対して、母禮が切れた。
『あなたねえ!こっちがおとなしくしてればなんなのよその態度は!まずは人の話を聞きなさい!』
突然の豹変ぶりに日月はびくりと肩を震わせ黙る。
『コホン、あなたには聞いてもらいたい話があります』
「でも私、早くみんなを助けに行かなきゃ……」
キッと母禮が日月をにらむ。
口を閉じておとなしくなった日月を見てため息をつくと、母禮は続けた。
『大丈夫です。私の願いもあなたと同じ。彼らを救うことにつながります』
日月の瞳を真剣に見つめ母禮は自らの願いを伝える。『あなたには私の願いを阿弖流為まで届けてほしいのです』
「そんなの、自分で言えばいいじゃない……」
小声でぶつぶつとつぶやく日月に母禮は目を細める。険悪な雰囲気を感じ取り日月は口を閉じた。
それを見て母禮は続ける。
『傷ついたあなたの体を荒覇吐神様が救ってくれました。本来なら陽なる魂であるあなたに干渉することはかなわなかったのですが、荒覇吐神様の力を一部受け取ったことで何とかあなたの意識につながることはできました。しかし今の私の力では阿弖流為を止めることはできないのです』
「阿弖流為のことを知っているの?」
『はい、阿弖流為が現代の世を恨む原因の一端はこの私にあるのです』
母禮は悲しげな表情を浮かべ、うつむき沈黙する。
『まず知ってください。そして阿弖流為様に真実を伝える手伝いをしてほしいのです。あの日、本当は何が起きていたのかということを……』
そういえば、
日月は生まれ育った京都の清水寺で見た石碑の記憶を思い出す。
蝦夷の碑に阿弖流為とその隣に刻まれた者の名前、それが母禮であった。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




