第三十八話:夜刀神
「なんちゅうもん隠してるんや」
玲愛はアクリルケースに手を突いたままガクリと首を垂れる。
「なんですかこれ、なんかヤバイ妖怪なんですか?」
「夜刀神いうんは、常陸国風土記にも出てくる古い神や。谷や原野に棲む、角の生えた蛇の神。姿を見た者は一族ごと滅ぶ、とまで言われとる。それが荒覇吐神の眷属だったなんてな」
存在を隠された荒覇吐神の眷属の一部が封印からのがれ、たどり着いた常陸の国で災いをもたらしていたのだろう。
そんな危険な存在がこの巻物には何体も封印されている。
麗子にもわかりやすいようにメモ書きに書かれていた内容を要約して話す。
「要するに、『荒覇吐神に関する巻物と表記されていたから、調べていたんだけど、封印解いたら暴れて手におえなくなっちゃった。霊剣で抑え込んだけど、これ以上は無理。絶対抜くなよ』っちゅうことや」
メモに書かれた日付は1999年とある。ちょうど東北歴史博物館新館が開業した年だ。もしかしたら移転した理由はこの呪物のせいだったのかもしれない。
玲愛の話に麗子は恐怖ともあきれともつかない顔をする。無責任にも思えるが、それがその時できる最善の策だったのだろう。
「その、アラハバキノカミってなんなんですか?」
聞き覚えの無い神の名を玲愛に尋ねる。
「平安時代以前、今の朝廷がこの地を支配する前にこの地に住んどった蝦夷が信仰していた神様や。実は今、何者かがその封印を破って復活させようとしてるみたいでな。もしそんなことにでもなったら、この巻物ん中の蛇さんたちも一緒になって、ぎょうさん復活する危険があるってこっちゃ」
今も書の中でうねうねとうごめく夜刀神を横目に玲愛が言った。
「そんな、すぐにそんな巻物処分してしまいましょうよ」
麗子の言うのももっともだ、荒覇吐神復活の危険が迫っているなかこのまま放置しておくのはあまりにも危険だ。しかし、そう簡単にはいかない。
「そうしたいのはやまやまなんやけどな、さすがにここまでの呪物、うち一人の手には負えへんねん」
今回の件を聞いて玲愛なりに装備はそろえてきたつもりだ。普段ならかさばって取り扱いにくい退魔の槌まで持ち出してきたくらいだ。玲愛ひとりでも夜刀神1匹ぐらいなら何とか抑えることはできる。
しかし、この巻物に封じられている夜刀神は、確認できるだけでも5体以上。しかも巻物はまだすべて広げられているわけではない。もしすべてが解放されたら、明らかに手に余る。
玲愛はこれだけの大きな施設を何年も結界で囲ったまま放置していた理由が分かった気がした。すべてはこの強大すぎる力を抑え込むために、建物そのものが巨大な封印石として利用されていたのだ。
「せめて龍脈を封印する要石の代わりになる媒体でも見つけられればと思ったんやけど、ここにあるのはこの巻物だけみたいやな」
完全な空振りだ。
先ほど空を舞った黄金の龍の姿を思い出す。もしあれが鹽竈神社の龍脈を開放するために向かっていたのだとしたら……
そう思ったとき、懐中電灯代わりに利用していたスマホがけたたましい緊急のアラーム音を鳴らした。
慌てて画面を確認した玲愛は顔を引きつらせる。
それは、陰陽寮が日本全国の霊圧を監視し、異常があった場合すぐに陰陽師に注意を促す『緊急霊圧変化速報』だった。情報によると宮城県塩釜地域で通常ではありえない霊気の発動を観測したとのアラート表示が画面いっぱいに表示されていた。
それによって考えられる事態は、ただ一つ……
「いったいどうしたんですか?」
急な警告音に驚いた麗子が尋ねる。
玲愛の不安は的中してしまった。
「ヤバイわ……、龍脈の封印が破られた」
*
霊気には粘性がある。濃度の薄いさらりとした霊気が先にあふれ出し、広範囲に広がる。
続いて次第に濃度の濃い本格的な波が遅れて流れ出してくるのだ。
濃度の濃い霊気の本流が流れる前に原因である龍脈の穴を再封印できればいいが、封印に使用できる要石がないのではそれも難しい。
「いったんここを離れるで!」
玲愛は気休めばかりの結界の札をアクリルケースに追加で施し、夜刀神の復活を多少でもおさえると麗子を連れて大ホールを離れた。
暗く細い廊下を走っていると、麗子が言った。
「い、今なんか力の波が通り過ぎました。もしかして今のが?」
霊感を持たない玲愛には感じることができなかったが、霊視メガネは霊気の異常な高波をアラート表示で知らせていた。間違いない。龍脈からあふれ出た霊気の第一波だ。
まだ薄い濃度の霊気は、弱った妖怪を活性化させる程度の力しかない。感覚の鋭い人間でもほとんど気づかないだろう。しかし早くも霊気の波がここまで広がっているということは、さらに濃度の濃い霊気の波がやってくるのは間違いないことだ。
「間違いないな、龍脈からあふれた霊気や」
龍脈は破られ、封印する術は見つからず、事態は最悪の方向に動き出してしまった。
「荒覇吐神に会いに行った日月たちは大丈夫やろか」
旧館の外に止められたRX8の元まで戻った玲愛は、お互いの状況確認のため、荒覇吐神社に向かった日月へ電話をかける。
しかし、いくら呼び出し音が鳴っても、日月は電話に出ない。
「やっぱり加茂誓詞となんか行かせるんやなかったわ!」
電話を切って陽翔や、仕方なく誓詞にも電話をかけるが、そのだれもが電話に出ることはなかった。
「なんで誰も出えへんのや!」
玲愛は焦りの表情を浮かべ再び日月に電話をかけるが、変わらずむなしいコール音だけが響くだけだった。
「日月さんたちに何かあったんですか?」
玲愛の様子に異常を感じ取った麗子が尋ねる。
「実は今、日月たちはさっきの夜刀神の親玉、荒覇吐神へ会いに行ってるんやけどな。連絡がつかんのや……」
玲愛の返答を聞いて麗子も不安そうに顔を曇らせる。
「日月ぃ。無事でいてや……」
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




