第三十七話:東北歴史博物館 旧館
「つきました」
激しい砂煙をあげ、RX8は大きな木々に隠れるようにそびえるコンクリート建物の前で止まった。
移動距離としてはそれほど遠くなかったが、玲愛の体感では永遠に続くジェットコースターに乗せられている気分だった。
「ね、姉さん、あんさん運転すると人が変わるって言われへんか?」
斜めになった霊視メガネを直しながら、ふらふらと車を降りる。
「すいません。私、人を乗せて運転するの初めてなので……」
「金輪際、一般人を乗せて運転したらあかんで……」
人が変わる、どころか人化の術が解けて妖怪の姿をさらして暴走していた。今後、麗子が人の世界で生活するのを望むなら、注意しておかなくてはならない。
胃から何かが逆流するのを必死で押さえながら玲愛が言った。
「ほんで、ここがその旧館なんやな」
深呼吸をして体を落ち着けると、目の前にそびえる巨大なコンクリートの塊を見つめる。
かつては白く塗られていたであろう外壁はひび割れ、今にも崩れ落ちそうだ。
周囲には草が繁茂し長年人の出入りがないことをうかがわせる。
霊視レンズを通してよく見ると、建物を囲うように結界を構成する杭のようなものが撃ち込まれている。
「なんかお化けでも出そうですね」
胸の前で手を組み体を震わせる麗子が周囲を見回す。車の中での狂暴ぶりはすっかり影を潜めており、同一人物とは信じられない。
呆れた顔で麗子を見てため息をつく。
「本物の妖怪が何言うてんねん」
玲愛は建物の隅に打ち付けられた杭のようなものを観察する。
1メートルほどのそれは、くすんだ金属色をしており、おそらくは真鍮製だと思われた。杭の上部にはつぼ型の装飾が施される本格的な作りだ。そうとう力のある結界師が封じたのだろうと思われる。
かなり強力な結界で守られているようで、周囲からは完全に隠されていた。存在を知っているものでも近づきたくなくなる。強力な人払いの結界で守られているようだ。
「結界に使われているのは四橛やな。これはうちらとは違う密教系の脩法の技術や」
陰陽寮で一般に用いられているのはしめ縄と紙垂を合わせた結界が主流だ。
密教系の術師もいるが、数はそれほど多くない。
「なんでも、結界が得意なフリーの陰陽師にお願いしたとか言っていましたよ」
麗子が働き始めたときにはもうこの旧館は使われなくなっており、話は受付の先輩に世間話の中で聞いたのだという。
この際、封印の経緯はどうでもいい。
「ねえさん、ビンゴやで。この場所にはそれだけ強力に封印せんといかんような危険な呪物があるってこっちゃ」
玲愛はいそいそと鞄から退魔の搥を取り出す。
「ま、まさか、結界を破壊するんですか?!」
「当たり前やろ、破壊しなきゃ中に入れないやんか」
さも当然と言う顔で結界を構成する四橛の1本を、横殴りに打ち付けた。
玲愛の腕に衝撃が伝わり、建物全体が揺れた。
「どっせーい!」
抵抗を無視して玲愛は搥を振りきった。
パキーンという乾いたおとを残して、四橛はまっぷたつに折れる。守りの1本を失った結界は弾けるように霧散した。
結界内に閉じ込められていた大量の瘴気があふれでる。
瘴気が発する生ごみのような嫌な臭いに玲愛と麗子は眉をしかめる。
「なんれすかぁ、このにおい……」
鼻をつまんだ麗子が眉をしかめる。
「長期間瘴気を抑え込んだせいやな。それだけのモノがここにはあるちゅうこっちゃ」
退魔の搥を構えて玲愛は建物の入り口へすすむ。鼻をつまんだまま仕方なく麗子もつづいた。
旧館の鍵は、麗子が研究目的の名目で借りてきていた。玲愛に促され仕方なく麗子は鍵を解錠する。
ガシャリと、重厚な音を立てて長年の封印が解かれる。
入り口を入るとそこはかつて博物館の入場口とされていたホールだった。
今は受付だったと思われるテーブル以外、今は何もない広い空間が広がっている。
吹き抜けの壁の上部には光取りの窓が添えつけてあるが、今は高くそびえる木々の梢に遮られ光はほとんど入らない。
もちろん電気など来てはいない。
玲愛は懐から自分のスマホを取り出しライトをつけた。
光の届く範囲だけが色を帯びて怪しく浮かび上がる。スマホでぐるりと周囲を照らすがめぼしいものはみあたらない。
二人が進むたび、足元にたまったほこりが舞い上がり、ライトの光の中で細かく輝く。
「しまったなぁ、懐中電灯でも用意しとくんやったわ」
窓のない建物の奥は、光が全く入らない。取り出したスマホのライトの光と、霊視メガネの補助で何とか周囲を確認はできるものの、あまりも心もとない。
「私は夜目が効きますから、案内します。何を探せばいいんですか?」
瘴気の漂うこの空気にやっと慣れた麗子が、落ち着いた声で言った。
麗子が一歩前に出る。
口元を手のひらで軽く覆うと、薄暗い空間の中で麗子の口元が左右に広がっていく。
耳まで裂けた口が開くと同時に目の色が深い紅にきらめいた。
妖怪としての力を解放した麗子の姿をライトで照らした玲愛が呆けた顔で感想をもらす。
「はえー、妖怪の姿になっても姉さんべっぴんさんやなぁ」
車の運転中にも妖怪の姿は見ていたが、あの時は悠長に観察している余裕はなかった。玲愛が正体を現した麗子の姿をまじまじと見つめる。
「そ、そんなに見ないでください!」
顔を覆って恥ずかしがる麗子。美人と言われて恥ずかしがる口裂け女というのも珍しい。
そんな麗子に笑顔を向けて玲愛はホールから奥へ続く廊下の先を指さした。
「助かるわ。まずはこの瘴気の根源。いっちゃん霊気の高い方へ向かおうか」
*
二人は霊気の流れを頼りに建物の奥へ進んでいった。
おそらく個別の展示室だっただろう部屋の多くは、本や文献が収められた段ボールで埋め尽くされていた。
遺物と言うよりも、研究をまとめたレポートが大半を占めている。
「中には何かヒントがあるかもしれへんけど、この暗い中で文献をあさるのは難儀やな」
積み上げられた段ボールの数は膨大だ。ひとつずつ精査している時間はない。
「このあたりのレポートは江戸後期の比較的新しい研究みたいですね。それに箱にはデジタルアーカイブ済みって書かれています。たぶん博物館のデータベースにアクセスすれば検索もできますよ」
段ボールの横に張られた内容を記述した用紙を確認して麗子は言った。
「なんや、そないな便利なもんあったんか。しまったなぁ先にそっち調べればよかったわ」
よく考えれば、こんなところに放置されているのだ。重要な情報はすでに保護されていると考えるのが普通だ。
「しゃーない。研究関連のデータベースは後で確認させてもらうとして、まずはこの霊気の源を調べとこうか」
封印の要石の代わりになる遺物であれば助かる。
もし邪悪な妖怪が封じられた呪物であったとしても、このまま放置しては危険だ。復活できないように完全に破壊するか、さらに強力な封印で復活を阻止しなくてはいけない。
二人は細かい部屋の調査は無視して、建物の一番奥、もっとも霊気の強い大ホールを目指した。
たどり着いた広いホールには、大きなアクリルガラスで囲われた横に長い展示台が備え付けられていた。霊視メガネで確認するとこの高い霊圧はその展示台から流れている。
「巻物?ですかね」
部屋の入り口からケースに格納された展示物を確認した麗子がつぶやく。
そこに置かれていたのは全長5mはあろうかという巻物に描かれた墨絵だった。異様なのはその開かれた巻物に何か所も日本刀が突き刺さっていることだ。その数10本以上。
何もない空間に、その刀が突き立てられた巻物を収めたアクリルケースだけが鎮座している。
「封印の書やな。妖怪や邪霊を書の中に封じ込めるための呪術的な技法や」
玲愛が近づきアクリルガラスに手をついて巻物に描かれた墨絵を見る。
そこの巻物には、人間を襲う蛇のような妖が何匹も描かれていた。ただの蛇ではない。頭頂部からは長く突き出る角が描かれている。
描かれた角のある蛇の頭と尾を押さえつけるかのように墨絵に日本刀が突き立てられている。
「なんで刀が……」
麗子も恐る恐る覗き込むと「ひぃっ」と声を上げて身をのけぞらせる。巻物に描かれ、現実の刀で打ち付けられた墨絵の蛇は書の中でうごめいていた。
刀で押さえつけられていることで自由の利かない頭と尾を支点に、まるで心電図の波形のように1mはあるであろう描かれた胴体が絵の中で波打っていた。
巻物の中で何匹もの角のある蛇が所狭しとうごめく姿は釣りえさの生餌として使われるミミズのようでもあった。
「なんなんですかぁ、これ」
麗子が顔をあげると玲愛はアクリルケースの端に張られた古いメモ紙を読んでいた。
慌てて麗子も駆け寄る。
「何が書いてあるんですか?」
専門的な内容で書かれたメモは麗子にはよくわからない。しかしその書にくぎ付けになる玲愛の表情から重要な内容であることは感じられた。
「うそやろ……」
玲愛の顔色が変わった。
「どうしたんですか?これって探してたものじゃないんですか?」
「まあ、間違っちゃいないがそれどころじゃあらへん。この蛇、ただの妖怪じゃあらへん」
こんなメモだけを残し、後の処理を時代に丸投げした先人に怒りがこみあげてくる。
「これは夜刀神や」
「ヤトノカミ?」
「荒覇吐神の眷属と書かれとる。蝦夷討伐の際、朝廷軍を半壊させたと伝わるヤバイ化け物やで」
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




