第二話:安倍日月の勧誘
頭に白い猫を載せた美少女が、陽翔のことをじっと睨むように見つめている。
彼女は眉を寄せ、まるで謎を解くようにじっくりと見入る。
「ねえ、あなたなんで霊気が抑えられてるの?」
無遠慮に陽翔の体を上から下までなめるように眺めていた彼女がいきなり声をあげる。
「あ!」
そう言うと素早く陽翔の胸ポケットから何かを抜き取った。それは昨日謎の刑事から受け取ったお札だった。
「ちょっと、何するんですか」
取り返そうとする陽翔を制して、彼女はそのお札をまじまじと眺めている。
「これは霊圧封じの札じゃない、加茂さんの仕業ね。あのまま暴れさせとけば、いいネタでバズにつながったかもしれないのに……」
加茂さんというのは、あの生活安全課の刑事、加茂誓詞のことだろうか。
陽翔が疑問を感じていると、少女は抜き取ったお札をその場で破り捨てた。
「ああ、何するんですか」
信じていたわけではないが、あれを受け取ってから妖怪に襲われなかったことは事実だ。
一種のお守りのように感じていたものをいきなり破り捨てられて怒らないという方がおかしい。
しかし、そんな陽翔の抗議を無視して目の前の少女は続ける。
「せっかく大物を退治する陰陽師女子高生としてデビューするチャンスだったのに、加茂さんのせいで台無しじゃない……」
口元にこぶしを当て、一人ぶつぶつと何かつぶやいている。
「あ、あの、いったい何なんですか?昨日助けていただいたのはありがたいと思ってますけど、いきなり人のものやぶくのはどうかと思いますよ」
イライラした口調で陽翔が抗議する。
その様子を、不思議そうな顔で少女は眺めている。
「驚いた、ずいぶん人間みたいね」
腕を組んで陽翔をしげしげと眺める。
この人は何を言っているんだろうか?
「あの、人間みたい、じゃなくて正真正銘の人間なんですけど」
「そうね、今は」
「今は?」
少女は答えない。
代わりに、ふいに陽翔の右腕をつかんで袖をまくった。
「ちょ、何するんですか!」
当然何も出ない。普通の腕だ。
それを確認すると、ふむ、と一人納得したように頷く。
「封印されてるのかしら。それとも隠れてる?見た目ではわからないわね」
「何が封印されてるっていうんですか」
「あなたの中にいる”何か”よ」
陽翔の顔から血の気が引く。
昨日、体の奥から何かが湧き上がってきた感覚。
意識が乗っ取られていくような感覚を感じたのは確かだ。本当にこの少女の言うように自分は何かにとりつかれているというのだろうか?
「……それって、危ないやつですか」
「さあ」少女が肩をすくめる。「でも安全とはいいがたいわね。面白いわ」
面白い?危ないかもしれないと言われたのに何がおもしろいのか。
「ねえ、私に調べさせてくれない?あなたのこと」
「え」
「うちの部に来てくれれば、あなたに何がとりついているか調べてあげる」
陽翔を見つめて少女が提案する。「今度こそ、華麗なる私の退魔シーンを動画で取れば万バズは間違いないしね」
「え?何か言いましたか」
「な、何でもないわよ」
ひらひらと手を振って何かをごまかす。はっきり言って怪しいことこの上ないが、彼女が何かを知っているのは確かなようだ。少し話を聞いてみることにする。
「部って学校の部活動ですか?」
「そうよ、私、この学校の超常現象研究部の部長をやってるの」
えへんと胸を張るように答える。
もし本当に危険な悪霊にでも憑りつかれているのなら、もっと本格的な神社などでお祓いをお願いした方がいいんじゃないだろうか。不安は膨らむばかりだ。
「でも、そんな危険なものに憑りつかれているなら、きちんとしたところへお祓いに行きますよ」
少なくとも、頭に猫を乗せた謎の女子高生にお願いしたりはしない。
「高いわよ……」
ぼそりと彼女がつぶやく。
「え?何がですか?」
「もちろんお祓い料よ。私の見立てでは、そこらの神社の神主が祓えるような代物じゃないわ。となると、力のある霊媒師や除霊師にお願いすることになると思うけど、そうなれば費用は安く見積もっても数十万円ってとこかしらね。それに、こういった霊感商法って詐欺が多いのよ」
確かに、費用のことは考えていなかった。親に無理を言って高校から一人暮らしを始めた身の上としては、そんなお金を払う余裕はない。
「私が紹介してあげてもいいけどぉ、君、そんなお金ある?」
「ない……です」
「でしょうね」
なぜか満足そうな顔をしている。
まるで最初からそう答えるとわかっていたかのようだ。完全に足元を見られている。
「じゃあ決まりね」
「何がですか」
「うちの部に来なさい。タダで調べてあげる」
陽翔は返す言葉を失った。
話の流れがおかしい。いつの間にか選択肢が「高額のお祓い」か「超常現象研究部」の二択になっている。
どこで詰められたのか、振り返る余裕もなかった。
「あの、でも……」
「このままじゃまた昨日のような目にあうかもしれないわよ。それでもいいの?」
急に真面目な声になった。
「たぶん、妖怪はあなたの中にいるものに引き寄せられるの。あんなお札でいつまでも避けることはできないわ。私が調べて祓ってあげる」
真剣な表情だ。頭の上にネコさえ乗っていなければ、シリアスな展開なのだろう。しかし、どう見てもギャグにしか見えない。そういえば、このやり取りはクラスのみんなにはどう見えてるのだろうか。
陽翔が周囲を見回す。
「あ、あれ?」
クラスにはまだ多くの生徒が廊下の勧誘合戦から避難するためにとどまっている。しかしその誰もが陽翔と少女のことを見てはいないのだ。
「なんで……」
「ああ、私たちのことは姿隠しがかかっているから、周りからは見えていないわ。透明になっているわけじゃないから、正確には気にされなくなっているってところね」
あっけらかんと少女は言った。確かに頭に猫を載せた女子高生がいればさすがにもっと騒ぎになるだろう。
「あ、あなたはいったい何なんですか?」
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は超常現象研究部、部長。2年の安倍日月よ。そしてこっちは白虎のシロちゃん」そう言って頭の上の白い猫、いや白い虎を指さす。
「私、名字で呼ばれるのがあまり好きではないから、あなたには特別に日月先輩と呼ぶことを許可するわ。え~っと……」
自分もまだ名乗っていないことに気づき名を名乗る。
「照井、照井陽翔です」
「よろしく、陽翔君」
「にゃー」と日月と名乗った少女の頭の上からも声がする。
なんだか偉そうだ。それに、猫じゃなくて虎だったんだ。改めてじっくり見るがふてぶてしい顔をしたただの猫にしか見えない。
「ところで、あなたは何者なんですか?」
頭の猫、いや虎から視線を移して尋ねる。
次から次に起こる展開にすっかり忘れていたが、この少女は何者なのだろうか?ただの女子高生とは到底思えない。
「私?」
自分のことを指さして小首をかしげる。
「ふふふ、私はね、陰陽師なの」
「陰陽師?」
アニメや小説では聞いたことがある。妖怪退治をする呪術師のようなものだったはずだ。しかしこの現代に存在しているのだろうか?
「あ、その顔は信じてないでしょ」
頬を膨らませて怒りを表す。
でもそれも仕方がないだろう。ちょっと変わっているとは思うが、ただの女子高生が陰陽師だなんて、すぐには信じられない。
「ええ、だってこの現代に陰陽師だなんて、フィクションの中でしか聞いたことありませんよ」
「おかしなこと言うわね、君は昨日実際にカッパに襲われたでしょう?それに結構”視える”ほうでしょ」
日月に指摘されぎくりとする。確かに今までにも不思議な体験はいくつもしてきている。世の中には科学では証明できないような存在がいることを陽翔は知っていた。
「だったら、陰陽師がいても不思議なことじゃないわ。もっとも今は秘密裏に活動しているから一般人が陰陽師の存在を信じないのもしょうがないけどね」
日月と名乗った少女の言うことももっともだった。
妖怪がいるのだ。人間側にそれに対抗する存在があるのは当たり前かもしれない。でもまだ疑問は残る。
「そんな組織の人がなんでこんなところで部活動なんかやっているんですか?」
「う~ん、話すと長くなっちゃうのよね。そうだ!続きが聞きたかったら部活に入部するってのはどう?」
ナイスアイデアとでもいうように明るく提案する。
「そんなチャンネル登録を誘導するユーチューバーみたいなこと言わないでくださいよ」
「もう、まどろっこしいわね」
そう言うと日月は左のほほにかかる三つ編みから星形をした緑の髪飾りをはずして宙に投げる。
「鉄壁の守護者、玄武。顕現せよ」
髪飾りは弧を描いて床に落ちると緑の光が輝き中からサッカーボールほどの大きさをした亀があらわれる。どことなくユーモラスな表情をした亀の背中には鋭い牙をむき出しにした黒い蛇が巻き付いている。
いや違う。巻き付いているのではない。蛇の体は亀の甲羅の中から伸びている。
そうだ、彼女が呼び出すときに呼んでいた。京都の四方を守る聖獣の一体。亀に巻き付いた蛇の姿。玄武だ。ということは、あの頭の上の猫みたいな白虎も彼女が呼び出した聖獣なのだろうか。
「ゲンちゃん縛って」
驚いている陽翔を横に、日月は冷たく命令する。
シャーと玄武の蛇の顏が陽翔を威嚇する。いきなりのことに陽翔がしりもちをつく。
すかさず倒れた陽翔の手足を玄武が放った光の輪がしばりつけた。
「え?え?」
倒れたまま両手足を固定された陽翔は簀巻きにされたように床をのたうつ。
「ちょっと、あまり暴れるといくら結界を張っているといってもほかの人に気づかれちゃうじゃない」
そんなこと言われても、いきなりこんなことをされれば誰でも暴れるだろう。口元にも光の輪がさるぐつわのようにかまされているため声を出して助けを求めることもできない。
「じゃ、行きましょうか」
意味も分からず芋虫のようにもがく陽翔の体を玄武の蛇の頭が軽々と担いで甲羅の上にのせる。
「ここじゃゆっくり話せないから、部室でお話ししましょう」
にっこり笑って日月と名乗った少女は先導して教室を出た。
陽翔は玄武によって半分引きずられるように日月に続く。一人の生徒が拉致されたことに、教室の誰も気づくことはなかった。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
スタートします。
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
最後までお付き合いお願いします。




