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神鬼狂乱~女子高生陰陽師広報・安倍日月と荒覇吐の神~  作者: 杜宮みやび


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第三十五話:和魂と荒魂

 道は入り口の光が届かなくなるほど奥まで続いていた。これだけ豊かな緑があるというのに全く生き物の気配がない。

 苔むした岩の間を抜けるとひっそりとした開けた空間があらわれた。


 阿弖流為(あてるい)が足を止める。


 正面には子供の両手でも抱えられるほどの小さな(ほこら)がある。やや色あせた朱色の屋根は年月を重ねた深い茶色の柱に支えられ、足元には苔むした基礎石が敷き詰められていた。現代の社にあるような華美な装飾はなく、最低限雨風をしのげるだけの粗末な作りだった。


 あけ放たれた祠の中央に、円を描くように長い体を丸めた小さな蛇が鎌首を持ち上げこちらを見ている。


 全身真っ赤なその蛇は、訪れた客人に静かに語りかけた。


「よく来なさった、蝦夷(えみし)の末裔よ。我は荒覇吐(あらはばき)、蝦夷の森を守護するしがない蛇神だ」


 その言葉に陽翔の意思とは関係なく、体はその場に膝をついて頭を下げた。陽翔の中の阿弖流為が反応したのだ。


「よい、蝦夷の戦士の魂よ、その体はお前のものではない。私怨のために現世の民に迷惑をかけてはならぬ」

『はっ……』

 荒覇吐神の言葉を受け、阿弖流為がさらに深く頭を下げると、陽翔は再び自分の体が自由を取り戻したのを感じた。

 陽翔の体から青白い刺青が消えていくのを見て安堵した日月が祠でとぐろを巻く荒覇吐神に向き直る。

 

「娘、我に何か聞きたそうじゃの」

 赤い瞳が日月(ひづき)を見つめる。


 それにこたえるように、真剣な瞳で見つめ返した日月が口を開く。

「私は京都陰陽寮所属陰陽師、安倍日月と申します。荒覇吐神様にお尋ね申し上げます。あなたが私たちをここへ導いたのですか?」

 日月の質問に荒覇吐神はからだを揺らしながらゆっくりと答える。

 

「そうとも言えるし、そうでないともいえる。おぬしたちが言いたいのはあの白いくねくねした妖を使って、我がお前たちをここに誘導するように仕向けたのかと問いたいのだろう?」


「違うのですか?」

 

 日月は荒覇吐の言葉の真意を読み取ろうと、言葉を選んで尋ねる。


「そうじゃの、あの白い妖を操っているのは我ではない。むしろ、あれは我をこの地から引きずり出そうとしているのじゃ」

「くねくねは、荒覇吐神様の敵、ということでしょうか?」

「あれの正体は我にもわからぬ。あらわれるようになったのは何カ月も前の事じゃ。邪な意思を感じた我はこの地を現世界から切り離し結界の中に閉じこもったのじゃ」


 言葉をすべて素直に信じることはできない。

 しかし、日月も目の前に存在する蛇神が、はじめに抱いていた人間を恨む邪神のイメージと、あまりにもかけ離れていることに疑問を感じているようだった。

 

 荒覇吐神を前にして阿弖流為の意識はおとなしくなっている。今は陽翔が体の主導権を取り戻していた。

 

 陽翔も目の前で語る赤い蛇と阿弖流為の記憶で見た赤い大蛇が同じ『荒覇吐神』であるとは思えなかった。姿は同じ赤い蛇であり、力を失ったことで体のサイズも小さくなっているのかもしれないとも思う。しかし、あの戦場で見た荒々しさが、この祠の主からは感じられない。


「失礼かもしれませんが、本当にあなたは荒覇吐神なのでしょうか?私が見た荒覇吐神はもっと荒々しい気を放つ大蛇でした。あなたからはそれを全く感じません」


 陽翔は素直な意見を述べる。体の奥で阿弖流為が『貴様!無礼にもほどがある!』と怒るのを感じたが、荒覇吐神の手前、体を乗っ取るようなことはなかった。


「そうじゃの、荒々しい気性が神の本分だとすれば、ここにいる存在はその残りかすみたいなものじゃ」


 弱々しく呟き首を下げる。


 そのやり取りを見て何か考えていた日月が声をあげた。


「もしかして、あなた様は、荒覇吐神の和魂(にぎみたま)なのではないですか?」


 日月の答えに、赤い蛇は頭を下げて同意した。


「なんですか、その和魂って」陽翔は素直な疑問を口にした。


「神には二つの性質があるの。調和を尊び、柔和で徳を備えた『和魂(にぎみたま)』と、荒々しく時に災いをもたらす激しい一面『荒魂(あらみたま)』どの神もこの両面を持っているのだけれど、どちらかの力が大きくなりすぎると魂が分裂して、時に荒魂だけが暴走することがあるのよ」

 日月が簡潔に説明すると、荒覇吐神の和魂は語り始めた。


「その通りじゃ、大和朝廷によって守るべき民を虐殺された我の怒りは荒魂だけを暴走させ分裂した。怒りのままに暴れた我の荒魂は1300年前に大和朝廷軍によって滅ぼされ封印された。大和朝廷は歯向かうものには容赦しなかったが恭順の意を示したものには寛大だった。蝦夷という民族は滅ぼされたが、多くの残った者たちは大和の人々と交わり同化していった……」


 小さな頭をあげ遠い過去を振り返るように語る。


「荒魂を失った我には、ただ見ているしかできなかった。力なき神となったが、蝦夷の遺志を継ぐ者が現代まで社を守ってくれたおかげで、今もこうして細々と存在できている」

 荒覇吐神が一瞬、日月を見つめた気がした。しかし何も言わず、話を続ける。


「この地で何が起ころうとしているかは知っておる。龍脈の封印が破壊されようとしておるのだな」

 日月がうなずく。


「その力は我も感じた。おかげで我も小さいながらも、こうして実態を持つことができたのじゃ。それまで我はいつ消えてもおかしくない、意識だけのあやふやな存在じゃった。

 龍脈からの気によって現世に再び姿を持つことができたが、それは我が願ったことではない。1300年、我は十分に生きた。もう消えてもいい。そう、思うておったんじゃ……」

 寂しげな声で荒覇吐神はつぶやいた。

 

「龍脈をふさいだ要石を破壊した黄金の龍に心当たりはありませんか?その龍は田代島で自らを『荒覇吐神』と名乗り私たちを襲うように仕向けたのです」

 危険を承知でこの地まで来た一番の目的を陽翔がたずねる。

 これだけは聞かなくてはならない。真実を知るために加茂さんがくねくねを引き受けてくれたおかげで、ここまでたどり着けたのだ。

 

 体の中で何かを言いたげな阿弖流為の葛藤を感じる。しかし荒覇吐神の名を忠実に守り、今は静かに様子を見守っている。

 

「すまぬのう、あれの正体は我にもわからぬ。その龍が我と違うことは、そこの猫神が見ればわかることだろう」

 一同の視線が猫神に向かう。

 

「にゃ!た、確かに……、こちらの荒覇吐神さまと、あの時の黄金の龍は霊気の質が全く異なるにゃ」

 猫神ははっきりと言った。


「では、荒覇吐神様はその黄金の龍について、なにか心当たりはないのですか?」

 荒覇吐神の名をかたる偽物だとしても、その龍の正体を知るためのヒントくらいは手に入れたい。


「すまない。我もあれの正体は見当もつかん。じゃが、そやつが『荒覇吐神』を口にしたのなら、おそらく目的は、かつてこの一帯を破壊しつくした怒れる古代神。我の『荒魂』の復活」

 荒覇吐神が悲しげな瞳をするのが分かった。


「あれが蘇ったら、もはや我にも止める力はない。もはや我は信仰する民を失った力なき神なのだ」

 力なくうなだれる。


『荒覇吐神様、そんなことはありませぬ。荒魂様の怒りは正しい。大和朝廷の民など滅ぼしてしまえばいいのです。そして再び蝦夷の国をこの地に!』

 我慢しきれなくなった阿弖流為が陽翔の口を奪い訴える。それを優しい口調で諭すように荒覇吐神が答える。

 

「阿弖流為よ、お主の気持ちも、荒魂の思いも、我には痛いほどにわかる。しかし、おぬしらが眠りについていた1300年、時代は変わったのじゃ。蝦夷の民は滅びたのではない。大和の民と同化し、ともに今の日本という国を作り上げていったのじゃ」


『しかし、私はあの野蛮な大和の民を許すことはできない!我らから神を奪い、愛しい人の命をも奪った。あの男だけは、絶対に!』


 同じ魂の中で、陽翔は阿弖流為の怒りと悲しみを同じように感じていた。

 民を守れなかった後悔。信じた人間に裏切られた怒り。愛しい人を奪われた恨み。

 1300年が過ぎても晴れることの無い強い思いが阿弖流為を突き動かしている。

 

「今この時代にお前が蘇ったことにも意味があるのだろう。その答えを得たときお主が我の片割れを説得しておくれ。我を信じこの地を守るか、荒魂とともにこの地の民を亡ぼすか。阿弖流為とその器である少年、おぬしらに任せる」

 静かに目を閉じ荒覇吐神は話を終えた。


 その時を待っていたように、わずかに霊気が揺らめく。しかし、荒覇吐神の告白に気を取られていた日月たちがその変化に気づくことはなかった。 


「俺が、荒覇吐神の荒魂を説得する?……」

 急に与えられた大きな責任に陽翔は目を見開く。もちろん陽翔はこの地を亡ぼす破壊神になるつもりなど毛頭ない。しかし、陰なる魂の阿弖流為は違った。


『荒覇吐神様がお認めになった!今すぐにでも荒魂様をよみがえらせ、この地の民に天罰を下すのだ!』

「ま、まて、阿弖流為!話を聞いていたか?荒覇吐神様は『答えを探せ』とおっしゃられたんだ」

『うるさい!答えなど初めから決まっているだろう。荒覇吐神様を神としてこの地に蝦夷の国を復活させるんじゃ』

 体の中で二つの力が争いはじめ、陽翔は頭を抱えてうずくまった。

 

 その時、警戒心を孕んだ荒覇吐神様の声が響く。


「皆のもの、阿弖流為から離れよ!その少年の体に何か憑いておる」


 日月たちが離れると、突如、陽翔の肩から膨大な妖気が発せられた。

 陽翔本人は阿弖流為の内なる声と葛藤していたため反応が遅れた。

 

 みるみるその存在は巨大化していく。それは蜘蛛(くも)だった。


 全身を黒と茶色の剛毛で覆った虎柄の胴体を持つ、八本脚の蜘蛛が陽翔の背中で小型の自動車ほど大きさまで膨らむ。

 鋭い鉤爪を持つ腕の一本は、自分が憑りついていた陽翔を押さえつけていた。


 鬼の形相に八つの目を光らせる蜘蛛の顏が日月と猫神を見た。

 レンズのような瞳が獲物を捕らえる。


 蜘蛛は瞳を赤く染めると日月に向かって、長い前足を振り上げた。

 大ぶりな一撃を横に転がりながらなんとか避けた。

 戦闘態勢に入ろうと立ち上がるが、そのまま膝から崩れる。まだくねくねに魂を吸われたダメージが回復していない。


「ぶにゃー!」

 主人を守ろうと体当たりをかけるが、白虎は蜘蛛の剛毛の生えた腕によってたやすく払いのけられる。ボールのようにはじき返された白虎の体は横に飛ばされ、社脇の大きな杉の木にぶつかり梢を揺らす。

 ずるりと滑り落ちた白虎はそのまま動かなくなってしまった。


「シ、シロさんっ」

 猫神が駆け寄る。神の力を行使し白虎の傷を回復させようと試みるが、田代島を離れた猫神の神力はあまりにも頼りないものだった。


「うにゃあ、島の中ならこんな傷どうとでもなるのに!」猫神は必死に気を練るが、白虎はピクリとも動かない。

 

「ふむ、おぬしの狙いはわしかな、土蜘蛛よ」

 陽翔たち全員が行動不能になったのを見て、荒覇吐神は社から体をくねらせて祠の外に出た。


「我がこの身を差し出そう。かわりに我の最後の客人たちにはこれ以上手を出さないではくれないだろうか」

 ちらりと日月と目を合わせた荒覇吐神が微笑んだかのように見えた。

 

「ダメよ荒覇吐神様」

 息も絶え絶えに日月が叫ぶ。自らをいけにえに捧げるかのように大きな蜘蛛の前に歩み出る荒覇吐神。

 立ち上がった日月は、おぼつかない足取りで土蜘蛛との間に入り、荒覇吐神様を守るように両手を広げた。


「させないわ」

「これ!日月どくのじゃ、もうこれ以上我にかかわる人間を失いたくない」

 荒覇吐神の悲し気な訴えにも、日月は一歩も引かない。


「私は陰陽師よ。人に害なす妖を払って、人と妖の調和をもたらす。荒覇吐神をみごろしにするのは私の教義に反する!」

 力強く訴え、土蜘蛛を見据える。

 しかし、日月は立っているだけでも限界だ。もう土蜘蛛に対抗できるほどの力が残っていないのは見るからに明らかだった。

 

「日月先輩逃げて!」

 土蜘蛛の足の下で陽翔も叫ぶ。蜘蛛の足は打ち付けられた柱のように重く陽翔は動くことができない。

 必死にもがく陽翔の目の前で、鋭い爪の生えた土蜘蛛の腕が後ろの荒覇吐神ごと切り裂くような勢いで振り下ろされる。

 日月は微動だにしない。最後の瞬間まで、悪をなす妖には屈しない。強い意思が見て取れた。


 しかし、土蜘蛛はそんな気持ちなど意にも返さない。土蜘蛛の爪が無慈悲に振り下ろされた。薄紫の式服は一文字に切り裂かれ血しぶきが舞う。

 

「馬鹿者が!」

 小刀ほどの長さがある鋭い爪は日月の体を真っ二つにしてもおかしくない鋭さを持っていた。しかし、爪が届く寸前に背後の荒覇吐神が襟首を咥え後ろに引っ張ったことで、日月は致命傷を免れていた。

 それでも避けきれなかった鋭い爪の切っ先は、日月の肩から斜めに深い傷跡を残した。式服は切り裂かれ、あふれる鮮血が真っ白な内衣を赤く染めていく。

 土蜘蛛の爪に押さえつけられた陽翔は、ただそれを見ていることしかできなかった。

 

 苦しげな表情を浮かべたまま日月はそのまま後ろに倒れる。

 陽翔の視界に血で染まる日月の姿が焼き付く。

 守ると決めたはずだった。

 それなのに、また何もできなかった……

 

 その瞬間——陽翔の体の奥で、何かが燃え上がった。

 

神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~


ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!


少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!

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