第三十三話:加茂誓詞の企み
陽翔たちがくねくねを割けて東に走ると、目の前にはうっそうと茂る森が姿を現した。
森は侵入を拒絶するかのように鋭い枝葉の木々によって覆いつくされていた。
くねくねの移動速度がそれほど早くないため、まだ追いつかれてはいないがそれも時間の問題だ。式神からの映像で確認できるだけでも七体のくねくねが、徐々にこちらに向けて近づいてきている。
「この森の中に荒覇吐神がいるのね」
誓詞、日月、陽翔ついでに猫神の一行は森の周囲を見渡すが中に進む道のようなものは見つからない。
「シロちゃん、どこかに入口がないか探して」
白虎と意識をつないだ日月が森を探るが、その表情に余裕はない。
「ダメね、強力な結界で感知を防がれているわ……」
そこまで言うと日月の体がぐらりと傾きそのまま倒れる。
「日月先輩!」
横に立つ陽翔は慌てて手を伸ばし、日月の体を抱きとめたことで地面に倒れることは免れた。
「ごめんね、陽翔君……」
日月の顏に生気がない、あの時くねくねにかなりの力を吸われてしまったのだろう。誓詞に視界を遮られたことで陽翔は最低限のダメージで済んだが日月の消耗度合いはかなりのようだ。
こんな状態でも張り付くように日月の頭にのっかったままの白虎を空いている手で引きはがし地面におろす。
ぶにゃー、と白虎が抗議の声をあげた。
「お前のご主人がこんな状態なんだ、少しは自重しろ」
陽翔の肩に乗った猫神も引きはがし白虎の隣におろして身軽になる。
何ができるかわからないが、いざとなれば体を挺してでも日月を守る。陽翔は強く決意する。
「加茂さん、どうしますか。奴らだんだん近づいてきていますよ」
青白い顔をした日月を抱きしめながら問いかける。
足元では急に引きはがされた猫神が目をつぶったまま右往左往している。それを白虎は大きな体で抱きしめて落ち着かせた。
「しししし、シロさん……」
意中の猫に抱きしめられ、猫神はからだを固くした。
猫たちの戯れは無視し、日月の状態を確認した誓詞は何かを決意したような表情を陽翔に向けた。
「日月ちゃんはちょっと戦えそうにないね」
そう言うと、誓詞は術を解いて煙のモニターを四散させる。
「この中に荒覇吐神がいるのは間違いない。蝦夷の守護霊を持つ君なら入ることができるかもしれない。僕が時間を稼ぐから陽翔君はその隙に何とか荒覇吐神に接触してくれ」
懐から術札を取り出し、誓詞は戦闘態勢をとる。
「そんな加茂さん、見るだけで命を吸われちゃうんですよ。どうやって戦うんですか」
「見なければいいんだろ?まかしておけ。日月ちゃんを頼むぜ」
誓詞は陽翔たちを残してくねくねに向かって駆けて行った。
陽翔の視界の中で誓詞の姿が小さくなる、その先に再び白い靄をとらえて陽翔は慌てて視線を逸らす。
一瞬視界の隅に捕らえただけで命を引っ張られる感覚があった。
誓詞が時間を稼いでくれてはいるが、それほど余裕はないだろう。何とかしてこの森の中に入らなくてはいけない。
「……陽翔君、加茂さんは?」
陽翔の腕の中で弱々しく日月が尋ねてくる。
「俺たちを守るため、くねくねのおとりになってくれました」
「そんな!私も行かなきゃ」
「そんな状態で行ってどうするんですか。俺たちは今のうちに荒覇吐神に会うんです。加茂さんならきっと大丈夫ですよ」
そう言うと陽翔はうっそうと茂る荒覇吐神の森を見つめた。
*
荒覇吐神の森の前に陽翔と日月の二人を残した加茂誓詞は、一人この世界の入り口、鳥居のあった方角に走っていた。
ちらりと振り返るとすでに森は小さくなり、陽翔たちの姿も見えなくなっていた。
走る速度をゆっくりと落とし、何もない草原に立ち止まる。
「ふう、うまくいったみたいですね」
大きく息をついて誓詞はつぶやいた。
そのとたんに、誓詞の周りに白い湯気のようにくねくねとした白い霊体が七つ浮かび上がった。
しかし、それは誓詞を襲いに来たものではない。
なぜなら、このくねくねは加茂誓詞自らがこの地に配置したものだからだ。
くねくねを確認すると、手を頭上にあげて指を鳴らす。
パチンと乾いた音が響くとくねくねの一体がはじけるように霧散した。
「はい、ご苦労さん」
続けて指を鳴らす。二回、三回と指が鳴るたびにくねくねは消えていく。
すべてのくねくねを消し去ると誓詞はゆっくりと懐から取り出したたばこを加えて火をつけた。
煙草の先から立ち上る煙がスクリーンを成して、そこに陽翔たちの姿が映る。
「はてさて、彼らは無事に荒覇吐の元まで案内してくれるかな?」
誓詞は画面の中の若者を楽し気に見つめる。
出発前、陽翔の肩を叩いたとき潜ませた蟲式神は今も健在のようだ。蜘蛛の姿をしたそれは八つの目で周囲の状況を詳しく誓詞に伝える。
加茂誓詞は、ゆっくりと煙を吐きだし、彼らの行く末を見守る。
龍脈の封印を破壊したのも、すべてこの時のため。
鹽竈神社の神々の邪魔が入ったせいで、完全に破壊するまでには至らなかったが、それでもあの時にかなりの量の霊気が龍脈からあふれ出たはずだ。実際この地域の妖怪の活性化が進み、妖がらみの事件も急増している。
予定通りなら、かつて朝廷によって封じられた末路わぬ神『荒覇吐』に復活の兆候が表れてもおかしくはないはずだった。
しかし、以前に誓詞が一人でこの地に入り、荒覇吐に接触を試みたときは、外部のものを拒絶する強力な結界で近づくことすらできなかった。
やはり、龍脈を完全開放しなくては、荒覇吐の復活には力が足りないか?
そう考え始めていた時だった。
思わぬ贈り物が向こうから転がり込んできた。
照井陽翔。
彼はその身に蝦夷の英雄、阿弖流為の魂を宿していた。田代島でその力は発現し、今は彼の中で復活のタイミングを計っている。
きっかけさえあれば、阿弖流為は蘇り、主である荒覇吐神とともにこの地の霊格を押し上げることになるだろう。
あとは、きっかけさえあればいい。
思いっきり振ったシャンパンのコルクのように、鳥居の前で陽翔に張った札が阿弖流為の力を彼の中にとどめている。
限界まで圧縮された力が解放されたとき、ただの高校生でしかない魂の情報など、神にも近い英雄の魂が目覚めれば跡形もなく消えるだろう。
だがそれでいい。余計なノイズがない方がこちらとしても操りやすいというものだ。
「さあ、パーティの始まりです」
誓詞が指を鳴らした。画面の中で陽翔の胸に張られた封印の札が消失した。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




