第三十ニ話:くねくね
日月、陽翔、猫神を乗せたBe-1は誓詞の運転で荒覇吐神社を目指していた。
八塩ばあに教えられた荒覇吐神社は陸奥総社宮からそれほど遠くはなかった。東北百社の神を集めた総社は、もしかしたらこの末路わぬ神を監視する意味もあったのかもしれない。陽翔はそんなことも考える。
自分のルーツにかかわるかもしれない古代の神。荒覇吐神。
夢の中では、蝦夷を守るため自ら朝廷の軍に立ち向かい民を守った紅の大蛇。
自分たちを襲わせるように猫神に命じた荒覇吐神を名乗る黄金の龍。
それらは同一の神なのか。
その正体と目的がわからなければ、もし仮に鹽竈神社の龍脈の封印に成功したとしても、事件は繰り返される可能性が高い。
なぜ自分が仙台に呼ばれたのか。そのことを知るためにも、荒覇吐神に会う必要がある。
陽翔が決意を新たにすると、住宅地の細い路地を抜けたBe-1は鎮守の森に包まれる古ぼけた鳥居の前にとまった。
*
大きく梢を広げた木々の奥に、朽ちかけた赤い鳥居が佇んでいた。苔むした柱は長い年月の風雨に耐えてきた痕跡を色濃く残していた。
鳥居の向こう側には暗い参道が続き、木々の隙間から漏れる光が不気味な影を作り出している。
「どうやらここのようだね」
先に車を降りた誓詞が鳥居の周囲を注意深く観察する。
誓詞に続き、陽翔と胸に猫神を抱いた日月も車を降りる。
天気は快晴だというのに、高くそびえる木々に囲われた鳥居の奥に続く参道は暗く静かだ。森の奥に続く道は長く、ここから社の姿を確認することはできない。
式服姿の日月に抱かれたまま、猫神は泣き言をこぼす。
「にゃあ、ほんとに行くのか?」
陸奥総社宮を出てからというもの、耳がぺったりと寝たままだ。
「ここまで来て何言ってるのよ」
式服姿の日月が足元の猫神を叱る。これでも神様なのだが、猫島を出てからというものなんというか扱いが雑だ。
「あなたもいちおう神様でしょ。荒覇吐神に会ったらガツンと言ってやりなさいよ」
またそんな無茶を言う。
「日月先輩、そんなあおるようなこと言っちゃだめですよ。黄金の龍と荒覇吐神の関係もまだはっきりわからないんですから」
「いいのよ。武御雷様も言っていたでしょう。あれは神じゃないって。悪い妖怪なら私の敵よ」
日月の闘争心に火がついている。
そんな日月を見て誓詞も苦笑いを浮かべている。
「そう言われれば、あの龍の放つ霊気の感覚、なんか最近も感じた気がするにゃ……」
なにかを言いかけた猫神の言葉を誓詞が遮る。
「ここまで来てのんびりしていていいのかい?もう時間がないんだろう?」
誓詞の言葉に日月も目的を思い出す。
「そうね、もし本当に龍脈を破壊して自らの復活をもくろんでいるなら、荒覇吐神が力を取り戻す前に私たちで対処しなくちゃ」
「対処って、具体的には……」
「外部とは一切接触できないような強力な結界で封印するか、もしくは消滅させるしかないわ」
いつものおちゃらけた姿ではない。真剣な陰陽師の顏だ。
夢のなかで見た荒覇吐神の悲しい過去を思い陽翔は複雑な思いだった。荒覇吐神が今の人間に恨みを持って襲ってくるなら戦いは仕方がないかもしれない。しかしできることなら消滅させるような事態は避けたい。
こんなことを考えるのは、思考までが阿弖流為に侵食されているからなのだろうか。
陽翔の複雑な心情を悟った誓詞が声をかけてきた。
「荒覇吐神が陽翔君を操る可能性もあるからね、ちょっと強力な札で阿弖流為の力を封じさせてもらうよ」
そう言って取り出した札を陽翔の胸に張り付けた。
とたんに体が重く感じ、陽翔はその場に膝をついてしまう。
「な、何だ?急に力が奪われたような……」
「一時的に守護霊の力を遮断しているのさ。前回の札より強力に霊的な力を遮断しているからね。今の君は霊的な体の補助が行われていない状態なんだ。ちょっと動きにくいかもしれないけど我慢してくれよ」
「は、はい」
陽翔は胸に張られた札を見つめて答えた。
「とにかく入ってみるしかなさそうね」
うっそうと茂る参道の先を見つめて日月がつぶやいた。
「まあまあ、こんなとこにつっ立ってたって何にもならないさ。虎穴に入らずんば虎児を得ずってね」
明るい調子で誓詞が日月の肩を押して鳥居をくぐる。
「ちょ、ちょっと加茂さん……」
驚いた表情で抗議する日月と加茂の姿は、鳥居をくぐったとたんにかき消えた。
「え?」
鳥居の前には陽翔一人が残された。このままはぐれるのはまずい。意を決して陽翔も荒覇吐神社に続く鳥居をくぐりぬけた。
*
その瞬間、体が宙に浮いたような感覚に襲われ、目の前の景色が歪んでいく。まるで渦を巻くように世界が歪み鳥居の姿がかき消される。視界が一瞬真っ白に染まった。
陽翔が目を開けると、そこは今までとはまったく異なる光景が広がっていた。
うっそうとした林は姿を消し、見渡す限りの平原が広がっている。慌てて振り返ると、今くぐったはずの鳥居はない。
目の前には先にこの世界にはいった日月と誓詞の姿があった。
よかった、はぐれずに済んだようだ。陽翔は安堵の息をもらした。
「先輩ここはどこなんですか?」
陽翔は周囲を見回しながら声をかける。守護霊の力が封じられているせいか、いつもは当然に感じていた周囲をただよう霊気の流れが感じられない。まるで感覚の一つが丸ごと失われたようだ。
「霊的な空気感が全く感じられないですけど……」
周囲をきょろきょろと見回す陽翔に誓詞が告げた。
「それは君の守護霊の加護をそのお札が抑え込んでいるからさ。今は感じられないかもしれないけど、恐ろしいくらいに敵対する空気がこの空間には満ちているよ」
緊張した表情で誓詞が周囲を警戒する。
猫神を地面に下した日月が誓詞と同じように緊張した表情で周囲を見渡す。
「ここは、荒覇吐神の管理する神域?なのかしら」
「招かれたのか、それとも閉じ込められたのか」
誓詞の言う通り、この世界に入ってきた鳥居はない。ここから出るためには、この空間のどこかにいる荒覇吐神に会わなくてはならない。
「シロちゃんに周囲を探ってもらうわ」
自身の三つ編みから白い髪飾りをはずした日月は、頭の上で白虎を召喚する。
光り輝いた髪飾りから丸々と太った白虎があらわれた。
空中で実体化した白虎はそのままポスンと日月の頭の上に納まるとアンテナのように尻尾をぴんと立てて目を見開く。
召喚された白虎の姿を見て、今まで小さく縮こまって震えていた猫神が急に姿勢を正し、凛々しさをアピールする。
そんな猫神のことを気にするでもなく、頭の上の白虎は日月の意識とリンクする。白虎の力を受けて日月の感覚が研ぎ澄まされた。
「あれ?何かしら、加茂さん、何か不思議な気配がこちらに近づいてくるわ」
「な、なんにゃ、どんな妖怪でもわしが葬り去ってやるにゃ」
急に強気になった猫神が、白虎の方をちらちらと見ながら、シャーと前足をあげて威嚇のポーズをとる。
さっきまでの怯えが嘘のようだ。
白虎にいいところを見せようと虚勢を張る猫神を生暖かい目で見つめながら陽翔も周囲を警戒する。
周りを見渡しても大きな木はまばらにしか生えていない。見渡す限りの平原だ。しかしよく見れば、半身を焦がした木々や、炭となって放置された木の枝など、ここが元は森であったことを示す跡が至る所に散見された。
陽翔はこの場所に見覚えがあった。
阿弖流為の記憶の中で見た戦場だ。あの時、森は焼き払われた。草の再生具合を見るに記憶で見たあの侵略から数年は経っているのではないかと判断できた。
「日月先輩、たぶんここは阿弖流為の記憶で見た蝦夷の集落があった森です。森を焼かれた跡があります」
「なるほど、荒覇吐神の過去の記憶を基に作り出された神域ってわけだ」
煙草を取り出し、火は付けずに口の端に咥えた誓詞が言った。
「二人とも気を付けな、なんかくるぜ……」
加茂の言葉に陽翔は身を固くする。なんの力も持たない陽翔を守るように前後に日月と誓詞が立ち警戒する。
その時、陽翔は見た。
草原が広がる地平線のかなたに、何か白い煙のようなものが揺らめいた。
「あれ?あれなんですか?」
「見るんじゃない!」
誓詞の叫びが届くのと同時にそれは起こった。
白い煙のようなものを見る陽翔の瞳から、なにかが吸い取られていく。これは、魂が吸われている?!
「あ……、あああぁ……」
「目をつぶれ少年!」
誓詞が叫ぶとともに自らの手で陽翔の視界を遮る。途端に命が削られていく感覚は止みその場に膝をつく。
「はあ、はあ、い、今のは何ですか」
「くねくねよ。田舎の田んぼなんかに現れてそれを見た人間の魂を吸収する妖怪よ。もうすでに囲まれているわ」
大きく肩で息をしながら、日月がしゃがみこんだ。
「失敗したわ、シロちゃんを通して広範囲に意識を向けたのが裏目に出たわね……」
「先輩!大丈夫ですか!」
白虎の力で感知能力をあげていた日月は、周囲を囲むくねくねを陽翔よりも大量に視てしまったせいで、すでにかなりの命を吸われてしまったようだ。
「なんにゃ、何が起こってるにゃ」
いち早く危険を察知した猫神は固く目を閉じ、はぐれないように陽翔の肩によじ登っていた。
「いてて、猫神様、くっついていてもいいけど爪を立てないでくださいよ」
左肩に乗った猫神を抑えながら陽翔はゆっくりと立ち上がった。
普段なら妖怪が近づけば気配を感じられるのに、誓詞に張られた札のせいで全く気配を感じられない。時たま吹く風だけが緑の香りを運んでくるだけだ。
「うん、囲まれているようだね。今のところ東の方角にはくねくねの存在はないみたいだ。奴らは少しずつ近づいてきている。ひとまずはそちらに逃げるしかなさそうだね」
見ると、誓詞の周囲にただよう煙はまるでモニターのように広がり、その中に徐々に近づく白い靄、くねくねの姿が映し出されていた。
二人と違い誓詞はくねくねの被害を免れたみたいだ。
「これは僕が放った式神の映像だよ。日月ちゃんの白虎と違ってぼくの式神は感覚を共有していないから命を吸われる心配はない。指示するからその方向に走るんだ」
けむりの中に映し出されているくねくねは、少しずつだが確実にこちらに近づいてきている。
陽翔と日月は頷きあって誓詞の示した方角に向けて走り出した。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




