第三十一話:残された玲愛
山吹色のBe-1が道の先に消えるのを見届けて、稗田玲愛は大きく息をつく。
「さてと、うちはこの後どないしよか」
陸奥総社宮の神々は龍脈の封印を少しでも長く持たせるために、鹽竈神社で武御雷神の手伝いに残った。
鹽竈神社の龍脈の封印が破壊されたことは陰陽寮の本部にも連絡したが、 龍脈の封印に耐えられる霊的な触媒など、この現代でそう簡単に見つかるはずもない。
そう言ったものはもうすでに何かしらの封印に利用されてしまっていることがほとんどだ。
あきらめかける自分のほほを手で挟むように打ち付け、喝を入れる。
「日月たちも頑張っとるんや、うちも今自分ができることをやっとこか」
玲愛はスマホを取りだしマップを確認する。
この地域の歴史資料を集めた博物館が近くにあったはず。そこになら蝦夷や荒覇吐神に関する資料もあるはずや。
もしかしたら、龍脈穴を再封印するためのヒントも見つかるかもしれん。
玲愛は地図アプリの画面に指を滑らせる。
「あった。東北歴史博物館や」
ここ陸奥総社の宮から南に20分ほどの場所にその施設はあった。地域の遺跡から出土した遺物や歴史的資料を展示している博物館だ。
荷物をまとめると、玲愛は地図アプリの表示に従い目的地を目指して歩き始めた。
*
東北歴史博物館は東北本線 国府多賀城駅に隣接する地域の歴史資料を展示する博物館。
近代的なコンクリート造りの建物の周りには大きな人工池と豊かな林が広がる。
東北全体の歴史を縄文時代から現代まで多くの資料で学ぶことができる東北最大級の博物館だ。
その中にはもちろん蝦夷にかかわる資料も多く収蔵されている。
蝦夷を滅ぼした朝廷の最前線だった多賀城にも近いこの博物館なら、荒覇吐神に関する資料も収められている可能性が高い。
もし本当に荒覇吐神が現代への復活を画策しているというなら、万が一の事態に備えて敵の正体を知っておくことは重要だ。
玲愛は謎多き神、荒覇吐神の資料を求めて建物の入り口を目指した。
敷地の正門をくぐり中にはいると、広い石畳の道が、まっすぐ建物まで伸びていた。玲愛は周囲を見回しながら博物館までの道を進む。
右には静かな水面と低い植え込みが寄り添い、風に揺れる木々の葉が、季節の気配をそっと運んでくる。
休日ということもあり、博物館を訪れる家族連れの姿も多い。
「なかなかにぎわってるんやな、どれどれ」
懐から取り出した霊視メガネをかけて建物とその周囲を探る。
博物館と言うだけあって、レンズ越しに見える建物の中に呪物系のアラートが複数表示されている。確認できる限り危険度の高いものはなさそうだ。これなら玲愛が一人で調査しても、問題ないレベルだ。
円筒形の正面口をくぐると吹き抜けのエントランスだった。右手にはミュージアムショップ、正面にはチケット販売所が営業している。
特別展が開催されているわけではないというのに、チケットを購入するお客さんも多く、人気は上々のようだった。
玲愛は人の波が途切れたところを見計らって、受付の女性に調査の説明を告げた。
「ちょっとすまんな、うちは京都桜大学の稗田玲愛や。緊急でこちらで保管してある資料の調査をさせてほしいねん」
こんな時のため陰陽寮で発行した学芸員の身分証明書も持参している。
唐突なお願いに受付の女性は戸惑いを見せた。
しかし、その慌てぶりが尋常じゃない。まるで玲愛から逃れるようにきょろきょろとせわしなくあたりを見回す。
「す、すいません、わ、わ、私ではわかりかねますので、少々お待ちください」
焦って内線で連絡を取る女性の態度を見て玲愛は目を細める。
霊視メガネを通して受付の女性を確認すると、アラートで『人外確率:98%』の文字が点滅している。
この女、妖怪だ。
「なあ、あんた……」
レンズを通して見つめる玲愛に、内線電話のマイクを声が入らないように抑えながら受付の女性が答える。
「す、すいません。私まだここで働き始めたばかりで、展示物については、よくわからないんです」
「そんなことは聞いてへん」
怯える受付嬢の顔を覗き込むように玲愛が低い声でたずねる。
「あんた、妖怪やな?」
女性が顔をひきつらせた。メガネのレンズには人外を表わすアラートが今も光っている。
表示を確認するまでもない。陰陽寮学芸員の証書を提示してから、この受付の態度は明らかに焦っていた。
「いったい、な、何のことでしょうか、わかりかねます……」
視線をそらして答える。 内線の呼び出しはまだつながらないようだ。
「……もう、なんでまた陰陽師が来るのよ……」
小声で悪態をつき、体を震わせながら受付嬢は内線がつながるのを待っている。
あまりの怯えように玲愛は苦笑をもらす。
「安心しいや、今日は別に妖怪退治に来たわけやあらへん。ちょっと蝦夷の歴史資料を調べさせてもらいたいんや」
その言葉を聞いた受付の女性は、おおきな目をぱちくりとしばたかせ、言葉の意味を理解すると大きくため息をついた。
多少は安心してくれたようだ。
年のころは20代後半の見た目だろうか、妖怪ということは人に化けているだけで見た目通りということはないだろう。
「ところで、今『また陰陽師が……』とか言うてたな。うちのほかにも陰陽師が尋ねてきたんか?」
受付のテーブルに身を乗り出してたずねる。「隠すとあんさんのためにならんで」
玲愛は懐から退魔の札をちらりと見せる。受付女性の顔色が変わる。
「ち、違います」
女は顔の前で両手を振って否定する。「陰陽師に出会ったのは博物館ではなくて、私のアパートの隣に陰陽師の関係者の高校生が引っ越してきたんです。それでちょっと知り合いになっただけで……」
手を振る彼女の右腕に星をかたどったブレスレットが光った。流れ星のモチーフに51の文字。アイドルグループ『エリア51』のファングッズだ。
アパートで生活するエリア51ファンの女性妖怪。玲愛は先日電話で日月と話した話題を思い出していた。
「あ~!あんさん、アイドル追っかけの口裂け女!」
指を指して叫ぶ玲愛の声がエントランスに響き渡る。周囲の客も何事かとこちらに注目する。
「なななななな、なに言ってるんですか」
博物館の受付嬢、鹿島麗子は慌てて玲愛の口をふさごうと手を伸ばす。
「どうかしたの?」
騒ぎを聞きつけて玲子の同僚が受付に駆け寄ってきた。
「いえ、だ、大丈夫です。こちらの学芸員のお客様が資料を閲覧したいというので私、案内してきますね、オホホホ……」
やってきた同僚に受付を任せると、麗子は玲愛の手を取って資料室に連れて行った。
*
「なんなんですか、あなた!陰陽師だからって私の生活を壊す権利はないはずですよ!」
人気のない博物館の資料室の陰で麗子は睨みつける。
「ホンマすまんかった」大きく頭を下げ、顔の前で手を合わせる。
「確認するけど、あんさん口裂け女の鹿島麗子で間違いないか?七北田高校の安部日月と照井陽翔のことは知っとるよな?」
いきなり知り合いの名前を出され麗子は怒りも忘れ、疑惑の表情で玲愛の顔を見つめる。
表情の変化を肯定ととらえた玲愛は慌てて続ける。
「うちは日月と同じ陰陽寮所属の陰陽師、稗田玲愛っちゅうもんや。今二人が大変なんや。うちは二人を助けるために荒覇吐神と蝦夷に関するの資料を探しに来たんや。ちょうどええ、あんさんうちのこと手伝ってくれへんか」
*
「危険性のある呪物系の資料はこの部屋にまとめてあります」
一般に開放されている展示物には、蝦夷の英雄として阿弖流為の解説はあるものの、過去にそういった存在があったという紹介にとどまる。ましてや荒覇吐神について触れられているものはなに一つなかった。
古代の遺物の中には危険な呪いや、妖怪が封じられた呪物も存在する。博物館では一般公開に適さないそういった遺物も多数所有していた。そういった物の中にこそ荒覇吐神に関連する重要な情報が隠されているかもしれない。玲愛は陰陽寮の学芸員の特権を利用して、通常は公開していない危険性のある遺物の見学許可をとった。
事務所から鍵を借りてきた麗子に案内され、たくさんの札が張られた扉の前に立つ。
「一般の人に害をなす呪いのかかった物品が多いので、普段は誰も入らない開かずの扉なんですよ」
ノブを回して麗子が扉を開いた。
古物特有の据えた香りが部屋からあふれる。部屋に入ると外とは空気の質が違った。
霊感のほとんどない玲愛でも、本能的に何か危険な気配を感じさせる。
「ほー、なかなかのもんやな」
八畳ほどの部屋には天井まで伸びるキャビネットが備え付けられ、封印の札が張られた遺物が所狭しと並んでいる。
さっきから玲愛のかけた霊視メガネは危険を知らせるアラートが鳴りっぱなしだった。
「私も初めて入ったけど、すごいですね」
恐る恐るキャビネットの中をのぞきながら麗子がつぶやく。
「何言うてんねん、あんただって一世を風靡した恐怖の都市伝説やろが」
「私なんてつい最近生まれたばかりの新人ですよ。ここにあるのはみんな何百年っていう遺物でしょう。格が違うわよ」
居心地が悪そうに両手で体を抱いて周囲を見渡している。
玲愛は気にせずキャビネットを開けて中の遺物を手に取っては、霊視メガネで詳しく確認を続けては難しい表情をする。
「う~ん、ダメやな」
手に持っていた『いたずらたぬきの睾丸』と書かれた卑猥な形の岩を棚に戻すと玲愛はため息をつく。
「確かに呪物系のものもいくつかあるけど、たいした力はあらへんな」
一部の呪物には確かに妖が封じられているような危険なものもあるが、そのほとんどが低級霊やすでに本体が消失した残り香のようなものばかり。
年代的にも江戸時代中期からのものがほとんどだ。
荒覇吐神に関する資料や、ましてや龍脈の封印に使えるような力を持つ遺物はここには存在しない。
「からぶりか~」
玲愛はがっくりと肩を落とす。やはり、重要な遺物は中心部に近い青葉山の仙台博物館にまとめられているのかもしれない。
「ちょいと遠いが行ってみるかぁ、でもあっちは伊達家の直轄やからなぁ、うちが言っても許可出るかわからんしなぁ」
これからの予定を悩んでいた玲愛に麗子が声をかけてきた。
「あの、私車があるので送りますよ」
「ほ、ホンマか?あんさんすごいな、人化の術使える妖怪は多くても車運転できるのなんてそうおらんよ」
驚きと喜びで玲愛は麗子の両手を握ってぶんぶんと振る。
麗子が少し照れたように笑った。
「ええ、コンサートとか遠征するのに車があったほうが便利なので……、でも、仙台博物館に行く前にもう一か所、案内したい場所があります」
「もう一か所?」
「ええ、ここの職員では手に負えないような遺物をまとめて保管というか、封印してある倉庫があるんです」
「なんやて?!どこやねんそれは」
「ここから北に少し行った林の中。この歴史館の旧館です」
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




