第二十八話:蝦夷
我らの暮らしは森とともにあった。
毛皮を縫い合わせた衣装に身を包み、森に住む獲物を追った。弓の名手たちは狙撃によって鹿の動きを止め、私のような短剣を携えた狩人たちは風のように獲物に近づき、その首に致命の一撃を与えた。
顔に刻まれた入れ墨は、私たちの誇りの証。男女の別なく、老いも若きも、皆が持ち場を守り、支え合って生きるのが習わし。
狩りの獲物は大切に分け、不要な部位は大木の根元に積み上げた。
人が利用しない臓腑は狼たちが食し、残った骨は土に還る。その養分は木々を育て、新たな草を芽吹かせる。そして、その草を鹿が食み、鹿は狩られ再び我らの糧となる。
すべては循環していた。
我らの一族は、その循環を司る神として、真紅の大蛇を崇めてきた。神の言葉を下ろすことのできる女が一人、巫女として選ばれる。巫女は神託を受け民人に伝え、民人の願い一族の安寧を神に願った。
何百年、いや何千年と続いてきたその営みは、永遠に続くものと誰もが信じていた。
記憶の場面が移り変わる。
先までの平和な日常ではない。
次に映し出されたのは激しい戦闘。民人は殺され、森には火が放たれた。
蝦夷が暮らし、守り続けてきた森が燃えていた。
「女子供は北に逃げろ、男どもは武器を持って我に続け!」
柄に蕨のような特徴的な意匠を持った剣、蕨手刀を手に蝦夷の戦士は咆哮をあげ侵略者に挑んだ。
阿弖流為は部隊を指揮し、自らも前線に上り何人もの敵兵を切り伏せた。
「ひるむな、これ以上は一本たりとも森を焼かせるな」
目の前の敵兵の首をはねると、かついだ弓に持ち替えると靫から矢を取り出し3本まとめて口に咥える。
弦を引き絞ると、くわえた矢を次々につがえ、連続してはなつ。いずれも狙いたがわず、友軍と切り結ぶ敵兵の頭を貫いた。
蝦夷の戦士の奮闘で何とか前線は維持していたが、森に広がった火は延焼を広げている。早く消火に回らなければ敵を追い払ったとしても恵みをもらたす自然を失ってしまう。
続けて矢をいろうとした阿弖流為だったが、すでに靫の中は空だった。
「いた仕方あるまい」
矢を補充するため阿弖流為はいったん後方にひいた。
阿弖流為だけではない。前線で戦う戦士たちも、もう限界だった。
数の上では朝廷軍の方が圧倒的に多い。いくら倒しても、次々に送り込まれる兵隊に、さしもの蝦夷の戦士たちの式も下がり始めている。
「奴らも本気ということか」
戦闘はこれまで幾度もあった。しかしここまでの規模での侵攻は初めてのことだった。
振り返れば阿弖流為の暮らしていた森の半分以上が火に飲まれていた。
このままでは勝っても負けても故郷は失われる。阿弖流為の心にも敗北の影が迫っていた。
敵兵の侵攻を抑えきれなくなり、前線が一気に押し込まれる。
敵軍の放つ矢は、阿弖流為の本陣まで届き始めていた。
そんなさなか、雨のように矢が降りしきる戦場に、場違いな巫女服姿の少女がかけてくる。
「阿弖流為さま」
阿弖流為と同じように、顔には特徴的な青白い刺青が描かれている、白を基調としていた正装は土とすすで激しく汚れていた。
「母禮よなぜ戻った。ここは戦場だぞ」
「神からの天啓です。神はあなたに、『死んではいけない、逃げよ』とおっしゃられています」
母禮が話すその間も、敵軍からは雨のように矢が降り注ぐ。阿弖流為は蕨手刀でそれらをすべて切り払い、背後にかばった巫女を守る。しかし矢は次から次に途切れることなく放たれ続ける。
何度目かわからぬいっせい射が放たれた。
次はかわし切れない、そう思ったとき、大地が轟くような音とともに、巨大な影が私たちの上空を覆い矢を跳ね返す。炎に照らされたその姿は、まさしく我らが神、真紅の大蛇だった。屋敷三軒分もの長さを持つその体は、鎧のように硬い鱗に覆われ、その目は怒りに燃えていた。
「阿弖流為様、森の奥に逃げましょう」
巫女の声が耳に届いた。だが、逃げることはできなかった。我らの神がまだ戦っているというのに、どうして逃げることができようか。
いかに巨大な大蛇であっても敵がひるむ様子はなかった。矢を火矢に変え一斉に放たれる。
その数は先ほどの比ではなかった。炎は大蛇の鱗の隙間を貫き、神の肉体を焼き始めた。痛みに身を捩る度、巻き込まれた敵兵が数十人単位で吹き飛ばされる。
大蛇は百年杉のような太い尾を振るい暴れる。
体中を突き刺さった火矢に焼かれ、大蛇が咆哮をあげる。
それは怒りと悲しみが入り混じった、言葉にならない叫びだった。
*
「陽翔くんしっかりして!」
誰かが肩を揺すっている。誰だ?
「も、れ……」愛しい人の名がこぼれるように口から洩れる。
次第に視界が戻る。八塩道老翁神の結界の中、石畳の上に陽翔は崩れ落ちるように座り込んでいた。瞳からはいまだにとめどとなく涙があふれている。
今のは阿弖流為の記憶。森を焼かれ、住処を奪われた。信じる神を奪われ、朝廷に反旗を翻し戦いそして敗れた、歴史から消された戦士の物語。
「しっかりしてっ!」
彼女も泣いている、ああ、まるで神の巫女、母禮のようだ。
彼女は、彼女の名は……
「ひ、日月先輩……」
意識を取り戻したとたんに日月に抱きしめられる。間に挟まれた猫神がつぶされ奇妙な鳴き声をあげたが、気にしているものはいない。
「ひとまず大丈夫そうやな」
陽翔の反応を見て玲愛も胸をなでおろす。
どこから取り出したのか後ろ手には退魔の槌が握られていた。あと少し意識を取り戻すのが遅れていたら今回もあれで殴るつもりだったのだろうか。危ないところだった。
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
立ち上がり涙をぬぐう。「今、俺の中の阿弖流為の記憶を見ました。荒覇吐神は確かに真っ赤な大蛇の神でした。私の見た記憶では、蝦夷討伐の際に民を逃すために身を挺して民人を守っていました」
陽翔は記憶の中で見た蝦夷の一族とその歴史を語った。
滅ぼされ、歴史の表から葬られても、人々の信仰の中で生き続けた古の末路わぬ神『荒覇吐』
しかし、陽翔の感じた荒覇吐神は穏やかで人間を滅ぼそうとするような危険な神様とはつながらないように思えた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




