第二十五話:陸奥総社宮
陸奥総社宮≪むつそうしゃのみや≫は、千年以上昔に創設された神社である。
普通の神社と違うのは、当時陸奥の国と呼ばれた東北地域の神々を祀る社、百社を合祀して設立されたということ。
広い東北の神々の社をそれぞれ回るのではなく、ここ一か所を詣でればあまたの神々を参拝できる。まさに『東北神社モール』なのだった。
*
「誓詞はん、この車ホンマ大丈夫なん?」
狭い車内の助手席。変なことはさせないと、志願して隣に乗り込んでいた玲愛がたずねる。
実際、うなりをあげるエンジン音のわりに、スピードはほとんど出ていない。
「ははは、古い車だからかね。でも大丈夫。安全運転で送り届けるよ」
後部座席には陽翔と日月、その膝の上には猫神が丸くなって眠っていた。
車は七北田川の支流に沿って続く道を走る。仙台を抜け多賀城市に入るころには窓からの景色は住宅地から田園の広がるそれへと変わっていた。まだ稲は植えられていないが、いたるところでトラクターによる代掻きの作業が始められていた。
車はさらに細い路地に入る。道の周囲を囲う木々の密度が増えていくと、奥に石造りの鳥居が見えてきた。
車は鳥居の手前で曲がり駐車場に入って止まった。
「ふう、到着」
「誓詞さんありがとうございます」
日月が運転席で伸びをする誓詞に声をかける。
「いえいえ、どういたしまして」にこやかに返事を返す。
「にゃあ、ほんとにいくのか?わしはここで待ってるにゃ」
猫神はそろりそろりと膝の上から逃げ出そうとするが、日月の両手がそんな猫神をむんずとつかみ上げる。
「あなたがいないと私たちを襲わせた上位神が誰かわからないでしょう」
逃げ出さないように胸の前で抱きしめる腕に力を入れる。
「別に争いに来たわけじゃないわ、あなたに私たちを襲わせた理由を知りたいだけよ」
猫神は観念したのか、だらりと頭を下げる。
「話もまとまったみたいだし、早速行きますか」
率先して車を降りようとする誓詞の襟首を玲愛がつかむ。首が閉まった形で座席に引き戻された誓詞はゲホゲホと苦しそうに咳き込む。
「なぁに当たり前のようについて来ようとしてるんや、あんさんは送迎だけの約束やろ」
そういって誓詞だけを車の中に残すと、外から何枚もの結界の札を貼りつける。車から式を飛ばされないようにする予防だ。
「ちょっと、玲愛、そこまでしなくても……」
車の窓をたたいて何かを訴える誓詞を見て日月が憐みの表情を浮かべる。
「いいんや、こいつには前科もあるしな、これでもまだ甘いくらいやわ、はよいこか」
玲愛は振り返りもせず社の入り口がある鳥居へと向かった。
*
玲愛を先頭に日月と陽翔は陸奥総社宮へ向かった。
三人の後ろ姿が遠ざかると、誓詞は懐からたばこを取り出し火をつける。
「そういや窓開けられないんだったな」
お札で頑丈に封印された車の窓ガラスを見る。
「ちょっと煙いが仕方ないか」
ため息とともに肺にたまったけむりを吐き出し、術を唱える。
車内をただよっていた煙が集まり、誓詞の前にパソコンのディスプレイのような像を結ぶ。
「玲愛ちゃん、いい線言ってるんだけど、おとなをなめちゃいけないぜ」
封印の札のせいで新たな式神は飛ばせないが、すでに外にいる式神に意識を同調することはできる。
むしろ、これだけしっかり封じられていれば外部から察知されることが少なくむしろ好都合だ。
「玲愛ちゃんに感謝だな」
誓詞は意識の回廊を通じて、出発前に陽翔の背中につけた式蜘蛛とリンクする。
式蜘蛛を操り陽翔の肩に上らせる。
蜘蛛の瞳を通して日月たちの様子が煙のディスプレイに浮かび上がる。感度は良好だ。
日月たち一行は鳥居の前での一礼をすまし、本殿に向かう参道を歩き始めたところだった。
*
一行は参道を進み社の前にたどり着く、大きな杉の木で囲まれた社殿はそれほど大きなものではなかった。
神社の拝殿は入母屋造りの屋根を持ち、優雅な曲線を描いている。長い年月を耐えた社殿の壁は、手入れこそ行き届いているものの風雨の浸食を受けていることが見て取れた。
参拝客も日月たちのほかには誰もいない、木々を揺らす風の音と、遠くで啼くヒバリの声がかすかに耳に届くだけ。
百もの神社が集まっていると聞いていた陽翔は、大層大きな社殿があるものと考えていただけに少しがっかりしていた。
作法にのっとり、二礼二拍手一礼の参拝をすました陽翔たちに一組の老夫婦が声をかけてきた。
杖を突き二人で寄り添うように歩いてくる、仲睦まじい様子が見て取れる。
「おお、誰かと思ったら日月ちゃんじゃないか」
「八塩じい、八塩ばあ、久しぶり」
日月は二人に駆け寄る。どうやら知り合いのようだ。陽翔は白いひげの老人にどこか見覚えがあるような気がした。
「先輩そちらのご老人はお知り合いですか?」
「ええ、この神社の主祭神、八塩道老翁神と八塩道老女神よ」
長く白い眉が垂れ下がり、同じく雪のように白い顎髭をたなびかせた八塩じいこと八塩道老翁神と、銀色に輝く長い髪を一本一本丁寧に結い上げ、朱と白の装束に身を包んだ八塩ばあこと八塩道老女神はにこやかに微笑む。
「あ、神様」
陽翔は日月の投稿で見たツーショットでハートを作る老人の顔を思い出した。「本物、だったんだ……」
「ご拝謁賜り恐悦至極にございます。京都守護、陰陽寮京都本部・技術部、稗田玲愛と申します」
普段とは全く違う、かしこまった姿勢で玲愛が頭を下げた。
「て、照井陽翔です」
陽翔も続けてカクンと頭を下げる。
一応、猫神という本物の神様と会ってはいるが、とてもじゃないが神様の威厳は感じられない。ただのうるさいしゃべる猫だ。
しかし目の前の老人から漂う気配は明らかに違う。
ただそこに立っているだけなのに、神社全体が呼吸しているように感じた。
「まあまあ、そんなに硬くならないでかまわんよ」のんびりした口調で二人の挨拶を受ける。
「日月ちゃんがお友達を連れてくるなんて初めてなんだから」
優しい微笑みを浮かべる八塩道老女神こと、八塩ばあはとても東北百社の神社をまとめる総社の主祭神とは思えない。田舎のばあちゃんを思い出した。
「日月ちゃんが来たのはやはり最近の霊気の乱れの件かな?」
八塩じいは長いあごひげをさすりながら訪ねる。
「ええ、それもあるんですけど、昨日私達田代島でこの猫神に襲われたんです」
日月は胸に抱いていた猫神をずいと八塩道老翁神に突き出す。猫神の耳は完全に後ろに倒れこみ、小刻みに震えている。
「あらあら、猫神様じゃない、そんなおびえなくても大丈夫よ」
八塩ばあは日月の腕の中で震える猫神を優しくなでる。
「猫神様は指示された上位神の名前は出せないというので、直接私たちが理由を尋ねに来たんです」
八塩じいは、ふむと額にしわを寄せる。
「そうじゃの、確かにここには東北の神々の末社が集まっておるが、離島の新興の神とはいえ別の神に命令を下せるほど力のある神がどれほど残っているかのう」
長いあごひげをさすりながら考える。
陸奥総社宮の入り口には合祀されている百社の社名が記されているが、その多くはすでに信仰が薄れ、存在はしていても昔のような力を発揮できる神はほんの一握りだという。
「すでに眠りについてしまった神々も多いが会いに行ってみるかい」
「お願いします」
八塩道老翁神の言葉に日月が答える。
小さくうなづいた八塩道老翁神が、持っている杖を石畳についた。
杖が石畳に触れた瞬間、空気がゆらめき、周囲の木々がぼやけて見えた。
まるで熱気で空気が揺れているような光景だが、それは視覚だけでなく、全ての感覚に広がっていく。
一陣の風が吹き、日月たちの姿がこの世界から消えた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




