第二十四話:加茂誓詞とドライブ
陽翔は用意された着替えを持って脱衣所にはいった。
昨夜の体の痛みは嘘のように引いていた。疲れは癒えているが、それでも猫島の散策からはては化け猫との大立ち回りまでを行った陽翔の体は汗でべとべとだった。
仕方がないとは言え、女の子の家で裸になるという状況に陽翔はいささか緊張していた。
「下手なラブコメじゃないんだから、まさかね……」
自らの妄想に苦笑しつつ風呂場に入る。
陽翔のアパートに比べれば十分広いが、それほど特徴のないユニットバスだ。棚には陽翔の見たことの無いようなお洒落なボトルのシャンプーが並んでいる。
なんだか男が使ってはいけないような気がして、石けんだけで体だけではなく頭まで洗う。ちょっとゴワゴワするが、汗だらけで過ごすよりはましだろう。
陽翔が体の泡を流し終えると、脱衣所の方で扉が開く音が聞こえた。
「陽翔君、タオルここに置くわね」
すりガラスの向こうで人影が動く。日月先輩の声だった。
「あ、ありがとうございます」
「それと……、一緒に入ってもらってもいいかな?」
陽翔の心臓が早鐘を打った。慌てて脱衣所に背を向ける。「ドドド、どうぞ」
さっきの自分妄想が頭の中をめぐる。
「じゃあ……お願い、優しく洗ってね」
「まっ、まかせてください」
陽翔の返事とともに風呂場の扉が開いた。陽翔はゆっくりと振り返る。
そこには一糸まとわぬ……猫神の姿があった。
「水は嫌いなんにゃ、絶対に顔にはかけるにゃよ。あと、肉球の間は特に丁寧に洗うにゃ」
落ち着いて考えれば当たり前のことだ。それでも青少年の心は少し傷ついていた。
「ん?どうしたにゃ、早く洗うにゃ」
不遜な態度で陽翔の膝に如かれたタオルの上に座る猫神。言い知れぬ怒りを覚えた陽翔は最強水流のシャワーを猫神の頭から浴びせるのだった。
*
風呂を上がった陽翔は、暴れる猫神を押さえつけてドライヤーで乾かすと、準備されていた作務衣に着替えてリビングに戻った。
「たいしたものじゃないけど……」
自信なさげに日月は目玉焼きの皿を運んでいた。
きちんとクロスの敷かれたテーブルにはトーストと目玉焼き、コーンスープの朝食が用意された。
焼き立てのパンの香りが陽翔の鼻孔をくすぐる。
意識するより先に大きな音で胃袋が空腹を訴えた。そういえば昨日はあわただしくて夕食を食べていないことを思い出す。
その音は二人にも聞こえていたようで、くすくす笑いながら席に案内された。
「どうぞ召し上がれ」
エプロンを外し日月も向かいの席に腰を下ろした。
「にゃんだこれは」
日月たちが座るテーブルの下には猫神のための朝食も用意されている。
ご飯に振りかけられた鰹節が蒸気で踊っている。それを指、いや前足をさして猫神が文句を言った。
「なにって、にゃんこ飯じゃない」
日月が当たり前のように言う。
「捧げものなら、猫缶と決まっているにゃろ、わしはマグロが好物じゃ。あと、デザートにチュールも忘れるにゃよ」
「私たちはあんたの信者じゃないの、いらないなら食べなくていいわ」
日月はお皿を取り上げようとする。猫神はそれを抱えるように守ると。「ま、まあ今日のところはこれで勘弁してやるにゃ」と言ってがっつくように食べ始めた。
陽翔もその様子をほほえましげに見つめて箸をとる。
「美女二人にかこまれて食事とか、あんさんは果報者やな」
そこまでの様子をにやにやと黙って見つめていた玲愛が陽翔に言う。
「そう思います」
いい加減からかわれなれた陽翔は、玲愛の言葉を軽くあしらうと話を変えた。
「今日は神様に会いに行くって本気ですか?神社モールがあるって聞いた気がしますけど」
「なんやつまらんなぁ」
玲愛はフォークで半熟の目玉焼きをつつきながら不満顔だ。
そんな玲愛の様子を苦笑いしながら日月が答えた。
「そうよ、隣町の多賀城に東北百社の支店が大集合した陸奥総社宮っていう神社があるの。そこで聞き込みをしましょう」
「本当にそんな場所があるんですか?」
陽翔は地元にもあった郊外型大型ショッピングセンターを想像する。しかしそれと神社というものがどうにも結びつかない。
「まあ、行ったらわかるわ。なによりもまずは腹ごしらえや」
「ねえ、玲愛。やっぱり聞き込みに行くこと加茂さんにも行っといたほうがいいんじゃない?」
目玉焼きをナイフで切り分けながら日月が聞いてきた。
「ええねん。日月、ちょっとあの男のこと信用しすぎやで、今回やて一歩まちごうたら危ないとこやったんや」
「それはそうだけど、でも猫神様が私たちを襲ったのは加茂さんのせいじゃないでしょ」
加茂誓詞に対する評価は二人で食い違っているようだ。なぜか玲愛は過剰に加茂誓詞のことを警戒している。
「わからへんで、猫神社で炎の呪符が使われたちゅうのも怪しいわ」
「そんな、加茂さんがそんな遠くまで式神を飛ばすの見たことないわよ」
「そんなん、力を隠してるにきまってるやん」
「何のために?」
「そら……、わからへんけど……」
「広報部って言っても、いちおう私は加茂さんの指揮下にあるからそんな勝手なことできないわよ。今日の結果も後で報告はするわよ」
「むー」
玲愛はうなってトーストにかぶりつく。
陽翔も半熟の目玉焼きをつぶしながら口に運んだ。
*
食事を終えると三人は猫神を連れて部屋を出た。
三人と一匹はエレベーターを降りエントランスを出る。すると、見慣れたスーツの男が火のついていない煙草をくわえてマンションの柱にもたれていた。
キャメル色のスーツを着た優男、加茂誓詞は右手を軽く上げて三人に挨拶をした。
「よっ、おはようさん」
「またでおったな」玲愛は体の前で腕をクロスして警戒のポーズをとる。
「誓詞さん、おはようございます。今日はどうしたんですか?」
日月は特に気にする様子もなく話しかける。
「いやー、昨日あの後大丈夫だったか気になってね」そこまで言って、後ろの陽翔に気づく。
「おお、陽翔君、守護霊の封印に成功したんだね。よかったよかった」
陽翔の姿を確認した誓詞は駆け寄るとバンバンと背中をたたく。親戚のおじさんのノリだ。
「それで、彼に取り付いてる阿弖流為は除霊できたのかい?」
にやにやと玲愛を見てたずねる。
「あんさん、陽翔はんに取り付いてる阿弖流為のことなんか知っとるんか?」
「とんでもない!昨日君たちから聞いて初めて知ったんだ」
誓詞は胸の前で手を振って否定する。
「そんな邪険にしないでくれないか、僕は今日非番なんだ。せっかくだからドライブでも行かないかと思ってね?」
「あいにくうちら、忙しいんや」
「そうかい?陸奥総社宮にいくなら電車よりも車の方が楽だぜ」
陸奥総社宮という名前が出たことで玲愛は誓詞をにらむ。
「やっぱり、あんさん聞いとったんやな」
「あの部屋、虫が結構多いみたいだぜ」と誓詞は平気顔だ。
一匹はつぶしたつもりだったが、誓詞の放った盗聴の虫式は一匹ではなかったようだ。
「多賀城に向かうなら電車よりも車の方が断然早いぜ」
確かに目的地である陸奥総社宮は、ここ泉中央からは直線距離なら30分程度だが、電車を使うと一度仙台駅まで出て乗り換えなくてはいけない。
「どうする?」
玲愛は憎々しげに誓詞を睨む。
「玲愛、いいじゃない、電車で行くとここからだと一度仙台まで移動しないといけないから一時間はかかっちゃうもの」
日月は誓詞の提案に乗る。
味方を得たりと、誓詞がにやりと笑った。玲愛はしぶしぶうなずくしかなかった。
「わかった、陸奥総社宮までは送ってもらうわ。でもそこまでや、神社の中にはついてこないで。聞き取り話うちらだけで行うわ」
ビシッと誓詞の鼻を抑えるように指を指す。
「了解了解。じゃあ、神社内でのレディたちのボディーガードは陽翔君にお願いするよ」
陽翔を振り返りにこやかに微笑む。なれなれしい。でもなぜか嫌な気がしない。不思議な雰囲気を醸し出している。
「え、あ、はい」
何の役にも立たないかもしれないが、神様がたくさんいるという神社の中だ。猫島のようなことにはならないだろう。
「そうと決まれば、さあ乗った乗った」
誓詞が山吹色をしたBe-1の後部座席の扉を開けて女性たちをエスコートした。
目指すは多賀城、神社モール『陸奥総社宮』
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
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