第二十二話:日月の過去
日月が奥の部屋に下がっていく足音が廊下に消えた。
玲愛が椅子を引いて陽翔のベッドの脇に座る。
「なあ、陽翔はん」
声が少し低くなった。
「あんさん、日月のこと好いとうやろ?」
「な!?何を言って……っいててて……」
玲愛の唐突な言葉に思わず身を起こしそうになり、全身の痛みに悶える。
「あははは、陽翔はんわかりやすいなぁ」
「そ、そんなんじゃありませんよ。あの人最初、俺のこと退治しようとしていたんですよ。それを……」
「せやなぁ」玲愛が日月の向かった部屋の方を見つめた。「ちょっと向こう見ずなとこあるけど、一生懸命やろ。ほっておけへんっちゅうか」
しみじみとつぶやく口ぶりは、まるで遠くに嫁いだ娘を案じる母のようだった。
「うちはな、あの子があんなに楽しそうに暮らしてるの見て、ほんまに安心したんや」
「……そんなに心配してたんですか」
「信じられへんかもしれへんけど」玲愛が苦笑した。「日月は京都にいたころ、全くしゃべらんような子やったんや」
「え?あんなに傍若無人で明るい日月先輩が?」
「ははは、言い過ぎやて!たしかに、想像できへんやろうな。私とだけは仲良うしてくれたんやけどな。他の人に日月は心を開かんかったんや」
陽翔は少し考えてから口を開いた。
「陰陽寮ではどうなんですか?この学校では怪しい娘って噂されてるみたいだけど、同じ陰陽師同士なら仲間もできそうじゃないですか」
「あかんねん」
玲愛の声に静かな怒りが混じった。
「むしろ陰陽師たちの方が、日月を締め出してる」
「なんで」
「日月の生まれについて、何か聞いとるか?」
「いいえ。陰陽師の家系だとしか……」
玲愛は一瞬迷う表情をしたが、かけていたメガネをはずしてわきのテーブルに置くと、話をつづけた。
「日月のお父はんは土御門宗一郎っていう陰陽師や。陰陽寮の中でも厳格で知られる土御門家の次期党首候補やった人や。十八年前、東北に逃げた羅刹鬼っちゅう鬼の討伐に単独で派遣されてな」
羅刹鬼、陽翔も名前くらいは聞いたことがある鬼だ。
「それで、退治できたんですか?」
「深手は負わせたけど、討伐には失敗してしもうたんや。羅刹鬼は今も行方不明や。宗一郎はんが京都に戻ってきた時——その腕に、赤ちゃんの日月を抱いてたんや」
陽翔は黙った。
「母親もわからへん。東北で何があったのか、何も説明しなかった。宗一郎はんは日月を親戚筋の安倍家に預けて、そのまま姿を消した」
「姿を消した……」
「そして、今も行方不明や」
田代島への船の上で、幸せな家族を見て悲し気な表情を浮かべた日月を思い出す。
陽翔はふとわいた疑問を口にする。
「お父さんは土御門なのに、なんで日月先輩の苗字は安倍なんですか?」
「それは、土御門家が日月を廃嫡したからやねん」
苦々しげな表情で玲愛が続ける。
「土御門家は陰陽寮の党首を務める家柄や。その当主が失踪して、しかも素性のわからん子供を残していった——土御門家は日月を認めなかった。鬼の子やないかっていう噂が広まってな」
「鬼の子……」
「根も葉もない話や。科学的な遺伝子検査や、霊的な検査も行われて、日月は間違いなく人間。宗一郎さんの娘で間違いないことは確認されてるねん。でも噂は消えへんかった」
玲愛の声は静かだったが、その静かさに怒りが滲んでいた。
「不憫に思った同じ安倍晴明の系統である安倍家が養子として引き取って育ててくれたんや。可愛がってもらえたけど、それでも肩身が狭い思いで育ったんは間違いない。自分を認めさせるには陰陽師として強くなるしかなかったんやと思うわ」
玲愛は悲しげな表情で続ける。
「こっちの学校に来る前な、日月は中高一貫の陰陽師養成学校に通ってたんねん。狭い業界やからな、みんな日月の出生については知っとった。陰陽師同士が集まる学校で、日月は一人やった。優秀な日月に対してやっかみもあったのかもしれん……」
今思い出しても腹が立つようで、玲愛はこぶしを握って苦しそうに話す。
「玲愛さんも同じ学校だったんですよね?」
しばらく沈黙が続いた。
「うちは……、一緒に行けへんかったんや」
玲愛は苦笑いを浮かべる。
「日月も言ってたやろ、うちには霊感が全くないねん。このメガネをかけなかったら幽霊も視えへん」テーブに置いたメガネを持ち上げレンズ越しに陽翔を眺める。
陽翔の体から湯気が立ち上る霊気のオーラを確認して。玲愛はメガネをテーブルに戻す。
「裸眼では霊気を視覚化できんし、道具がなければ術も使えん。日月のかよっとったんは陰陽師のエリート校やからな、普通の人間は門前払いや」
陰陽師はみんな人並外れた霊能力を持っていると思っていた陽翔に、玲愛の告白は意外だった。
「あ~、陽翔はん、そんな力のない陰陽師が阿弖流為の力を封じることができるのか不安になってるやろ」
「そ、そんなことありませんよ」
慌てて否定するが、玲愛が笑って続ける。
「安心せいや、うちは大学で陰陽科学の研究をしてんねん」
「陰陽科学?」
「せや、霊気っちゅう力のない人間には理解できない陰陽術や妖の存在を、現代科学でうちみたいに霊力の無い一般の人間にもわかるように解明する研究や」
妖怪や幽霊は科学では解明できないというのが常識だったが、今はそうではないようだ。
「へー、って大学生?玲愛さんてそんな年上だったんですか?すいません同い年くらいかと思ってました」
失礼はなかっただろうかと慌てる陽翔に玲愛は笑って答える。
「ああ、大丈夫やて。うちは日月と同じ年や。飛び級で大学に通いながら、陰陽寮技術部でも陰陽術の科学解析をやってるんや。霊感がなくても、仕組みを解明することはできるさかいな」
玲愛がそう言って、少し笑った。
「霊感のないうちは日月のそばにいてやれん。うちが日月にしてやれることには限りがあるんや。だから、日月の最も近くにいるあんさんは日月の味方でいてほしいんや」
陽翔は黙って聞いた。
「日月がここに来たのも、あんさんと出会ったのもきっと意味があると思うねん。守ってやってくれへんか。あの子のこと」
今までは陽翔がずっと守られてきた。でも玲愛の言う守るというのはそういうことではないのだろう。
「……二度も命を救われてますからね。」
「ありがとう」
玲愛が立ち上がりかけて、止まった。
「そうや、特別にうちだけが知ってる日月の秘密、教えたろか。何が知りたい?スリーサイズ?男の好み?」
「そんなのいいですよ!」
真っ赤になって首を振る陽翔に玲愛が笑う。
「じゃあ何か、他に聞きたいことあるか?」
陽翔は少し考えてから、ずっと気になっていたことを口にした。
「じゃあ、一つだけ……四聖獣って、ほんとにあの見た目が正しいんですか」
玲愛が吹き出した。
「なんで急にそれ」
「いや、ずっと気になってて、日月先輩はこっちが本物の姿だって言い張るんですけど……」
「あー」玲愛が白衣の袖で口元を押さえる。「それはな——式神ってのは、召喚者のイメージによって姿が変わるんや」
「イメージ?」
「召喚者が強くリアルな姿を思い描ければ、それに近い姿で現れる。でも日月って——絵が、壊滅的に苦手なんや」
「……それって関係あるんですか」
「大ありや」
玲愛が完全に笑い出した。
「四聖獣は中国から伝わった古文書などにも描かれてる。通常ならそういった『お手本』を見てイメージを固めるんやけどな、日月はそれが苦手やねん」
玲愛は昔のことを思い出したのか、一人で笑っている。
「あれでもかなーりましになったんやで、はじめはミミズがのたうったみたいな、わけのわからん物体があらわれてな、何度やってもうまくいかへんから、仕方なくうちがディフォルメされたキャラクターの絵を用意して何とか今の姿に固定したんや」
昔のことを思い出したのか、あふれる笑いをこらえ、ひーひーと息を整える。
「まあ、今はまだ日月が支配する影響が反映されとるが、式神たちが力をつけていけば、本来の姿を取り戻すこともあるやろう。それまではあのまん丸のままや」
「ああ、やっぱり日月先輩の式神が特別なんですね、おかしいと思ってましたよ」
陽翔も笑う。
そこに猫神の治療を終えた日月が部屋に戻ってきた。
楽しそうに笑う二人に日月は怪訝な表情を向ける。
「二人で何の話してたの?」
「安心せい」玲愛がにやりとした。「日月の男、とったりせえへんよ」
「れ、玲愛!陽翔君はそんなんじゃないから!」
真っ赤になって否定する日月を見て、玲愛が満足そうに笑った。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




