第二十一話:困ったときは神様に聞こう
「あたたた、あれ、ここは?」
ベッドの上で陽翔は目を覚ました。見覚えのない白い天井が、ぼんやりとした視界に浮かぶ。
胸の上がなんだか重い。見下ろすと、大きなこぶを頭に作ったハチワレ柄の猫が失神している。
「よかったー陽翔君、気が付いた」
日月がベッドに駆け寄ってくる。ベッドを覆っていた結界はすでに解かれていた。
ゆっくりと体を起こすと頭にズキンと痛みが走った。触るとなんだかこぶのように腫れている。どこかにぶつけただろうか?
意識がはっきりするにしたがって記憶が整理されていく。
「そうだ、化け猫!日月先輩けがは……痛っ」
体を起こそうとした瞬間、全身を電気が走ったような痛みが襲う。
「無理せんほうがええですよ」
関西弁の声が耳に入る。日月の隣に見知らぬ少女が立っていた。
「なんの訓練もせんと妖怪と戦かったんやし、無理やり体を酷使されてみたいやからなぁ、筋肉が悲鳴あげるんもしゃーないことやわ」
白衣を着た少女は金縁のメガネの奥で瞳を細くする。
「うん、ひとまず阿弖流為の意識は封印できたみたいやな」
「アテルイ?」
聞き覚えの無い名前に陽翔は首をかしげる。
「詳しくは後で話すわ。とにかくもう大丈夫、化け猫は退治したし、みんな無事よ」
日月がほっとした表情で陽翔を見ていた。
約一匹、無事じゃなさそうな猫神を日月が抱き上げると、隣に立つ少女を紹介してくれた。
「ほら前に話したでしょう、彼女は稗田 玲愛、私の長馴染で陰陽寮京都本部技術部所属の陰陽師」
日月が紹介する。玲愛は陽翔に向かって柔らかな笑みを浮かべた。
「陽翔はん、よろしゅうな。早速だけどあんさんの体に起ってることについて説明させてもらうわ」
*
「まず、あんさんの体を乗っ取って暴れたんは阿弖流為っちゅう、平安時代に実在した蝦夷の戦士や」
ベットの脇に並べた椅子に座って玲愛が言った。
「アテルイ?」
なんとなく聞いたことはあるが、歴史の授業でも習った覚えはない。そんな古い時代の怨霊がなぜ自分なんかに取り付いているのか、陽翔には何も思い当たることがなかった。
「それと、残念ながら陽翔はんからこの怨霊を引き離すことは不可能なんや」
「え?なんでですか」
玲愛の説明に思わず体を乗り出し、全身の痛みに顔をゆがめた。
今回は完全に意識を乗っ取られてしまっていた。日月たちがいなければ、今頃どうなっていたかわからない。
自分に取り付いたものの正体さえわかれば、陰陽寮の力で何とかしてくれるものだと思っていただけに、陽翔の驚きは計り知れなかった。
「それじゃ、俺はいつかまた……」
自分が自分で亡くなる恐怖に震えた。
「不安にさせてすまへんな。アテルイが除霊できない理由、説明するわ」
玲愛がメガネのフレームに触れた。霊視レンズが微かに光る。
「うちが調べたところ、陽翔はんの体の中には、魂核が一つしかないんや。魂核ってのはまあ、かんたんに言えば魂の根源みたいなもんや。霊的に存在する者なら体を持たないゆうでいであっても必ず一つ存在するんや。せやから、普通の憑依なら必ず、本人とは別に憑りついた存在の魂核が検出されるんはずなんや」
「一つしかないって、どういうことですか。じゃあ、そのアテルイってやつは魂を持たないんですか?」
「そうやない」
玲愛はゆっくりと首を振った。
「阿弖流為と陽翔はん、二人で一つの魂なんや」
「どういうことですか?」
「阿弖流為は陽翔はんの守護霊なんや」
玲愛が静かに言った。
「人間の魂は陰陽二つの理で成り立っている。表の自我——陽翔はんが陽翔はんとして生きる部分。そして裏の守護——霊的な危険から自我を守る部分。この二つがセットで一つの魂になってる」
「守護霊って、よく聞きますけど、なんなんですか?」
「一般的には先祖や縁の深い魂が守護について霊的にその存在を守っているんや。普通、本人が気づくことはほとんどないんやけどな。ただ……」
玲愛が一拍置いた。
「守護する存在が強すぎる場合、話が変わってくるんや。大妖怪や神、あるいは強い思いを持って死んだ怨霊——そういった存在が守護についていると、その力が現世の自我を侵食し始める」
「侵食って」
「自分の意志で体を動かせなくなる。強い感情がトリガーになって、守護の存在が表に出てきてしまうんや」
陽翔は自分の右腕を見た。袖の下に、文様の跡がうっすら残っている。
「阿弖流為は最初から陽翔はんの魂の一部として存在してた。外から取り憑いたわけやない。だから切り離せる別の魂がない——除霊は不可能や」
沈黙が落ちた。
日月が口を開いた。
「じゃあ、どうすれば」
「陽翔はん自身がアテルイと向き合うしかない」
玲愛が言い切った。
「自分の魂の中にいる存在や。逃げることはできへん。いつかちゃんと話し合わんといけない——それが唯一の方法や」
「話し合う、って」
玲愛は真剣な表情で陽翔を見つめる。
「まずは阿弖流為について知ることや。なぜ阿弖流為が朝廷を恨んでいるのか、ただ戦争で負けただけであれば1300年に連なる恨みを持つほどになるとは考えられへん。何かしらの理由があるはずや。まずはそれを知ることが阿弖流為と対話するための糸口になるはずや」
「そんな、ほとんど資料もない過去の出来事を調べるなんて……」
日月は諦めに近い声をあげる。
「資料なんてさがさんでもエエねん。知っとる人に聞けばいいんや」
「聞くって誰にですか?そんな長生きな人いませんよ」
陽翔の反論に玲愛はにいっと笑って答える。
「せやな、人間ならな」
玲愛のふくみのあるいいぶりに日月が気付いた。
「そうか!神様に聞けばいいのね!」
手をうちならしにこやかに言った。
「日本は八百万の神の国よ。この国が始まった頃から存在している神様たちが今も各地にいる。その神様たちに聞きに行けばいい」
「そういうことや。それに猫神様に日月たちを襲うように指示したっちゅう神様についての情報もあるかもしれへん」
日月の胸に抱かれた、大きなこぶを作って失神したままの猫神を見つめる。
「でも、そんな古い神様なんて見つかりますか?神社の数ってコンビニエンスストアの数より多いって聞きましたよ」
猫神が実在したのだ。ほかの神社にもそれぞれ神が存在するのだろう。しかし、蝦夷の時代のことを知っている神様がすぐに見つかるとは限らない。
「大丈夫よ陽翔君、この近くにはねこの地域の神社百社が集まる『神社モール』があるの」
神社モールなど、有名な郊外型ショッピングセンターみたいなものが本当に存在するのだろうか?
どちらにしろ陽翔に選択肢はない。まさに『神頼み』が唯一の方法なのだ。
「今日はもう遅いから、明日朝から出かけましょう。私は猫神様を寝かせてくるわね」
日月は抱きかかえた猫神を治療するため奥の部屋に下がっていった。
日月の姿が見えなくなると、陽翔の耳元に玲愛が話しかけた。
「……陽翔はん、ちょっと日月のことで話聞いてもろうてええか?」
なんだろうか、日月に聞かれてまずいことなのだろうか。疑問はあったが真剣な表情の玲愛を見て判断した。
「……わかりました」
陽翔は頷いた。頭のこぶがまだすこし痛んだ。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




