第二十話:稗田玲愛
船の汽笛が港への到着を告げる。
波止場にはいつもと同じキャメル色のスーツを着た加茂 誓詞の姿があった。
「日月ちゃんお疲れ様」
船を降りる日月に誓詞が声をかけた。
「なんで誓詞さんがここにいるんですか?」
驚きの顏で日月が尋ねる。
「調査をお願いしたのは僕だからね、時間もあったから迎えに来たのさ。ところで、それはどうしたんだい?」
そういって簀巻き状態で健太に担がれた陽翔の姿を見る。
姿隠しの術は使っているが、そんなものは加茂誓詞にかかれば意味はない。
健太は朝と同じ全身を覆う不審者ルック。それが布にくるまれた人間大の包みを担いでいるのだ。普通だったらだれがどう見ても怪しさ爆発の通報案件だ。
「これは、田代島で陽翔君が暴走してしまったの。どうやら阿弖流為っていう怨霊に意識を乗っ取られてしまったみたい。何とか抑え込んだんだけど私では手に負えなくて……。さっき陰陽寮本部に退魔氏の依頼をお願いしたから明日には来てもらえると思います」
日月が申し訳なさそうに話す。
「阿弖流為か、それは厄介だね。いや、僕の方こそすまなかった。陽翔君に取り付いている妖が危険なのはわかっていたはずなのに、無理をさせてしまったね。日月ちゃんのマンションに向かうんだろう?送っていくよ」
誓詞が愛車のBe-1の脇に立って車内に案内する。
後部座席に簀巻きの阿弖流為を押し込み、横に健太が座った。
助手席には日月が乗り込みその膝に白虎が座る。
さらにそれに続いてハチワレ柄の猫が乗り込もうとしたのを誓詞が止めた。
「ちょちょっと待って?日月ちゃん、式神増やしたのかい?」
乗り込もうとした猫神を後ろから抱き上げ、じっくり観察して誓詞が驚きの表情で日月を見た。
「ああ、違うんです。その子は田代島の猫神様で、どうやら誰かに私たちを襲うように命令されたらしいんだけど、その名前を言わないから連れてきたんです」
日月の説明に誓詞は「ふ~ん」とうなずき、猫神を眺める。
「離すのにゃ!我は美與利大明神なるぞ」
誓詞の腕の中でじたばたと暴れる。猫神が誓詞の顔を見てぴたりと動きを止めた。
「あれ?にゃんだか、お前のこと見たことあるような気が……」
「いいえ、猫神様、お初にお目りかかります。私は加茂誓詞と言います。どうぞお願いいたしますね」
ぴしゃりと否定した誓詞はすでに白虎でいっぱいの膝の上に猫神を預ける。白虎と密着することになった猫神は顔を真っ赤にして黙りこくった。
「さあ、暗くなる前に日月ちゃんのマンションに戻ろう」
誓詞は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
*
日月が住むマンションは仙台地下鉄泉中央駅からすぐの位置に建っていた。
十階建ての最上階に位置する3LDKの部屋は、宮城で活動する陰陽寮の職員用社宅なのだが、今利用しているのは日月一人だけだ。
部屋に運ばれた陽翔の体は、魔封じの結界と強力な退魔札で囲い清められたベッドに寝かされる。
陰陽寮が誇る最高級の結界は、上級妖怪ですら容易には破れない。
「貴様ら!我を解放せよ!」
簀巻きから解かれた阿弖流為の怒号が部屋に響いていた。
日月はベッドの結界が発動するのを確認して、やっと緊張を緩めた。
「ふう、疲れた……」
強力な封印を維持して阿弖流為を押さえ込んでいた日月は、ようやく一息つく。
「部長、お疲れ様です。お茶を入れてきますね」
健太がスリッパの音を響かせて部屋を出ていく。部屋の隅で手伝いもせずに眺めていた誓詞が、軽い調子で言った。
「いや~、よくできた人体模型君だねぇ。うちの署にも一体ほしいものだ」
誓詞は部屋を見回しながら、無意識に懐からタバコを取り出す。
「誓詞さん、この家は禁煙です」
「おっと、失礼」
昭和を感じさせる仕草で自らの頭を叩く誓詞。そんなボケにツッコむ気力すら、日月には残っていなかった。
後頭部をポリポリと掻いて誓詞は立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ失礼するよ」
「あれ、加茂さん、もう帰られるんですか?」
お茶を運んできた健太が声を上げた。
「すまないね。報告書が山積みなんだ」誓詞は健太の肩に手を置く。「そろそろおまえさんも学校に戻った方がいい。ほかの部員たちも心配してるぞ」
そうだそうだと健太を促し、部屋の外へ連れ出す。健太は後ろ髪を引かれるように日月を振り返った。
「でも大丈夫ですか? 部長を襲ったあのアテルイとかいう男と猫神がいるのに、一人にするなんて……」
「大丈夫さ。男は結界の中だし、猫神は田代島を離れたら大した力はない。ゆっくりさせてやるのも優しさってもんだ」
誓詞に押しだされるように健太は玄関に運ばれる。靴を履こうとしゃがんだその時、チャイムも鳴らさずに玄関扉が開き、一人の少女が飛び込んできた。
「ひづき~! えらい事件に巻き込まれはったって本当かぁ!」
年のころは日月と同じくらい。肩までのピンクアッシュの髪が、走ってきたせいで毛先が跳ねていた。
白衣の下に陰陽寮の紋章が入った紺シャツ。背中には大きなリュックを背負い、腰のベルトに呪符や見慣れない計測機器がぶら下がっている。
*
少女は玄関に立つキャメルスーツ姿の男を目にして眉をひそめた。
「げっ、加茂誓詞」
玄関で誓詞と鉢合わせた少女は、露骨な嫌悪感を顔に浮かべる。
「目上の人への態度がなってないなぁ、玲愛ちゃん。『ダンディな誓詞様、ごきげんよう』が正解だろ?」
からかうように誓詞が笑う。
「相変わらず面白い方やなぁ。うち、ちょっと急いでおりますねん……どうぞお構いなく」
言葉は丁寧だが、明確な拒絶の意思が込められている。少女はわざと誓詞の体を押しのけて部屋に上がる。
そんな少女の態度に構うことなく軽薄な態度でその背中に声をかける。
「京都の祭事以来だね。久しぶり、一緒にお茶でもどうだい?」
「間に合ってますぅ」
ふりかえり、あっかんベーと舌を出す。
「帰るとこやったんなら、さっさと行きーや」
誓詞の体を無理やり玄関の外に押し出す。
「あほんだら~!」
玲愛はポケットから清めの塩を取り出すと、玄関ドアにぶちまける。
「あの、誓詞さんと何かあったんですか?」突然現れた少女に健太が驚いた顔で訊ねると、玲愛は鼻を鳴らした。
「あいつ、なーんか怪しいねん。配属される先々で必ずなんか事件が起きてるんやで、なのに本人にはなんの嫌疑もかからん。怪しすぎるんや。しかも今回は日月と一緒に仙台に配属されるやなんて、ずっと心配しとったんや」
健太は「なるほど...」と納得したような表情を浮かべた。
「ああ、そうや模型ちゃん。あいつがここからちゃんと帰るか見張っといてんか、どうせあんさんも帰るとこだったんやろ?」
健太が変装用の服が詰まったカバンを持っているのを見て少女は言った。
「まあ、そうですが……」
「じゃあ頼んだで!」
押し出すように健太も玄関の外に締め出すと、鍵とチェーンロックをしっかりとかけた。
ドアののぞき窓から二人が立ち去るのを確認すると、慌てて日月の元へ向かった。
「聞いたで、日月。蝦夷の亡霊と化け猫を退治したんやて。ホンマ心配させんといて~な」
いきなり駆け込んできた少女をみて日月が言った。
「え、玲愛? どうしてここに?」
「なに言うてんの? 陰陽寮に依頼したんやろ? 親友のピンチやねん、飛んでくるの当たり前やんか!」
玲愛は腕をまくってガッツポーズを作る。確かに田代島からの帰りに、陽翔の解呪のため応援を要請はしていた。だがこれほど早く来てくれるとは。
「うちにまかしときぃ。日月が大切にしている男や、うちが必ず取り戻したるさかい」
「お、男とかそんなんじゃないわよ! ただの後輩で、監視対象なだけ!」
真っ赤になって否定する日月を無視し、玲愛は懐から取り出したメガネをかける。
「これは霊視用レンズが入った専用メガネや、すぐ診察するからまってーな」
と、右手でメガネを整えながらベッドに固定された阿弖流為を覗き込む。
「おっとこまえやん。どれどれ……あ~、随分と因果の糸が絡んでるなぁ。分離は無理っぽいか……、おっけー、ひとまず眠らせるわ」
心配そうに見つめる日月の袖を引いて、猫神が尋ねた。
「なんなのにゃ、あのねーちゃんは」
「彼女は稗田玲愛。私と同じ陰陽寮の陰陽師よ」
「本当に陰陽師にゃのか? それにしては全然霊波動を感じにゃいな。一般人とほとんど変わらないじゃにゃいか」
「彼女は陰陽寮でも数人しか所属していない技術部の所属なの。霊的な術は使えないけど、その仕組みを現代科学で解析するのが仕事よ」
日月の言葉からは彼女に対する信頼を感じることができた。
「そうやで! 陰陽術やって現代版にアップデートしていかなあかんよ」
玲愛は猫神をひょいと掴み上げる。
「な、何するにゃ!」首の後ろを掴まれ持ち上げられる猫神。
玲愛は霊視メガネを通してつまみ上げた猫神の体を観察する。
「うん、ちょうどいい触媒や。猫はん、ちょっと結界の中入ってくれへん?」
「にゃにー!なんでそんなことをするにゃ!」
「ダメージの半分受け止めてもらうだけや。死にはしませんって」
「にゃんだとー!」
玲愛はそのまま猫神を結界内に投げ込んだ。
「なにするにゃー!」
阿弖流為とともに結界に閉じ込められた猫神が内側から結界の壁を爪でひっかく。もちろん、陰陽寮自慢の結界がそんなもので傷つくはずもない。
猫神の様子をよそに、玲愛は背負っていたリュックサックからノートパソコンと、物騒な大きさのハンマーを取り出した。
おもちゃで売っているピコピコハンマーほどの大きさだが、もちろんそんな柔らかいものではない。遷宮でお役御免になった御柱から切り出した退魔の槌だ。木製とはいえ、当たり所が悪ければ致命傷にもなりかねない。
「ちょ、ちょっと玲愛! まさかそれで殴る気?」
「にゃにー!」
日月に猫神、それに阿弖流為までもが恐怖の表情を浮かべる。
「お、女よ! 考え直せ。この体の主まで死んでしまうぞ」
「うっさいなぁ。あんさんが出ていかへんからこないな面倒になってるんやろ。大丈夫、ダメージの半分は一緒に結界内にいる猫はんが受け止めてくれるはずやから、死にはしませんやろ」
玲愛はパソコンの画面を見つめ、何かを計算している。数分の時間をかけて難しい式を解いていく。力学だけではない。方位磁針とパソコンの画面に表示された式版の表示を照らし合わせながら、地脈の流れをデジタル解析し、この世界に流れる気をすべて計算に当てはめていく。
「ふんふん、未申の方角から丑寅に向けてこんな感じかぁ。よし、分かった」
すっくと立ち上がった玲愛は退魔の槌をぶんぶんと振り回す。
「ついでにっと」
槌を壁に打ち付ける。震度2くらいの揺れが起こった。
「ちょっと、玲愛! 部屋を壊さないで!」
「ゴメンゴメン、ちょっと虫がいはったんでな。害虫駆除や」
「そういうことはもっと穏やかにお願い」
日月は額を押さえる。
「ウォーミングアップも済んだことやし、一発いっとこか」
玲愛は力いっぱいに陽翔の頭に巨大な槌を殴り下ろした。
*
日月のマンションを出て健太を学校に送り届けた誓詞は、車の窓を開けタバコを取り出して火をつける。
「おん だいげん あきめ そわか」
小さな声で唱えると、タバコの煙の中に先ほどまでいた部屋の様子が浮かび上がる。阿弖流為を封印する儀式の光景が映し出された。
「おお、ぐっとたいみんぐ。はてさてあのやっかいな怨霊をどうやっておさえる気なのかな、お手並み拝見」
詳しく見ようと顔を近づけた瞬間、画面いっぱいに打ち付けられる槌の映像がアップで映る。
「ん? どわぁあぁあ!」
直接ダメージがあるわけではないが、さすがに驚く。
誓詞は思わずタバコを落とし、ひっくり返りそうになる。どうやら部屋に残してきた盗撮用の式蜘蛛に玲愛が気付いたらしい。
「稗田玲愛か。陰陽寮も面倒な女を送り込んできてくれたな」
そうつぶやいた時、自分の腿に熱を感じる。
「ん? うわっ、あっつっ!」
落としたタバコは、一張羅のスーツのズボンに大きな焦げ跡を作っていた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




