第十九話:旅立ち
阿弖流為。日月もその名前には聞き覚えがあった。
幼いころよく連れられて行った、京都の清水寺。
その本堂の南に阿弖流為の碑は建立されていた。
阿弖流為とは、かつて東北地方を支配していた蝦夷と呼ばれる部族の戦士。
朝廷から派遣された坂上田村麻呂との戦いで、民衆の命と引き換えに投降、京の都にて処刑された人物。
何ということもない石碑だったが、なぜか幼いながらその名は記憶に深く刻まれていた。
「阿弖流為……照井、テルイ。まさか、陽翔君は阿弖流為の血縁者?でもなんで今になってそんな過去の戦士がこの時代に蘇るのよ。蝦夷の戦いは千三百年以上も前に終わっているのよ。あなたたちは敗れたの」
「そうだ、我が奴の言葉を信じたばかりに……、母禮までもが殺された……、我は独りになってでも朝廷を討つ」
その言葉には底知れぬ怨念が込められていた。阿弖流為――征夷大将軍・坂上田村麻呂との戦いに敗れ、大和の地で処刑された蝦夷の戦士。その怨念は想像を絶するものがあったに違いない。 怨霊となってもおかしくない意思の力を感じる。
「馬鹿言わないでよ!日本を滅ぼすつもり!?さっさと消えて照井君を戻しなさいよっ」
日月は思わず拳を握り、阿弖流為に憑依された陽翔の頭を叩いた。
まさかの行動に阿弖流為も驚きの声をあげる。
「動けぬ我を殴るとは……小娘が、後で覚えておれ」
それだけ言うと、阿弖流為はもう何も話すことはなくなっていた。黙って目を閉じ、じっと力を蓄えているように見える。
全身に浮かび上がった青白い刺青は今も淡い光を放ち続けている。
「陽翔さん、大丈夫なんですか?」
自分の方がよっぽど大丈夫でなさそうな健太も、阿弖流為に支配された陽翔の体を覗き込む。
「除霊するにも、ここでは設備が足りないわ。このままの状態で連れ帰るしかないわね」
手足を光の輪で縛られた陽翔を見下ろし息を吐く。
「それより、健太君の方が重症じゃない」
ボロボロの人体模型に付いた泥を払う。
体を貫いていた剣は、阿弖流為の手を離れたことで元のひしゃげた錫杖へ姿を戻していた。
「大丈夫です。強化プラスチックですから」
はははと笑って体を貫く金属の棒を引き抜く。
「言っとくけど、強化プラスチックってそこまで強くないからね!すぐ直すから待ってなさい」
そういって真っ赤なペンギン、いや朱雀を呼び寄せる。
「スーちゃん私たちの傷を癒して」
日月に促され、朱雀は短いくちばしから健太と日月に向けて炎を吐く。朱雀の力、癒しの炎だ。
ふたりの体が光る炎に包まれ、傷が癒えていく。
炎が消えると二人の傷はきれいに消え去っていた。だが健太の内臓は空っぽのままだ。傷はいえても失ったものが戻るわけではない。
「ありがとうございました。ちょっとおなかがスースーしますね」
空っぽの体内をなぞりながら健太が礼を述べる。
「そ、その、なんにゃ。島民を守ってくれてありがとうなのにゃ」
落ち着きを取り戻した日月の足元にハチワレ柄の猫神が申し訳なさそうに立っていた。
冷たい視線で猫神を見下ろす。
「神様とはいえ、人間を操って私たちを襲わせるなんて、これは相当な事態よ。この後始末、どうするつもり?」
陽翔の件もあり、日月の声には苛立ちが滲んでいた。
「すまなかった」猫神は耳を垂れる。「島のことは心配せずとも。わしの力で記憶を書き換えておく。これでも神じゃからな、この島に限れば神がかった奇跡も起こせる」
そう言うと空に向かって腕を回した。すると、暗雲に覆われていた島に青空が広がっていく。天候を操る――それは並の妖には不可能な芸当だ。この猫神の言葉が真実であることを、日月は悟った。
「迷惑をかけた詫びじゃ。散り散りになった仲間の体も、島のみんなに頼んで集めておいた」
猫のひげを生やした島民が、袋を抱えてやってきた。健太の内臓だった。猫神の指示で、散り散りになった部品を島民が集めてくれていたらしい。
「お礼なんて言わないわよ」
内臓のパーツが入った袋を受け取り、健太に渡す。
袋の中から目玉とりだし顔にはめた健太は、瞳をぐるぐる回して具合を確かめていた。
港に集まった観光客や島民の顔からは、すでに猫のひげが消えていた。ぼんやりとした様子でそれぞれの場所に戻っていく。記憶の書き換えが始まっているようだった。
日月が猫神を見た。
「それと、猫神様には私たちと一緒に来てもらうわ」
「にゃ、にゃにー!わしはこの島の守り神にゃ!離れるわけにいかないにゃ」
「まだ話は終わっていないわ。あなたに指示を出した上位神の名前を聞くまでは付き合ってもらうわよ」
「にゃんだと!」
「この島は今、霊的に安定している。少しの間あなたが離れても問題ないはずよ」
「い、いやだにゃ~」
逃げようとする猫神の行く手を白虎がふさぐ。
はじめは恐怖と驚きを浮かべた猫神だったが、次第にその表情が変わっていった。
猫神は白虎の美しい毛並みに目を奪われていた。
「にゃ、にゃんて美しい……」
目の中にハートが浮かぶ。
「シロさんって雌なんですか?」
自分の体に内臓をはめ込みながら健太が尋ねる。
「ええ、うちの式神たちはみんな雌なんだけど、まさか猫神様シロちゃんに恋しちゃったの?」
日月の声も聞こえないのか、猫神は白虎を見つめ続けていた。
「ね、猫神様?」
日月が恐る恐るたずねる。
「……行くにゃ」
「え?」
「だからお前たちについて行ってやるにゃ」
横目でちらちらと白虎を見ながら猫神がつぶやく。
港の石畳に、ポンタが静かに横たわっていた。四肢を縫い留めていた矢は消えていたが、力を使い果たして眠っているようだ。島中の猫たちがポンタの周りに集まり、体を寄せ合っていた。
猫神がポンタを見た。
「……ポンタ」
猫神が低く呼びかけた。
ポンタの耳がぴくりと動く。薄く目を開けた。
「しばらく、留守を頼む」
ポンタが低く鳴いた。
「じゃあ一緒に来てもらうわ。よろしくね猫神様」
にやにやしながら日月は猫神に言った。
内臓を戻した健太が光の輪で拘束された陽翔を担ぎ上げて連絡船に運ぶ。
日月は白虎以外の式神を髪飾りに戻し、自身も連絡船に乗り込んだ。
「みゃう!」
白虎は猫神をいざなうように短く鳴くと、船に乗り込む。
続いて猫神は乗り込んだのを確認すると、日月は「出航して」と一言告げた。
連絡船は猫神を乗せたまま、静かに田代島を後にしていく。岸辺で一部始終を見守っていたカラスも、黒い翼を広げて島を離れた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




