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神鬼狂乱~女子高生陰陽師広報・安倍日月と荒覇吐の神~  作者: 杜宮みやび


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序章:川で出合ったのはカッパでした

 カッパがいた。

 いや、何を言ってるのかと思うかもしれない。

 だが、それは間違いなくカッパだった。

 

 大きさは小学生くらい。

 背中には甲羅。体はぬめるような緑色。

 そして頭の上には――大きな皿。

 

 川からゆっくりと上がったその存在は水かきのついた手でひさしを作った。

 何かを探すようにきょろきょろと周囲を見回している。

 

 少年は人ならざるその異様な姿に目を奪われ固まった。

 

 カッパは河川敷の草の上を、ペタペタと歩く。

 水かきのついた蟹股の足で、妙にコミカルな動きだ。

 ときどき、ふんふんとくちばしに空いた鼻の穴のような部分でにおいを嗅いでいる。

 

 カッパは河川敷から少年の存在を見つけて動きを止めた。

 赤い瞳が少年をとらえる。

 目を細め、三角のくちばしの口角がゆっくり上がった。

「ウマソウナニオイ、オマエ、カ」

 

 

 照井陽翔(てるい はると)

 十五歳。


 岩手県の山間部の中学校を卒業して、この春に仙台へ越してきたばかり。

 

 昔から、妙なものが見えていた。


 人には見えないはずのもの。

 いるはずのないもの。


 だから、ずっと思っていた。


 自分は普通ではないのだと。


 その思い込みが自然と人との距離を遠ざけていた。

 

 地元を離れ一人仙台の高校を受験したのは、新しい場所で、もう一度「普通」をやり直せたらという思いがあったのかもしれない。

 

 何かに突き動かされるように、親や教師の勧めを無視し勝手に仙台の高校を受験した。


 当時は絶対にそうしなければならないと言う強い意思が働いていた。


 しかし、今になって考えるとあれは本当に自分の意思だったのか自信はない。

 なぜそこまでして岩手を離れなければならなかったのか、なぜそれが仙台だったのかは、自分でもよくわかってはいない。


 あんなふうに変なものが見えるのは、静かな田舎で育ったせいだ。

 人も多くて情報も多い。都市部ならば普通に生きられる。この変な力も仙台に来れば、消えるはずだ。そう思っていた。


 しかし、その楽観は、越してきた翌日の夕方に、あっさりと裏切られた。



          *



 七北田川沿いの遊歩道を歩いていたのは、単純に道に迷ったからだった。


 引っ越したばかりでまだ土地勘がない陽翔は、明日から通う学校までの帰り道を下見に歩いていた。

 学校までの道のりにはいくつか選択肢があったが、どうせなら住宅地ではなく景色のいい川沿いの道も調べてみよう。

 などと思ったのが運のつきだった。


 川沿いをたどれば大通りに出られるだろうという雑な判断で土手を歩いていた陽翔は、橙色に染まる空を移す川面にあの存在を発見してしまったのだ。


 こっちを見ている。

 

 危険を感じた陽翔は逃げようと一歩後ずさる。足が震えて今にも腰が抜けてしまいそうだ。

 今までにもおかしなものはたくさん見てきた。しかしここまであからさまに興味を持たれたのは初めてだった。

 

 うまそうって言ったか?まさか俺を食べる気か?

 

 逃げなくては、

 そう思うが視線を外すことができない。


 その間にも、緑色の存在は一歩ずつ河川敷の崖を登ってきている。


 真っ赤な瞳は陽翔に注がれたままだ。

 

 不気味に笑う表情で頭をかくかくと揺らしながら、カッパは着実に陽翔に近づいてくる。


 土手の道の上まで登り切ったカッパが数メートルに迫る。ゆっくり水かきのついた両腕をはこちらに伸ばしながら一歩ずつ近づく。


 カッパの腕が陽翔をつかむ。その瞬間、

 陽翔の右腕に、熱が走った。


 袖の中で何かが光る感覚。


 ちらりと視線を落とすと、皮膚の表面に青い文様のようなものが浮き上がりかけていた。

 陽翔に触れようとしていたカッパは、その異様な光におびえ手を引っ込める。


 何が起こったのかわからない。おびえた表情を浮かべたカッパに視線をそらした一瞬でその光はもう消えていた。


 何だったのだろうか。自分の身に起こった現象に疑問はあるものの、まだ目の前には憎々しげな表情に変わったカッパが立っている。

 今は何とかなったが、次またあの光の現象が発生するとも限らない。


 危機はまだ目の前にある。


 逃げなくては、そうは思うのだが、体が動かない。

 何だろう、さっきから何かが体の奥から湧き上がろうとしている。


 怒りではない。恐怖でもない。

 もっと古い、言葉にならない何か。それがじわりと体の表面に浸み出てくる感覚があった。


 警戒していたカッパだったが、いつまでも動かない陽翔を見て、再びその腕を伸ばしてきた。

 

 自分の意識が追いやられていく。


 気絶するのとは違う。何か別の石に自分の体が乗っ取られていくようだ……

 

 再びあの腕が発光した時と同じ感覚が陽翔の体を襲う。

 

 カッパの手が体に触れる、自分の意識が体から切り離される、、、、

 

 しかし、その瞬間。目の前のカッパはすごい勢いでぶつかってきた白いボールのような存在に弾き飛ばされた。

 風に翻弄されるごみ袋のように、カッパは砂利道の上を転がる。


 ぶつかってきたのはボールではなかった。

 丸々と太った白い虎模様の猫。

 

 ふらふらと立ち上がるカッパがこちらを睨むが、そのカッパに向けて白虎の猫はシャーっと毛を逆立てて威嚇する。

 その威圧におびえたのか、転がるように土手を下り大きな水しぶきとともに川に帰っていった。


 助かったのか?

 緊張が解けて腰を抜かした陽翔はその場にしりもちをつく。


 いつの間にか体の自由も戻り、あの沸き上がるような感覚も消えていた。

 

 恐怖で呼吸をすることすら忘れていた。空気を求めてあえぐように荒い息をする陽翔の耳に、軽い足音が聞こえてきた。


 「大丈夫?立てる?」

 声のほうを向くと、そこには誰かが立っている。

 茶色いローファーから黒いタイツに包まれた細い脚が伸びる。

 その足元には先ほどカッパに体当たりをして追い払ってくれた白い虎猫がまとわりついていた。

 

 ゆっくり視線を上げると、それは制服姿の少女だった。


 なんとなく見覚えのある制服を着ている。

 自分と同い年か、少し上だろうか。

 肩にかかるほどの長さをもった艶のある黒髪。

 斜めに流れた前髪の向こうに、こちらを見下ろす瞳がある。

 覗き込む少女の頬の横には特徴的な星形の髪飾りが飾られた四本のみつあみが揺れていた。

 

 心配して覗き込む少女の顔が近い。

 整った顔立ちの美少女だ。

 髪色と同じやや紫がかったくりくりとした瞳、透き通るような白い肌、形のいい唇から発せられる声は凛とした芯の強さを感じる。

 陽翔は思わず顔を赤らめる。


「本当に大丈夫?もしかしてすでに尻子玉抜かれちゃったのかしら?」


「え?尻子玉?い、いえ、大丈夫です……多分」


「そう、よかった」


 彼女が離れたので、陽翔もゆっくりと立ち上がる。体に異常はないようだ。

 触れられる寸前にあの猫がカッパは追い払ってくれた。

 なんだか腕が光ったような気がしたが、あれもきっとカッパに襲われた恐怖から来るものだったんだろう。

 

 「ホントに大丈夫?」

 

 自分の腕をまじまじと眺めている陽翔に、けげんな瞳を向けて少女がもう一度言った。


 「あ、はい……なんともないです。あ、助けてくれたんですよね。ありがとうございます」

 姿勢を正し少女に頭を下げる。

 

 少女は数秒間、何かを確認するように陽翔の顔をじっと見た。美少女に見つめられて陽翔の心臓の鼓動が早くなる。

 

 それから少女の視線が、陽翔の右腕に落ちた。

 さっき青い光が走った場所を、まるで知っているかのように。

 

「うん、なるほどね」

 それだけ言って踵を返した。急に歩き出したご主人様を追って白猫もぽてぽてと短い手足を動かしてついて行く。


 「ちょ、あの、名前を……」


 声をかけたが、少女はもう振り向かなかった。

 陽翔が見つめる中、夕暮れの遊歩道の曲がり角に消えていった。



          *


 夕暮れが川面を照らす。

 河川敷の上の遊歩道には、陽翔一人が残された。

 

 川の音だけが聞こえる。

 

 今、何が起きた。カッパに襲われた。腕が光った。

 猫が助けた。美少女が現れた。「なるほど」と言って去った。

 

「なにが、なるほどなんだよ」

 

 処理しきれない出来事が頭の中で渋滞している。

 陽翔はとりあえず袖をめくって自分の右腕を見た。

 何もない。見慣れた普通の肌だ。

 

 「大丈夫かい?」

 

 突然、背後から声がかかった。

 

 自分の世界に集中していた陽翔は驚きで体を震わせる。


「ああ、驚かせてしまったみたいだね、ゴメンゴメン」


 慌てて振り返った陽翔の背後にはくすんだキャメル色のスーツ姿の男が立っていた。

 あまり手入れをしていないのかスーツにはしわが目立つ。


 年齢は三十代か四十代だろうか。

 170㎝ある陽翔よりも背が高いが細身で華奢に見える。


 肩まで伸びる乱れた長髪を後ろで一つに縛り、煙草を口の端にくわえていた。

 一昔流行ったドラマに登場する、さえない探偵のような風貌だ。

 どう見ても怪しいおじさんなのだが、屈託のない笑顔は不思議と嫌悪感はわかない。

 

 男は剃り残しのある顎をさすりながら申し訳なさそうに語り掛けてくる。


「すまないね、ここでカッパに襲われている一般人がいるって通報が入ってさ」


 通報?陽翔の顔に疑問が浮かんだのを察した男は懐から手帳を取り出して陽翔の前で開く。

 そこには泉警察署、生活安全課 加茂誓詞(かも せいし)と書かれてあった。


 岩手では警察が妖怪の取り締まりしているところなど見たことも聞いたこともない。

 都会では当たり前なのだろうか?


 「け、警察ってカッパ被害にも対応しているんですか?」


 陽翔の質問に、加茂誓詞と名乗った男は笑い出した。


 「ははは、面白いね君。普通はそんなことしないさ」

 

 男は周囲をきょろきょろと見回すと少し背を屈め、ちょいちょいと手招きで陽翔を誘った。

 いぶかしみながらも陽翔は男に顔を近づける。


 「ここだけの話、僕はちょっと特殊でね。警官でもあると同時にとある別の組織にも所属しているんだ」

 陽翔に聞こえるようにだけ男が小声で話す。


 「さっきの"いきもの"はいわゆるカッパというやつでね。人間の霊力を尻子玉というたまに加工して食べる習性がある」


 「霊力……」

 漫画みたいな話を男は真剣な表情で陽翔に告げた。


 「そう。君みたいに波動が強い人は、特に目をつけられやすい。仙台に引っ越してきたばかりだろう?土地の妖がまだ君のことを狙うだろうから、しばらくは気をつけた方がいい」

 

 そういうと懐から一枚の札を取り出し陽翔に手わたした。


 「ひとまず今日はこれを持ってるといい。簡易的な妖よけだ」

 「あ、ありがとうございます」

 陽翔は素直に受け取る。


 男は札を受け取った陽翔の手をじっと見つめ続けている。

「あ、あの、なにか?」

「いやいや、何でもないよ。ああ、そうだ何かあったらここに電話してくれ、力になれると思うよ」

 そういって今度は名刺を差し出す。

『泉警察署 生活安全課 加茂誓詞』

 名刺には連絡先の携帯番号も書かれている。


「あ、あの、さっきの彼女のことも知っていますか?」

 名前も名乗らず立ち去って行った彼女のことが気になっていた。


 「ああ、彼女はね」そこまで言って口ごもる。「そうだな、あまりレディのことを勝手に話すのもよくないね。詳しくは本人から聞くといいさ。心配しなくていい。たぶんすぐにまた会えるよ」


 「はあ、」

 陽翔が気のない返事をかえし、手元のお札と名刺を見つめる。

「じゃあな少年、明日学校に行くまでそのお札は手放すんじゃないぞ」

 

 そう言い残し、男は手を振りながら去っていった。

 

 

 夕陽が沈んでいく。橙色の空が、少しずつ暗くなり始めていた。

神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~




スタートします。


ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!




最後までお付き合いお願いします。

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