第十七話:変質する陽翔
港の街灯に止まったカラスは、黒曜石のような瞳で下界の様子を見下ろしていた。
この島で起きる全ての出来事を静かに観察している。
巨大な化け猫が少女を打ち倒した瞬間、少年の中に潜む《何か》の目覚めを感じた。人の世の理から外れた現象が、確かにそこで起ころうとしていた。
少年の体から立ち昇る霊気が、周囲の空気を歪めていく。青い刺青が少年の肌を這うように広がり、やがて全身を覆い尽くす。細い少年の体が、みるみる戦士のそれへと作り変えられていく。
髪は逆立ち、青く光る刺青が顔にも広がる。
瞳は金色に輝き、目の前に立つ大きな化け猫に視線が向けられた。
姿勢が違った。表情が違った。さっきまでのおどおどした雰囲気は、跡形もない。
「……な、なんなのにゃ……」
猫神が一歩後退した。
ポンタが唸る。しかし前には出ない。トラックほどの巨体が、じりじりと後退し始める。
陽翔は地面を見回し、日月の使っていた錫杖を見つけて拾い上げる。ポンタの攻撃を受け続けたため杖頭はひしゃげ、軸もくの字に曲がってしまっている。
無表情で壊れた杖頭を引きちぎると、棒だけになった錫杖をぶんぶんと振り回す。
「ふんっ!」
陽翔が力をこめると、それはただの棒から緩いカーブを持った短剣へと姿を変えた。
持ち手には蕨の芽出しのような独特な渦巻き模様の装飾が施されている。
陽翔は刀を握った右腕を伸ばし、ポンタに向ける。
陽翔の体が、ゆっくりと低く沈むと、強く地面を蹴った。
一瞬の閃光。少年の姿が消え、次に現れたのは化け猫の首筋。
人の子とは思えぬ速度で間合いを詰め、切っ先が虚空を切り裂く。
化け猫はその巨体で僅かに身を躱すが、少年の動きは止まらない。まるで古の舞のように優美に踊り、すれ違いざま化け猫の背を深く抉る。
化け猫の悲鳴が港に響き渡る。その声は人と獣の狭間を彷徨うような、不気味な響きを持っていた。
化け猫は少年に向き直り、警戒しながら背中の傷をなめる。そのそばから傷はふさがっていった。
いきなり豹変した陽翔の姿に驚いた猫神だったが、自分はこの島では無敵の神であることを思い出しポンタに命令する。
「にゃんびとたりとも、この島でワシに逆らうことなど許さないにゃ!」
ポンタは自分を鼓舞するように嘶き、陽翔に襲い掛かる。
丸太のような前足が振り下ろされるが、そこに陽翔はいない。
空を切った右前足を上にはねて避けていた陽翔が落下の速度を利用して貫く。
「にぎゃおぉうぅぅ」
ポンタが叫び声をあげて暴れる。陽翔は大きく後ろへ飛んだ。
貫かれた前足をぺろぺろと舐めるとまたしても傷はふさがっていく。
陽翔口から呟きがこぼれる。『面倒な妖だ』
再び襲い掛かろうとするポンタを前に、陽翔は手に持った剣を握りなおす。
剣は手の中で姿を変えた。今度は古式の弓が出現する。
ポンタが地面を蹴ってとびかかってきた。
陽翔は慌てず弦を引く。引き絞られた弓に青い光の矢があらわれ、すぐさま放たれる。
矢は青い光を纏いながら虚空を切り裂き、化け猫の額を打ち抜ぬいた。
青い光の矢を受けたポンタは大きく体をそらし、その場に倒れる。
「にゃにゃにゃ~!」
頭の上に立っていた猫神もたまらず振り落とされ、ゴムまりのように転がった。
『また動き出されても厄介だな』
額を撃ち抜かれ倒れても、ポンタは自分に刺さった矢を引き抜こうともがいていた。
そこに向けて陽翔が続けざまに4本の矢を放つ。
神通力を帯びた矢は、弧を描いて地面に倒れた化け猫の四肢を地面に縫い留めた。
ポンタはその大きな体を震わせるが、地面に縫い付けられた矢は全く緩む気配はなかった。
*
体中が痛い。
打ち付けた肩を押さえて立ち上がった日月は、額から流れる血をふきとることもなく陽翔の戦闘に目を奪われていた。
全身から青白い光を放ちながら、舞うように剣を振るう。
今まで見たことのあるどの剣術とも違う。風に運ばれる木の葉のように、流れるような体捌きに目が離せなかった。
「あれは、陽翔君なの?」
日月が見つめる先で、ポンタを倒しその体を地面に打ち付けた陽翔は、次の獲物を探す。
周囲には手に手に包丁や鎌などを持って集まった操られた島民がいる。その姿を見て陽翔は敵と認識した。
手にした弓を再び特徴的なそりのある剣に変え、島民に切りかかっていく。
『ウォー――』
陽翔の雄たけびとともに振り下ろされる攻撃を島民が何とか避ける。操られているだけの人々は「なーごなーご」と繰り返し唱えるだけでそれ以上の攻撃はしてこない。
いくらこの島の神だとは言え、すべての人間を完璧に操ることは不可能だ。
おそらく日月たちを逃がさないように脅かすくらいの命令しか与えられていないのだろう。
操り人形のような動きしか行えない人間と違い、島の猫たちは島の人々を守るかのように次々と陽翔に襲い掛かっていった。
黒猫がとびかかり、チャトラがアキレス腱にかみつく。三毛猫が爪を立てて背中に張り付くなど、森での健太のように陽翔に向かって島中の猫が襲い掛かっていく。
『獣風情が、ちょこまかと!邪魔をするな!』
たくさんの猫に囲まれた陽翔が体にため込んだ気を放出する。青白いオーラがはじけ集まっていた猫たちが周囲に弾き飛ばされる。
自由になった少年は再び周囲を取り囲む島民に向けてその刃を向けた。
「ああああ、やめてくれぇ、わしの島民を傷つけないでくれぇ」
本能のままに暴れる陽翔に呆然とする日月の足元で声がした。
それはポンタから振り落とされた猫神だった。
「わ、わしが悪かったよう、だからあの男を止めてくれ」
日月の足にすがるように猫神が助けを求めた。
「すまんかった、謝るから、謝るからあの男を止めてくれ、この通りにゃ」
足元に泣きつく猫神を両手で抱き上げ、日月が尋ねる。
「なんで私たちを襲ったの?」
「それは……」猫神は視線をそらして言いよどむ。
「このままだとあなたの守るべき島民にけが人が出ることになるわよ」
島の猫たちがかわるがわる飛び掛かることで陽翔の攻撃を攪乱しているが、それも時間の問題だろう。
真に島民のことを思いおびえる猫神の姿を見ると、人質にとるようなことはしたくなかったが、事態は一刻を争う。陽翔が戦っている相手は人間だ。陽翔を止めねば、陽翔が犯罪者になってしまう。
「わかった、わかったよう、天啓だったんだ。上位神からの命令だ。まだ若い新米神のわしが上位の神の指示を断れるわけないだろぅ」
「その神の名前を言いなさい」
「だめだ、それだけは言えない。言ったらわしだけではない、この島がどうなるかわかったもんじゃない」猫神は体を震わせておびえる。
鍬を構えた島民の一人が陽翔に弾き飛ばされて転がる。
「頼む、後生じゃ。島民を傷つけないでくれ」
猫神は日月にすがって頼む。
「わかったわ、ならばすぐに私の式神を開放しなさい」
「わ、わかったよう」
日月は猫神を地面におろす。猫神が呪文を唱えると周囲を覆っていた空気が変わった。結界が解かれたのだ。
日月の髪飾りが脈打つように光輝く。四体の式神の意思を感じた。
「みんな、行くわよ、陽翔君を止めるわ」
宙に投げられた四色の星が四聖獣へと姿を変えるのを、波止場の電柱にとまったカラスが見続けていた。
*
石巻の港には一台の車が停車している。
山吹色の丸っこいハッチバック。日産のBe-1だ。
車の中では加茂誓詞が運転席をリクライニングして優雅にタバコを吸っている。
運転席の窓は薄く開けられ、隙間から煙草の煙がこぼれる。
田代島での事件はカラスの目を通して、車の中に広がる煙の膜に、まるでスクリーンのように映しだされていた。
青い光に包まれた陽翔の姿。文様が全身に広がっていく様。巨大な化け猫を翻弄する戦い。そのどれもが興味深い。
加茂誓詞が口の端を上げた。
「——なるほど。これは使えそうだ」
陽翔の振るう特徴的な短刀を見て、誓詞は合点がいったという顔をした。
「あとは日月ちゃんのお手並み拝見、というところかな」
肺の中の煙を吐き出しながら、海の向こうで行われている戦いに思いをはせた。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
全68話予定
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結させます。
原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
明日からは、朝7時、夕方5時の一日、2作投稿に変わります(≧▽≦)
最後までお付き合いお願いします。




