第十五話:猫神社の猫神様
猫神社の祠が近づくにつれ、島の天候が一変していった。
晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込め、よどんだ空気が肌を這うように流れ込んでくる。
道の両側の木々が、不気味な影を投げかけていた。
猫神社は、思っていたより小さかった。
赤い柵で囲われた小さな社には、猫の人形やおもちゃがお供えとして整然と並べられている。
鳥居の外から中を見渡すと、社の境内のいたるところに猫がいた。石段に、屋根に、石像の頭に。全員がこちらを向いている。
社の周囲には無数の猫が集まり、その全ての瞳が一行を捉えて離さない。
「入るわよ」
日月が錫杖を手に、鳥居をくぐった。
シャランと遊環が鳴る。
境内に踏み込んだ瞬間、空気が変わった。重くなった、というより——密度が上がった気がした。
猫たちが一斉に立ち上がり不気味な合唱を始める。
「なーご……なーご……」と繰り返される声は、人語にも似て、しかし人語とも違う。
鳴き声は正面からだけではない。草木の陰から、岩場の隙間から、まるで島中の猫が一斉に合唱しているかのようだった。
「猫神様の登場ってとこかしら」
ねこの大合唱の中、社の扉が開き、中から一匹の猫がゆっくりと姿を現す。
「あ、あの猫は……」
陽翔が声をあげる。間違いない。港に到着した時、一段高い位置から猫たちを見下ろしていた。あのハチワレ柄の猫だ。
優雅な足取りで社の外に歩み出たハチワレ猫は後ろ足ですっくと立ちあがった。
「我は、美與利大明神この島の守り神である。ひかえおろうなのにゃ」
「ね、猫が喋った」
陽翔の驚きをバカにするように、ハチワレ猫は続ける。
「島を荒らす貴様らには、びっくりどっきり恐ろしい恐怖を与えてやるにゃ!」
両手、いや、前足を顔の横に振り上げ、シャー!と威嚇の声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってください。猫神様」
日月が慌てて声をかける。
「美與利大明神にゃ!」
「み、みよるん大明神様?私たちは島を荒らすつもりなんてありません。この島で化け猫の被害にあっている人間たちがいると言いうので、その調査に来ただけなんです」
「み・よ・り大明神にゃ!我が島を愛する人間たちを傷つけるわけないにゃろう。貴様らこそこの島を侵略に来た悪い陰陽師にゃろうが!」
猫神の怒りの声に呼応するように周囲の猫たちも声をあげた。
「ちょっと話を聞いてください!」
耳を両手で覆いながら日月が説得を続けるが、猫神は聞く耳を持たない。
「日月先輩、なんかおかしいですよ、なんで俺たちこんなに敵視されているんですか?」
確かに、猫たちは一向に耳を貸そうとしない。
これも加茂誓詞が言っていた妖怪の暴走の一つなのだろうか?
「猫神さま、私たちは争うつもりはありません。ちょっと話を……」
日月が言ったとき、社の敷地に何かが投げ入れられた。ガチャガチャのカプセルのような玉が地面にはねて割れると中から呪符が飛び出し炎の柱をあげた。
燃え上がった炎は一瞬で消えたが、その周囲の木々や社の一部を焦がした。
陽翔は玉の飛んできた上空を仰ぐ。一匹のカラスが見守るように周回している。まさか、あのカラスが?
不審に思ったが今はそれどころではない。
猫神の表情が明らかに変わった。
「貴様ら~、神聖な社に火を放つとは何事にゃ!」
「誤解よ!あれは私達じゃないわ」
「もう許せないにゃ!ポンタ!」
猫神の呼びかけに応じ森の奥から、木々が薙ぎ倒される音が近づいてくる。
陽翔は振り向いた。
木々の間から、それが姿を現した。
猫だった。猫の形をした、巨大な何かだ。
体長六メートルはあるだろうか。民家の屋根と同じ高さ。虎縞の体に、金色の目。尻尾が空中を薙ぐたびに、地面が揺れる。
「なんですかあれ!?」
「どうやら田代島に伝わる伝説の化け猫ポンタみたいですね。江戸時代に島中の犬をかみ殺したという伝説があるみたいです」
健太が来るまでに調べた情報から答えた。
「それにしたって大きすぎるだろう」
化け猫ポンタは丸太ほどもある前足で木々をなぎ倒して近づいてくる。
「日月先輩、ひとまず逃げましょう」
「そうね、森の中では視界が悪いわ。港まで戻りましょう」
日月はポーチから呪符を取り出し周囲に投げつける。
「同じ手は食わないにゃ!」
猫神が腕を振るうと、呪符は効力を発揮する前に見えない爪によって切り裂かれた。
「そ、そんな……」
「やっぱり貴様ら陰陽師の仕業だったにゃ!もうこれ以上島に危害は加えさせないにゃ」
「まずいわ、急いで!」
日月たちは慌てて鳥居を飛び出し、転がるように道に飛び出す。
しかしそこにも大量の猫たちが日月たちを囲むように集まっていた。
「仕方ないわ、健太君、アレ出しなさい」
「ええ?いいんですか?」
「緊急事態よ!」
日月の迫力ある声に押され、カバンから秘密兵器を取り出す。と一気に封を破って猫たちに放り投げる。
弧を描いて秘密兵器が地面に落ちると、猫たちの視線がそれに集まる。
瞬間周囲の猫たちが地面にばらまかれた秘密兵器、猫の大好物『鰹節』に群がった。
「部長、この島では勝手に猫たちに餌あげちゃいけないんですよ」
「健太君、今はそれどころじゃないのよ、今のうちに急いで逃げるわよ」
的外れな注意をする健太を引っ張って日月たちは登ってきた道を駆け下りる。
「何しとるにゃ!逃がすにゃ!」
猫神の号令一下、鰹節に気を取られていた猫たちも日月たちを追いかけ始める。
猫神が飛び乗りポンタも道に飛び出す。一歩踏み出すたびに地面が揺れ、木々が震えた。
猫神社からは脱出した日月たちだったが、そう簡単に逃げることはできない。
「ヤバいですよ、前からも来てます」
背後から迫るポンタと猫神、しかし正面からも大量の猫が津波のように押し寄せてくる。
「もう鰹節も使い果たしちゃったわ」
正面から迫る猫の集団に向けて錫杖を構える日月の前に、健太が一歩前に踏み出した。
「僕が猫たちの気を引きます」彼の声は、いつになく落ち着いていた。「部長たち、そのすきに逃げてください」
「でも……」
「僕なら大丈夫です。強化プラスチックでできていますから、猫たちの攻撃なんてへっちゃらですよ」
言い終わるや否や、健太は服を脱ぎ捨て人体模型の体をさらすと、すぐさま猫たちの群れに向かって突進していく。
予想外の出来事に、猫たちが一瞬ひるむ。
しかし、妖と言っても健太は『動く人体模型』というだけで特殊能力があるわけではない。あっという間に猫の群れに飲み込まれた。
「あてて、ひっかくな、あっこら目玉にじゃれるな、内臓が……」
猫の群れに飲み込まれた健太の悲鳴が響く。倒れ込んだ彼の体から、内臓が零れ落ちる。その光景に、集まった猫たちが群がっていく。
「ああ、膵臓にじゃれつかないでぇ」
「健太ぁっ」
猫たちの群れに飛び込もうとする日月を止める。
「日月先輩、今は逃げるしかありません!」
陽翔は後ろ髪をひかれる日月を連れて港までの坂道を駆け下りていった。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




