第十三話:猫の楽園『田代島』
フェリーの出発は朝八時。待ち合わせはアパートの前だ。
陽翔はクローゼットを十分ほど眺めてから、持っている中でいちばんまともな格好を選んだ。鏡の前で三回確認した。
離島デート。
加茂のあの一言が、一週間ずっと頭から離れなかった。
妖怪の調査という名目があるとはいえ、日月と二人で島に行く。それは事実だ。
そろそろ時間だ。
時計を確認した陽翔は少し背筋を伸ばして、アパートの階段を降りた。
階段の下には、普段とは違う紺色のワンピース姿の日月が立っていた。
心を弾ませてアパートの外階段を一団飛ばしで降りる。しかし、そこに立っていたのは日月だけではなかった。
日月と——もう一人。
大きなリュックサックを背負い、フードを深くかぶり、サングラスと大判のマスクで顔を隠している。よく見ると、フードの縁から見える顔の半分がない。むき出しの表情筋がチラリとのぞく。
健太だ。
「おはようございます陽翔さん!今日はよろしくお願いします!」
爽やかなイケメンボイスが朝の住宅街に響いた。
陽翔はがっくりと肩を落とす。
それから、ゆっくり日月を見た。
「話したら健太くんも興味があるって。荷物持ちに志願してくれたの」
日月が何でもないように言った。
「花ちゃんも行きたかったみたいなんだけど、さすがに便器持参ってわけにいかないからね」
「……そうですね」
「ベートーベンは瞬時に却下したわ」
「……それは正解ですね」
感情のこもらない声で陽翔が言った。
「陽翔さん、体調悪いんですか?」
はた目には不審者にしか見えない健太が心配そうに首を傾けた。
「だ、大丈夫だよ……」
陽翔は気持ちを切り替え三人で、出港する港がある石巻へ向かった。
*
田代島までは石巻の網地島ライン発着場からフェリーで1時間弱。宿泊施設もあるが日月たちは日帰りの予定だ。
それほど大きな島ではないため、午前中に到着すれば島をめぐるのにそれほど時間はかからない。
日月たち一行は朝一番の便で田代島に向かっていた。
今日は海も静かで船旅には絶好だ。
「気持ちいい潮風ね」
甲板から身を乗り出し、日月が深く息を吸い込んだ。海風が彼女の長い黒髪をなびかせる。その自然な笑顔に、陽翔は思わず見とれていた。
二人きりではなかったものの、女の子と出かけるなど陽翔のこれまでの人生では学校の遠足くらいしか経験がない。
フェリーには観光目的の家族連れも多い。興奮して走り回るこどもを追いかける母親のどこにでもある風景がここでも繰り広げられている。
陽翔はキャッキャとはしゃぐ子供に視線を向けた。
ぼのぼのとした旅行のワンシーンに思わず笑みをこぼす陽翔だったが、その家族の姿を見つめる日月の瞳が、ふと、寂しそうに見えた。
日月の視線ははしゃぐ子供たちではなく、その子たちを温かく見守る両親に向けられているようだった。
そういえば、この前家族の話をした時もなんだかさみしそうな表情をしていた。
陽翔は気になっていたが、まだそこまで深い話を聞けるほどの付き合いではない。
自分のことを見つめる陽翔の視線に気づいた日月がいつもの調子でからかってくる。
「おお、陽翔少年。お姉さんを見つめて何を考えてたんだい?私の可愛さに言葉を失ったのかい?」
「そ、そうじゃなくて……」と、陽翔は視線をそらす。
「その、制服姿しか見たことがなかったから……」
「うんうん、だから?」
「だ、だから、今日の日月先輩は新鮮で特にかわいいと思います」
素直な感想を口にすると、自分であおっておきながら日月は顔を赤くしてうつむき、三つ編みをいじりながら「ありがとう……」と小さく呟いた。
二人が青春している間、健太はどうしていたかと言うと、座席で船酔いと戦っていた。
「うう~、内臓ごとくちからとびだしそうです~~」
*
陽翔たちが田代島までの短い船旅を楽しんでいる。
高速で海を渡る船の周りを並走するようにカモメの群れが集まってくる。
その群れの中に、一羽のカラスが紛れていた。カラスはじっと甲板の上ではしゃぐ日月たちを見つめている。
まるでこれから島で起きることを一つも漏らさず観察するように、カラスはその黒い瞳に陽翔たちの姿を映し続けていた。
*
船は仁斗田港に到着した。田代島には2カ所の港があり、仁斗田は島の南側に位置している。一行が降り立つと、まるで待ち構えていたかのように、猫たちが集まってきた。
「きゃ~何この子たち、めちゃくちゃ人懐っこい!」
船着き場の陽だまりには、毛並みも性格も様々な猫たちが集まっていた。日月たちが近づいても、猫たちはおびえることもなく、むしろ積極的に足首に体を擦り付けてくる。
「本当に人を怖がらないんですね」
陽翔はしゃがんで近寄ってくる猫たちを順番に撫でた。ふわふわの毛並みに触れるたび、心まで温かく包み込まれるような気持ちになる。
健太もしゃがんで猫に手を伸ばす。
猫は健太の手を見て、くんくんと匂いを嗅いだ。それから一歩後退して、低くうなった。
「あ、嫌われてしまいました」
「健太くんの体はプラスチックだからね、猫たちは警戒してしまうのかもね」
「そんなぁ、ぼくももふもふしたかったです……」
体の素材もそうだが、そんな不審者みたいな恰好では猫も不安がるだろう。陽翔は地面にあおむけに転がった猫のおなかをさすりながら周囲を見回した。
陽翔やほかの観光客が多くの猫たちと戯れている中、少し離れた位置から一匹の猫が見つめていた。
目元から耳、そのまま背中までを黒い毛が覆い、対照的に鼻から口、そして胸までは真っ白に塗り分けられている。
顔の模様が漢字の「八」を思わせる白黒の毛並みを持つことから『ハチワレ』と呼ばれる体色を持つ猫だ。
他の猫たちとは一線を画し、一段高いベンチの上から威厳のある様子で周囲の猫たちを見つめている。その眼差しには、どこか人間のような知性が宿っているように見えた。
「なに気取ってるんだ、こっちにおいで」
そっと手を上げ、人差し指を小刻みに動かす。ハチワレはその言葉を理解したかのように、すとんとベンチから飛び降りて陽翔のもとへと歩み寄ってきた。
しかし、完全に近づく前に立ち止まると「にゃ~お」と、一声鳴いて陽翔の瞳をしっかりと見つめた。そして、それ以上近づくこともなく、優雅に身を翻すと猫たちの群れの中へと消えていった。
「なんだか、きざな奴だなぁ」
陽翔が呟いた言葉は、潮風に溶けて消えていった。
そんなハチワレを見送る陽翔に、日月の声が投げかけられた。
「いつまで遊んでいるの、まだまだ冒険ははじまったばかりよ。まずは島の中央にある島の駅に行くわよ」
自分の荷物を全部健太に持たせて身軽になった日月は軽やかな足取りで島を包むようにしげる森の中に進んでいった。
神鬼狂乱~女子高生陰陽師・安倍日月と荒覇吐の神~
ブシロード小説大賞応募予定のため、7月19日までに完結予定。原稿はすべて書きあがっているので、最終話まで一気に駆け抜けます!
少しでも気に入ってもらえたら、作品フォローと評価、なにとぞよろしくお願いします!




