第八話:日月の式神たち
陽翔はその幻想的な情景に目を奪われる。
光の中から京を守護すると伝えられる聖獣たちが姿を現す。
四聖獣。
平安京の四方を守る守護獣として知られる伝説の存在だ。
ゲームや漫画でも有名で誰もが名前を聞いたことがある。白虎と玄武はあんななりだったが、やはり朱雀と青龍には期待してしまう。
まずは地面に落ちた白と緑の髪飾りが輝く。
光が強くなり、白い光の中から見慣れた白いデブ猫、もとい白虎のもはや見慣れた姿があらわれ「にゃー」と啼く。
緑の光からは玄武がのっそりと姿を現す。眠そうな顔の亀と鋭い瞳の蛇が対照的だ。
空中では赤い髪飾りが燃え盛る炎のような光を放つ。
中からは炎の翼を持つ鳥が現れた。
朱雀……のはずだ。だけど陽翔の知っている朱雀とはだいぶ印象が違う。
ありていに言ってしまえば、丸いのだ。
朱雀って、もっとこう首が長くてシュッとしていなかったっけ?
陽翔が赤い光の中から出てきた生き物に疑惑の目を向ける。
ぷっくりとしたおなかに体の半分にも満たないような短い羽を広げ、必死に羽ばたいている。なぜあの羽で飛んでいられるのかは謎だ。そして、絶対にその体重を支えるのは難しいだろうという細い足も羽と連動してバタバタと宙でもがいている。
顔はほとんど胴体に埋まり、首は体と一体化している。これではまるで赤いペンギンだ。
青い光の中からは青龍が姿を現す。
こちらも負けず劣らず丸い。
青龍と言えばゲームでよく見る翼を持った西洋のドラゴンとは違い、雷雲の中を長い体をくねらせて天を舞う。東洋の龍、のはずだ。しかし、目の前に現れた姿はこれもまた陽翔の知る『龍』の姿とはかけ離れていた。
頭が大きく、二頭身のぷくぷくした体に、お飾りのような短い手足がちょこんとついている。スラリとした威厳ある龍のイメージからは、あまりにもかけ離れている。確かに大きな口には鋭い牙が並び、風になびく長い髭もある。だがくりくりとした愛らしいビー玉のような瞳と風船のように膨らんだ腹はまるで大きなぬいぐるみのようで抱きしめたら柔らかそうだった。
「これが、日月先輩の式神なんですか?」
「そうよ、シロちゃん、ゲンちゃんに朱雀のスーちゃんと青龍のアオちゃん」
現れた幻獣たちはわきゃわきゃとにぎやかに日月の周りを飛び回っている。
「なんていうか、丸いですね。ぬいぐるみというか、地域のゆるキャラ?みたいな」
「なんてこと言うのよ!みんなかわいいでしょ!」
かわいい。確かにかわいい。だが、なんか思っていたのと違う。
陽翔の意見に文句を言う日月に合わせて、4体も一緒に抗議の声をあげる。
陽翔は耳を抑え、慌てて釈明する。
「す、すいません。俺の知っている四聖獣とあまりにイメージが違って驚いてしまっただけなんです」
こんな住宅街で騒いでいたら近所の人にこのゆるキャラもどきが見つかってしまう。
「見解の相違ね。あなた、今までにどこかで四聖獣を見たことがあるの?」
「それは本とか、ゲームとかで見ただけですけど……」
「そっちが間違っているのよ!」
ビシっと陽翔を指さす。「見たこともない人が勝手なイメージで描いただけよ。現にこうしてかわいい姿で存在しているじゃない」
確かに。
今この場に現実として存在している以上、こちらが正しい姿なのかもしれない。
陽翔は複雑な思いを残しつつも納得することにする。
「さあ、さっさと結界を張ってしまうわよ」
日月が両手で印をくみ、陽翔には理解できない理の言葉を低い声で呟き始めた。
日月の式神たちはそれぞれアパートの四方に飛び敷地を囲う。
四聖獣が配置につく。
日月の言葉に一段と力がこもり、最後に力ある言葉を放つ。
「おん あろりきや そわか」
同時にアパート全体を、見えない光の膜がゆっくりと包んでいく。
空気が変わった気がした。澄んだ、落ち着きのある空間が周囲を満たす。
ううぉ~ん……
低くうめくような声が響き、アパートの屋根から半透明の何かが飛び去って行く。
「あ、あれなんですか!?」
「ああ、もともと何かいたみたいね。私の結界に耐え切れなくなって離れていったんだと思うわ。これで悪霊退治の実証もできたでしょ」
安心安心と日月が満足そうに頷いた。四聖獣が次々と日月の手の中に集まり、髪飾りに戻っていく。
最後に白虎が日月の頭に跳び上がり、猫の姿に収まった。こいつはまだ髪飾りに戻るつもりはないようだ。
「完了ね」
「これで今夜は大丈夫ですか」
「完全ではないけど、かなり抑えられるわ。少なくともカッパ程度は入れないはず」
「カッパ程度……上には上がいるってことですね」
「当然」
あっさり言われた。
「明日の朝迎えに来てあげる。一緒に登校するわ」
「え、毎日ですか」
「なにか、文句ある?」
「……ないです」
日月が踵を返す。
「あ、先輩、ありがとうございました」
「いいわよ、また明日ね」
頭の上に白虎を載せたまま日月が去っていくのを見送り、陽翔も階段を上って自分の部屋に戻っていった。
*
階段を登り切り奥の部屋に消えていく陽翔の姿を敷地の外から見つめる女性の姿があった。
長い黒髪に真っ赤なワンピースを着た女性はアパートの敷地に向けて白く細い指先を伸ばす。
パシンという小さな音とともに、何かに阻まれた感触が女の指先に伝わる。
女は手を胸元に引き戻すと顔を歪め、憎々しげに部屋の中に消えた陽翔を睨み続けた。
赤く光る瞳には明確な憎悪が浮かんでいた。




