表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
22/26

技術は力、力は価値

 季節は、少しずつその姿を変え始めていた。


 朝の風には、かすかに冷たい気配が混ざっている。

 陽はまだ高く、昼間は汗ばむこともあるが、地面を吹き抜ける風が葉を揺らす音には、もう夏の勢いはなかった。


 拠点の朝は、いつもと変わらない。

 作業班は水路の整備に向かい、生活班は朝食の準備と在庫確認に忙しく立ち働いていた。


 俺はというと、司令室でモニターを前にしながら、手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。


 警報は鳴っていない。ドローンは順調に巡回を続けており、結界杭の魔力出力も安定。

 クラフトメニューに新たなレシピが表示されることもなく、数日ぶりの“完全に静かな朝”だった。


 そんなときだった。


 〈警告:南門にて単独接近者あり〉

 〈識別信号一致:個人識別“ライネル・トラヴィス”〉


 俺は目を細めた。


 あの名前を、見間違えることはない。


 流れの商人、屋号《風追い》――

 避難民に紛れて現れた、いわば“ただの通りすがり”だった男。


 ……だが、ただの通りすがりで済むような目をしていなかった。


 あのときは確か、森の中で一時的に接触し、そのまま拠点に入れることなく別れたはずだ。

 にもかかわらず、こうして再び現れるとは――


「……さて。今回は、何の風を運んできた?」


 南門からの中継映像に、特徴的な長身のシルエットが映る。


 旅装束は前回と同じく、灰色のコートに背負い鞄ひとつ。

 だが、服のほころびや砂まみれの靴底は、彼がそれなりに距離を歩いてきたことを物語っていた。


 同行者はなし。武装も確認されず、表情は明るい。


 ……これは、完全に“話をしに来た”顔だ。


 ガイルの了承を得て、俺は南門の通話チャンネルを開いた。


「よう。久しぶりだな、風追いの商人さんよ」


「ややっ、お久しぶりでございます。お元気そうで何より」


 画面越しのライネルは、相変わらずの軽妙な口調で答えた。

 礼儀正しく頭を下げる仕草には、どこか誇張された演技の匂いがする。だが、不快ではなかった。


「前回は森の中で失礼しました。ご挨拶も不十分でしたので、改めてご挨拶に。あとは……ほんの少し、“耳寄りな話”を持ってきまして」


「なら聞こう。だが、今回は門の外じゃなく、中で話せ」


「それはありがたい。ずいぶんと風が冷えてきましたので」


 談話室に通されたライネルは、久々の拠点内部に興味津々といった様子だった。


 だが、言葉には出さない。

 視線の端で設備を見、物資の整い具合を観察し、通り過ぎる作業員の動きを一瞥する――

 そうやって、彼は“情報”を拾っている。


 俺はあえて、何も言わずに様子を見ていた。


「それで? 本題は何だ?」


 温かい茶を一口含んだタイミングで、俺が切り出す。


 ライネルは表情を改め、背筋を伸ばした。


「……実は、最近とある傭兵団にて“珍しい武具”が使われているのを確認しまして」


「ほう。どんなのだ?」


「連射式のクロスボウです。見た目は粗野ながら、命中精度と装填速度が段違い。

 聞けば王国が“実戦テスト”としてごく少数の精鋭に配備したそうで」


 そこで、彼は少し目を細めて続ける。


「私は、それを見て直感しました。“あのとき森で遭遇した拠点の、それに違いない”と」


 俺はカップを置き、腕を組んだ。


「……見てたわけじゃないのに、か?」


「ええ。貴殿らが使っていた装備、その姿勢、周囲の者との連携。そして、あの場の制圧力。

 “あれ”を持っていたのは、貴殿らだけです。――そう判断するに十分な要素が揃っていました」


 商人の目は、時に戦士よりも鋭い。

 ライネルは、その目で“確信”を掴んできたのだろう。


「もっとも……私はただ、“これは使える”と思っただけです」


 不意に笑みを浮かべ、彼はそう続けた。


「貴殿らが作ったその技術、もう王国の中で“資源”として扱われ始めています。

 しかし――その利益、貴殿らには一銭も入っていないように見える」


「……」


「それはあまりに、もったいないと思いませんか?」


 言葉に刺々しさはない。

 だがそこには、はっきりとした“欲”があった。


 この男は、“うまみ”を感じ取って戻ってきたのだ。


 それは決して悪いことじゃない。

 むしろ、俺は――そういう奴のほうが、分かりやすくて好きだ。


「――そこで、です」


 茶を置き、ライネルは真剣な眼差しで俺を見据えた。


「私は提案したい。貴殿らと、外界との“調整役”を担わせていただけないかと」


「調整役、ね」


「この技術、この拠点の存在――それらは、すでに“王国の中で価値がある”と認識され始めています。

 だというのに、その恩恵は貴殿らに戻ってきていない。――これはあまりに非効率です」


 言葉の端々に商人らしい打算は感じる。

 だが、どこかそれ以上に“仕組みそのものを整えたい”という実務的な欲も垣間見えた。


「私は王都にいくつかのコネを持っています。

 商会、軍属の補給部門、一部の貴族領主、そして王家直属の……まぁ、情報筋とも少し」


「怪しいな」


「私にとっては“風の通り道”です。どの情報も、金さえ払えば価値に変わりますから」


 俺は思わず鼻を鳴らした。


 だが、その姿勢を否定する気にはならなかった。


 この世界では、“売れるかどうか”が生死を分ける。


 そして、俺たちの技術は今まさに“売れる段階”にあるのだ。


「言っておくが――拠点の中核技術は一切出さない。渡す気もない。

 もし外に出すなら、それは“外用のダウングレードモデル”に限る」


「もちろん。それで十分です。

 本質は“出すこと”ではなく、“誰が出すかを明確にすること”ですから」


 ライネルは静かに笑った。


「今、王国内部では“誰がこの技術を管理するか”という水面下の争いが始まっています。

 ルーク・ヴェルナーのような軍部の者にしろ、ラグナ・アストリアのような貴族派にしろ――彼らは“自分たちの力”として囲い込みたがっている」


「だからこそ、貴殿ら自身が“その力の主”であることを示す必要がある」


「……そのための、“名前”か」


「ええ。“名義と価格”を持たない技術は、ただの拾い物。

 それが“誰のものか”を示し、“どう使うべきか”を提示する。それが、今貴殿に必要なことです」


 商人の言葉には嘘がない。

 ただし、それがすべて本心かは別問題だ。


 ライネルも、俺たちを“利用価値”として見ている。

 けれど、それを隠さないのがこの男の誠実さでもある。


「……外貨が必要なのは、事実だ」


 俺は言った。


「衣類、薬品、鉱物資源……この拠点では再現できない物資がまだある。

 物々交換では限界がある。貨幣で買えるものも増やすべきだ」


「そのためには、“信用”が要ります。

 私が動くのは、信用を稼ぐための“顔”となるためです」


「いいだろう。だが条件がある」


 俺は指を一本立てた。


「“拠点の名は使ってもいい”が、“勝手に話をまとめるな”」


「当然です。全案件は事前に提示、条件は逐一報告。

 交渉内容は必ず貴殿に最終判断を仰ぎます」


「それと、渡すものは俺が選ぶ。あんたが面白いと思っても、俺が納得しない限り何も出さない」


「ええ。“主”はあくまで、あなたですから」


 ライネルの目は、疲れていたが、どこか晴れやかだった。


 交渉を終えたのは、夕刻が近づく頃だった。


 日差しはすでに柔らかく、談話室の窓からは、朱に染まる空が覗いていた。

 ライネルは「一晩、焚き火で寝るよりマシですから」と言い残し、拠点の空き区画――避難者用の雑魚寝スペースへ案内された。


 彼の足取りは軽やかだったが、背中には確かな満足と、次の“風”を掴む意志が宿っていた。


 ◆


 夜。


 拠点の灯りは、魔導灯を中心に薄明るく照らされていた。


 司令室の窓の外には、夜勤の警備班が静かに巡回しており、誰もがいつも通りの動きを見せていた。

 だが、遼の心は、ほんのわずかに波立っていた。


「……本当に、売るんだな?」


 司令机の端に腰掛け、ガイルが静かに問いかける。


「“俺たちの技術”をな」


「ああ」


 遼は迷いなく答えた。


「ただし、売るのは“俺たちが選んだ形”だけだ。手の内は守る。それに、相手も選ぶ」


「ま、それならいいか。黙って盗られるよりは、ずっとマシだ」


 ガイルは軽く笑ったが、その目は冴えていた。


 そこへマリアがやってきた。

 黙って医療資料を置き、少しだけ遼の横に腰を下ろす。


「……これで、“交渉できる城”になったってわけね」


「そう言ったのは、あんたが最初だったな」


「使ってくれて光栄よ。

 でも、“売る側”ってのは、“口を出される側”でもあるってこと、忘れないで」


 遼はしばらく黙ったあと、ぽつりと口を開いた。


「だからこそ、“誰に口を出させるか”を、こっちが選ぶ」


 モニターに映るのは、外部提供用に限定された装備設計図。


 必要最低限の機能だけを残し、応用や逆算が難しいよう意図された構造。

 だが、それでも十分に“価値”がある。


「これで、最低限の外貨は回せる。

 衣類も、薬品も、精製魔石も――俺たちがまだ手にできないものを、手に入れる手段になる」


「もう、“ただ守る”だけじゃないのね」


 マリアの言葉に、遼は小さく頷いた。


 しばらく沈黙が流れる。


 そして、ガイルがぼそっとつぶやく。


「風向きは変わった。あとは……こっちが、どう舵を取るかだな」


 遼はゆっくり立ち上がり、夜空を見上げた。


「いや。今度は、こっちが風を吹かせる番だ」


 そして、夜が明ける。


 翌朝、東門には出発の支度を整えたライネルの姿があった。


 旅装束の裾を整え、背中の鞄を締め直す。

 その目には眠気も疲れもなく、ただ新たな交渉の場へ向かう決意があった。


「拠点主殿。次に戻るときには、“金を運ぶ風”になってみせますよ」


「期待してる。“風向き”を間違えるなよ」


「ええ。向かう先が分かっていれば、風は道になりますから」


 ライネルを見送る背中を見ながら、ガイルが呟く。


「……思ったより、デカい話になりそうだな」


「だから、最初に決めておくんだ。“この拠点は、誰の旗も掲げない”ってな」


 技術が価値になるなら、価値は力になる。

 ならば、力を“選ばせる側”になれ。


 これはもう、ただの避難所ではない。

 選ばぬ者たちが、自らの選択で世界と向き合うための――


 城だ。



お読みいただきありがとうございます!


この小説を読んで「面白そう」「続きが気になる」と感じていただけましたら、ぜひブックマークや☆☆☆☆☆の評価をしていただけると嬉しいです!


皆さまの応援が、執筆の大きな励みになります。どうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ