第九話 変化していく日常
「パトさん、あれから碌に飯も食わねぇで……。大丈夫かな?」
「さぁ……。あの人は食べないでいる時間が長い事がある、って言っても、それでも部屋に引きこもって食べないっていう事はなかったから……。」
パトロックが首都から帰ってきてから数日、部屋に引き籠って鍵を閉めてしまって、という事をしていたパトロックは、家族と顔を合わせていなかった。
普段あれだけ家族の時間が大事だ、鍛冶仕事をしている時間以外は家族と過ごしたい、と言って憚らなかったパトロックが、ましてや部屋に閉じこもる、という事をルチルやクォーツ、ルベライトは想像すらした事がなかった、パトロックとルチルは別部屋で寝ているだが、その「パトロックの部屋」を閉め切って、何をしているのかもわからない、ちゃんと寝食をしているのかもわからない、そんな状態になるのは、初めての経験と言っても差し支えはなかっただろう。
不安は伝播する、伝播した不安は、家族の中に亀裂を作ってしまうかもしれない、ルチルはそんな事を考えながら、パトロックが普段の調子で出てきてくれる事を祈っていた。
「……。」
賢人機関から渡された書物、それは賢者の石の在り方を記したものだった。
製造方法まで書かれていたわけではなかったが、「賢者の石の在り方」という一つの事柄だけでも、パトロックに部屋に籠らせて、熟慮に熟慮を重ねるだけの結果を生み出す、と言うのには十分な資料だった様子だ。
何と言う物から人体を作ってしまったのか、賢者の石が「神の落とし物」「奇跡の石」「願いの鉱石」と呼ばれるに至るまで、何があってどうやって賢者の石が賢者の石たらしめるのか、その製造方法を知らないまでしても、パトロックは悔恨の中に沈むのには十分すぎたのだろう、ルベライトを生み出してしまった以上、その罪からは逃れられない、正確な製造方法が記されていないだけで、大体の事は予想がつく、だからこそ、それを「罪」だとパトロックは認識していた。
ルベライトに罪はない、命として産まれたかっただけなルベライトに罪はない、ただ、パトロックや賢者の石を渡してきた医者には罪があるだろう、それがパトロックの意識だった、願ってしまったパトロックや、万が一と言って渡してきた医者には、罪があるだろう、と。
「……。行くか。」
賢者の石を採掘している場所、それが記されていた書物、魔王の居城がある北の国アルドに、それはあると記されていた、賢人機関の専門職の人間が、そこから賢者の石を採集しているのだ、と。
ならば行かなければならないだろう、それを確定事項にしてしまって良いのか、それとも黙って闇の中に葬った方が良いのか、それはわからないが、しかしパトロックは浩も考えた、「それは弔いである」と。
散っていった者達への弔い、勇者達がどうして「遺体が遺らず死んでしまうのか」に対する答え、それを知ったパトロックは、弔いの為に北の国アルドに向かう決意をした。
それが、家族をおいていく事になるのだとしても、勇者への餞別を造り続けた人間として、勇者を死地に送る為に武器を鍛造し続けた人間として、それをしなければならない、それをしなければ、これから先武器を作り続ける事は出来なくなってしまうだろう、パトロックはそう結論を出した。
「……。」
夜中、誰かに気づかれない様に、静かにパトロックは家を出る準備をして、一階に降りてきた。
古い家屋な為に、床のきしむ音は避けられなかったが、それでも静かに、誰にも認知されない様に、黙って家を出ようとする。
「あなた?」
「……。ルチルか。」
「……。何処かに、行ってしまうの?」
「……。そうだ、俺は行かないといけない、ルベの為にも、ルべが生きても良いんだって、そう思える様になる為にも。」
家を出ようとしたその時、声を掛けられた。
ルベライトかクォーツだったらどう説明したものか、と考えていたパトロックは、その相手がルチルで良かった、と心底感じていた、子供達だったら、それを説明するのは酷すぎる、と。
「……。きっと、帰ってきてくださいね?あなたがいてくれないと、私達は……。」
「……。きっと、帰って来る。きっとだ、ルチル。」
「……。行ってらっしゃい、あなた。」
旅支度をしたパトロックと抱擁をして、ルチルは一筋の涙を溢す、パトロックの行動原理を知っていたわけではない、パトロックがどうして何処かに行こうとしているのか、それを理解したわけでもない、ただ、パトロックが何処かに行ってしまう、それだけは理解していた、そして、パトロックが一度言い出したら止まらない事もルチルはよくわかっていた。
だから、攻めて無事に帰ってきてくれる事を祈る、ルチルは、そう願っていた。
「二人を頼んだ、ルチル。あの子達には、お前が必要だろう。」
「……。あなた……。えぇ、あの子達は、きっと……。」
パトロックを見送りながら、ルチルは不安を覚えていた。
何か嫌な予感がする、所謂女の勘と言う奴だろう、本当ならば、止めなければならない気がしていた、止めなければ、壊滅的な、破滅めいた何かが怒ってしまう気がしていた、ただ、それでも止められなかったのは、パトロックが言った「ルべが生きても良い」と思える意味を探しに行く、という言葉だった。
ルベライトが生きても良い理由、などどこにあっても良いはずだ、無かったとしても生きていいというのが親の役割のはずだ、それでもパトロックがそれを口にした意味、それを考えてしまった時点で、ルチルはパトロックを止める言葉を失ってしまった。
だから、せめて無事に帰ってきてくれる様に、無事に何事も無かったかの様に、また家族で団らんを過ごせる様に、ルチルは祈りを捧げながら、パトロックを見送った。




