第七話 一歩
「ごめん、母さん、俺の我儘で……。」
「良いのよ、あなたが頑張ってくれる事が、お母さんもお父さんも嬉しいのよ。」
十一歳になったルベライトは、誕生日プレゼントの代わりに「スロープ」を生活圏に配置して欲しいと願った。
目的は明瞭、「自分の足で歩く為」にだ、部屋の中で練習をしていたルベライトは、少しずつ少しずつ歩ける様になって来ていた、まだ掴まり歩きをしなければ歩けなかったが、部屋の中で勉強机沿いに歩く練習をしていたり、ベッドフレームに掴まって立ち上がったりして、筋力を鍛えていた。
その甲斐があって、ルベライトはスロープがあれば少しだけ歩ける様になって来ていた、車いすがなくとも歩ける様になって、移動が出来る様になって来ていた。
医者はその事を驚いていた、つい先日定期健診に行った際、筋肉が発達し始めている、と医者が話をしていた、賢者の石で出来た体が成長をしている、というだけでも驚きの連続だった、にもかかわらず、さらに自立して活動できる様になってきている、それだけの筋肉量と同等になってきている、という事に、医者は驚いていた。
「ルべ、ここもやっておくか?」
「父さん……、うん、お願い。」
この頃には、パトロックとの関係値も改善しかけていた、ルベライトが自立しようとしている、その事を手放しで喜んでいたパトロックの姿を見て、ルベライトの中で父の印象が少し変わった、と言うのが正しいのだろうか、兎にも角にも、親子関係は良好になり始めていた。
パトロックもルチルも、ならばクォーツも、ルベライトが自身の足で立って歩く、という事をしているという事に驚いていて、喜んでいた。
それだけ心配していたのだろう、パトロックとルチルは「自分達の方が先に逝く身として」、クォーツは「鍛冶屋の当代として構いきれなくなる」と言う心配から、ルベライトの成長を手放しで喜んで、皆でそろって生活圏にスロープを配置していた。
勿論、まだ外には出られない、外出をする際には車いすは必要だ、ただそれでも、家の中だけでも歩ける様になる、という事が喜ばしい、と。
「パトさん、こっちもかー?」
「クォーツ、そうだな!」
「みんな、ありがとう。俺の為に、忙しいんだろうに……。」
「良いって事よ、ルべ。代わりに、歩ける様になったら貸し一な?将来的にパトさんの後継いだらさ、手伝ってくれよ。」
「兄ちゃん……、うん、ありがとう。」
家族が一つになって、一丸となって行動する、それがどれだけ喜ばしい事か、どれだけ幸せな事か、それを皆噛み締めていた、ルベライトだけではない、パトロックもルチルもクォーツも、それを噛み締めていた、何処かぎこちなかった家族の関係値が、一つになっていくのを喜んでいた。
「良し、頑張ろう。」
数日経過して、家の中でルベライトが行き来する場所にスロープの設置が終わった、そこから先は、出来るだけ車いすに頼らずに生きていきたい、と願っていたルベライトは、さっそくスロープを使って歩いていた。
今までは部屋の中を少し立ち上がったり歩いたりした程度だった、そこから家の中の一階に限定して、だが家の中を歩くという事になり、緊張しなくはないと感じていた、緊張をすると言えばする、と感じていたが、それでもやると決めたのだから、自分の言葉は曲げたくなかった、と言うのが心境だった。
「よいしょ。」
まずは部屋を出る所から、壁に付けたスロープをつたって、ドアまで歩いて行く。
「……。」
ドアを開ける瞬間は、スロープに掴まっていられない、それはわかっていた、そういう構造になっていた為、それは出来ないとわかっていた。
今スロープを離して、立っていられるかどうか、転んでしまわないだろうか、それが頭の中に不安としてよぎるが、しかしルベライトはそれでも、やりたいと願ったのだから、と一歩踏み出した。
「……。やった……!」
ドアを開けて、廊下のスロープに掴まるまで、たった三歩、たった三歩だが、歩いた。
ホッとして力が抜けそうになる、ただ、それをして転んでしまったら、過保護なパトロックが怒ってスロープを撤去してしまうかもしれない、また拗れた親子関係に戻ってしまうかもしれない、そう思うと、気が抜く事が意識外に行く、そんな感覚をルベライトは感じていた。
転んではいけない、それはそうなのだが、その中身には「父と関係を良好にしようとお互いに思っているのに、自分の行動一つで無駄にしたくない」という感情だった、それがルベライトを鼓舞する感情だった。
「慎重に、慎重に……。」
今はルチルが台所に立っていて、パトロックとクォーツはクォーツの修行の時間のはずだ、だからまずはルチルに歩けた事を報告しよう、とルベライトは気を入れ直して歩く、一歩一歩、踏みしめる様に、慎重に、転ばない様に、歩いて行く。
「母さん……!」
「あらルべ……、歩いたの?歩けたの?」
「うん、俺、出来たよ……!」
「ルべ……!良かったわね、良かったわねぇ……!」
リビングに行くまでに十分かかった、普段車いすで動く分には三十秒と掛からない廊下は、とても長く感じられた、ただ、ルベライトはそれでもめげなかった、やってのけた。
ルチルに声をかけると、ルチルは目の端に涙をためて、嬉しそうに笑っていた、ルベライトも、嬉しそうに涙を浮かべていた。
涙を流しながら我が子の成長を喜ぶルチルと、達成感と嬉しさで涙を流すルベライト、その違いはあれど、やってのけたという喜びは一緒だったのだろう、抱き合って、ルチルがルベライトを支える形ではあったものの、抱き合って喜び合っていた。
「母さん、水……。ルべ、お前……!」
「ルチさん腹減って……、ルべ、やったな!」
そこにパトロックとクォーツが休憩に戻ってきて、二人も抱き合う輪の中に加わる、家族そろって涙を流して、家族そろって同じ事を喜んで、家族が一つになっているのを、ルベライトは確かに感じていた。
「それじゃあ、祈りを捧げて……。」
その日の食卓は、不思議と静かだった、普段の様にクォーツが大食いをしてしまう訳でもなく、誰かがパトロックの言った祈りを邪魔するでもなく、家族そろって祈りを捧げていた。
祈り、それは神に向かって捧げるもの、この世界を創り出したという神、竜神王と呼ばれている古の神、この世界を創造し、人間を守ったとされている神に向けた祈りだった、一般家庭では廃れてしまっているが、今でも勇者の家系や賢人達の間では脈々と続いている風習で、勇者に縁があったカイル家では、竜神王の他に、歴代の勇者へと向けた祈り、という意味合いでも祈りを捧げていた。
敬虔な信徒なのか、と問われると違うと答えるだろうパトロックだったが、祈りを捧げる事に関しては肯定的だった、それは千代続いたカイル家のしきたりであり、クォーツやルベライトに継いでもらわなければならない、ある種の鎮魂の儀でもあったのだから。




