第四十四話 二十歳の誕生日
「ルベ、誕生日おめでとう。本当は……。」
「母さん、ありがとう。それは言わない約束だって、言ったでしょ?兄ちゃんが交渉してくれてるんだし、向こうも保留してるんだから、別にすぐに出ていく必要はないんだから。」
「……、そうね。お母さん、ずっとルベが二十歳になったら出て行かなきゃいけないこの子を支える為にも、この子が独りで生きていける様になるまで、ってずっと思ってきたから……。だから、ちょっとわくわくしてるのよ?賢人機関や元老院はお母さんの中では絶対だったの、お父さんの事もそうだし、子供を早く産め、カイル家の血を絶やすな、ってずっと賢人機関の偉い人に言われ続けてね、ルベを産んだ時もそうだった、きっとこの子と出て行かなきゃならない日が来る、お義母さんはお父さんが二十歳になる前に亡くなったから、そのしきたりには従わなくて良かったのだけれど、私はそうも言ってられない、と思っていたし……。カイル家が早逝の家系だ、嫁いだ人間も皆早逝していく、って言われても、その実感もなかった。私の人生は、きっと賢人機関の方の言う通りにしなきゃならなくて、それが当たり前だと思っていたから。だからお母さん、わくわくしてるのよ?」
ルベライトの二十歳の誕生日、元来であれば「ルベライトを連れてルチルは出ていかなければならない」しきたりがあった、だがクォーツが「カイル家当主として活動するにあたっての意見」として、ルベライトとルチルを家に残す事を条件とした、さしあたってはパトロックの帰還まで、と言う話を通していたが、パトロックが片腕を失っている事に関しては賢人機関と元老院には通達がいっていた、つまりクォーツの言葉は実質的にカイル家現当主の言葉となる、その言葉の重みを知っているから、それこそカイル家から元老院に進んだ者がいる程度には「カイル家の発言力」が高い事をクォーツも正しく理解していたから、語気を強めてその発言をしていた、それを出来ないのであればカイル家を継ぐ事を放棄する、その言葉がこの世界にとってどれだけの損失か、と言うのは賢人機関や元老院側がよく理解している事だろう、パトロックが賢人機関に「ルベライトを実験材料として保存させろ」と言った時と同じ手法、カイル家の歴史を終わらせるという事は、それ即ち勇者に武器与えない事になる、それは最終的には世界の崩壊を意味する、賢人機関がどれだけ発言力が強い機関だったとしても、実質的に命運を握っているのはカイル家と勇者達、そして勇者の友柄だ、それを勇者達は行使しないだけで、クォーツやパトロックがそれを行使して、実質的に自分達の言い分を通す、というのは歴史の中でもままある事だった。
カイル家に時折現れる我儘者、として処理されていた歴代の中での変わり者達、だったのだが、それが二代続いてくるとは賢人機関も想定していなかった、クォーツはルベルの賢人機関の議会まで赴いて、それを感じていた、パトロックが何を言ったのか、何が賢人機関にとって苦渋の決断足る所以だったのか、まではわかっていなかったが、賢人機関の末端が「二代続けて……。」と小さな声で言っているのをクォーツは聞き逃さなかった、という事はパトロックも何某かを賢人機関に取引として持ちかけたのだろう、という予想は出来た。
「さ、お母さんは張り切ってケーキを焼きましょうか。」
「もうそんな歳でもないよ、母さん。でも、母さんのケーキはいつだって美味しいから、ずっと食べてたい、いつかは母さんと別れる日が来るんだろうけど、それでも……。その日まで、俺は母さんの料理が食べ続けたいな。」
「まったく、嬉しい事を言ってくれる子に育って……。」
ルベライトがはにかみながら話をすると、ルチルは嬉しそうに微笑む、こういう事を素直に言ってくれる子であって良かった、曲がらずに育ってくれてよかった、と。
「ルベ、誕生日おめでとな。」
「兄ちゃん、ありがとう。」
「そろそろ、その兄ちゃん呼びもなんとかしなきゃならねぇな、いい歳になった男が、兄ちゃんってのはちといただけねぇな。」
「じゃあ、なんて呼べば良い?」
あと二年もすれば「勇者への本番の武器を鍛造する」所まで来ているといわれていたクォーツは、ルベライトの誕生日位は、と集中していた鍛造をやめて、リビングに顔を出していた。
兄ちゃん、と呼ばれるのは未成年のうちだけだ、と思っていたのか、ルベライトにそれを告げると、ルベライトはまっすぐな眼差しで質問を返してくる、これは困った、とクォーツは苦笑いする。
「そりゃ、アニキ、とか兄さん、とかあるだろ?ルチさんの事だって、いつまでも母さん呼びじゃかっこがつかないぞ?」
「アニキ、か……。うん、わかった。母さんの事なんて呼べば良いんだろう?ルチさんって言うのは俺は合わないと思うし……。父さんはおばあちゃんの事をなんて呼んでたの?」
「そうねぇ、オヤジ、おふくろ、って言ってたわよ?ルベもそろそろそう言う呼び方をする時期なのかしらね。お母さんはなんて呼ばれても良いのだけれど、格好がつかないって言うのは、確かにあるかもしれないわね。」
「オヤジ、おふくろ……。いい慣れるまで大変そうだけど、そう言われたら悪い気はしないかもね。」
ルチルに話を振ると、ルチルはかつてパトロックが両親を呼んでいた呼称を思い出す、パトロックは一人っ子で「オヤジ」「おふくろ」と両親の事を呼んでいた、クォーツが「パトさん」「ルチさん」と呼ぶのが特殊なのであって、基本的に両親をさす呼称と言えばそれだろう、とルチルは考えていた、それをケーキを冷蔵庫から出しながら告げると、ルベライトは少し悩んでいた、今までの呼び方を貫くか、それとも二人の助言に従って呼び方を変えるか、それを悩んでいる様子だ。
「ま、すぐに変えなきゃ死ぬってわけでもねぇんだ、ゆっくりやってきゃいいだろうさ。」
「そうねぇ、きっといつかのお話でも良いのだから。」
「わかった、ありがとう。」
切ったケーキを受けとりながら、ルベライトはどちらの呼び方が良いかで考える、今まで通り「父さん、母さん、兄ちゃん」と呼び続けられる事、をクォーツが恥かしがって言い出した面もあるのだろう、そこに関してはクォーツの意見も尊重しなければ、と。
「にしたってパトさんはいつ帰ってくるんかねぇ、ルチさんのケーキが食えねぇって、だいぶ機会損失だと思うけどな。」
「そう言ってくれるのは貴方達だけよ、クォーツ。」
「俺も思うよ、かあ……、おふくろ。」
「ルベ、無理しなくても良いのよ?貴方は貴方、どう呼ばれたとしてもお母さんはお母さんなんだから。」
「……。うん。」
ケーキを頬張りながら、ルベライトは少し照れくさくはにかんでいる、数年間ずっとパトロックの事でいっぱいいっぱいだったルチルがここまで回復してくれた事、ルチルがまた笑顔になってくれた事、それが嬉しくて、少しだけその微笑みを向けられるのが恥かしくて、そんな感情だとルベライトは認識していた。




