第四十三話 議事堂
「ルベ……、どうしてるかな。」
ルベライトが十九歳になる夏季、パトロックは占い師に言われてか一年と少しの間、ずっと元老院の議事堂を探索していた、堅牢な造りの議事堂は、風化して朽ち果ててしまっている建物が多い中、大図書館と同じで「残っている」方の建物だった、転移処の様に時折使うものが現れたりする訳ではなかったが、しかし建物としての体を成している、遺された遺物としてだけでも価値がある建物だろう。
そんな議事堂を探索するのは骨が折れる、とパトロックは考えていた、議員が千人いた、とされているメルンの議事堂は、それぞれ一人に一部屋ずつ個室が与えられている大規模な建築だった、それに足して議会の本会議室、小規模な会議室、そして元老院を纏めていた施政者である国王の邸宅である公邸、それらをすべて探索する、というのは「大図書館を踏破する」のよりも感覚的には大変だ、パトロックは感じている、大図書館はまだ目次があったり案内があったりして、どこにどんな本が貯蔵されているか、がなんとなくではあったが分かるのだが、議事堂はそうもいかない、議員一人一人において役回りや興味の幅が違う、それ即ち持っている書物の種類も違う、賢者の石の製造法、と言う禁書を持っていたのは誰か、ローランにおける大規模な権力団体である賢人機関ですら把握していないと思われている「賢者の石の製造法」の書物を持っている人間が果たしているのだろうか、そもそもがあの占い師の言った言葉は正しいのか、それに縋っているパトロックとしては死活問題なのだが、傍から見れば裏路地の怪しい商売人である占い師に騙された愚か者、と映っても仕方がないだろう。
ただ、パトロックはあの占い師の言葉は信じるに値すると感じていた、「パトロックの目的を誰かに話していなかった」のにも関わらず言い当てて、元老院の議会である議事堂にそれがある、目的の物の場所まで言われてしまったのだから、それは信じるほかない、それがパトロックが出した答えだった。
「まったく……。」
議事堂の個室はどこもかしこも綺麗に保存されている、半年弱を子の議事堂の探索に使っていたが、まるで「滅ぶ事が分かっていて、そして議会を計画的に放棄した」と言われても納得がいく程度、には議事堂は荒れても荒らされてもいなかった、これがモンスターパニックによる結果だったら、もう少し荒れ果てていてもおかしくはないだろう、メルンのあちこちに、まだ骸が残っているのだから、議事堂にそれが一切ないという事は、議会は計画的に脱出したか、優先的に脱出したか、そのどちらかに該当する、という事になるだろう。
「……。」
生物の気配を一切感じない、と言っても何年か前「闇に与する者」に遭遇しき時にも「生物の気配」はしなかった、あれは何だとパトロックが何度かアルニードで色々な人物に問いただしたが、決まって返ってくる言葉は「闇に堕ちた者、メルンの裏切り者の成れの果て、護符がある限りは近寄ってこない」という回答だった。
アルニードではそれ以上を話すことが禁忌とされている、そんな気配すらしてしまう程に、闇に与する者に対する疑問、への回答は一律的だった、パトロックがその統制具合に些か恐怖を覚える程には、皆一律の言葉を返してくる、それが闇に与する者の疑問に対する答えだった。
それも見つかる気がしていた、ここには、パトロックの疑問に答えるだけの何かがある、パトロックの疑問や質問を解消するだけの「答え」がある、パトロックはそう直感していた。
「ふー……。」
数時間後、星の天幕の下でパトロックは煙草を吸っていた。
大図書館に足を運んでいた頃に拠点にしていた場所、とは全く違う「議事堂を探索するにあたって拠点としている場所」は、メルンの中では清流と呼ばれている川が近くにあり、水を汲むのにいちいち移動をしなくて済む、それがありがたい話だった。
川の下流で水を汲んで飲みながら、パトロックは言われていたことを思い出す、「魔王に穢された大地では、水すら毒となる」という寓話、御伽噺の類だが、魔王が支配をしているここアルドの北部では、水を飲む事すら危険だ、その程度には穢れが酷い、と言う寓話があった、勇者一行が魔王の居城近くで休憩を取って水を採取する際には、結界師と神官が協力して水を浄化して、人間でも飲める形に戻してから飲むのだとか、その為にも神官と結界師の相性は大切なのだとか、そんな話を聞きかじった事がある。
結界師の結界と、神官の祈りの力、その両方を調節して、配合率や魔力の放出量を調整しなければ、魔王の居城近くの水質の汚染に対策する事は出来ない、と言われている為に「結界師と神官」という、出自も修行方法も、仕えるべき相手も違う二種類の存在達が、勇者を生かす為と言う一つの目的をもって、それを実行する、そもそも結界師と神官は信仰するべき対象が違う、結界師の祖たる神と、神官の祖たる神は違う存在だ、両者信仰の対象として見られている神ではあるが、ローランにおいては信仰としては神官が仕えている神の方が信仰されていて、一般的にはそちらが優勢だ。
ただ、結界師の祖たる神、は勇者やその友柄によく信仰されている、引退や志半ばで終わって、医者や医療従事者になるのが元々の属性が神官や魔法使い、と言った人種なのに対して、結界師は魔除けや厄払いと言った、神職と呼ばれる未来を辿る事が多い、アルニードで唯一「護符」を造る事が出来る一家、も元を辿れば古の結界師の一族だ、と言う事まではパトロックも知っていた、一度発動さえしてしまえば「数世代において闇に与する者に対する対抗策として効力を持つ」と言う強い魔除けの力を持っている、それがアルニードで一番強い結界師の家系だ、と言われている。
ローランにおいては信仰と言うのは廃れてから久しい、魔法を扱えるのは医者や転移処の人間だけ、それ以外は基本的に「魔術の素養がなくても」生きていける様にと、科学が発展してしまった、神官や結界師、魔法使いになるのは酔狂者がする事、別段必要もないのに、と一般人は魔王を透明化させてしまっている、「正しく魔王の脅威を伝え継いだ者達」がカイル家を始めとした勇者の友柄の家系の役割で、それが後ろ指を刺される結果だったのだとしても、なんだったとしても、それでも世界の危機を正しく認知していよう、正しく世界の危機に立ち向かおう、と発起しているのが勇者の友柄達だ。
「ふー……。」
基本的に勇者の友柄は、勇者の素養によって選ばれる、と言うのは「その勇者との相性」と言うのがとても大切な要素とされていて、幾ら高名な魔法使いだろうと、幾ら敬虔な神官だろうと、勇者との相性が悪ければ一生選ばれる事はない、逆に一度でもその門をくぐったが最期、相性のいい勇者が現れた際には「医者となって神官を引退」していようが、「神職として結界師を引退」していようが、「魔法を扱える人間として引退」していようが、否応なく駆り出される、それがこの世界の在り方だ。
「次の勇者、さてどんな子だったか……。」
勇者は基本的に十代、遅くても二十代には選抜されて旅に出る事になる、魔王を倒した場合でも約十年、魔王に敗北した場合は一年から数年おきに勇者は旅立つ、魔王が十年と少しの時間をかけて復活する、と言うのが通説で、その通説通りに魔王が復活していて、そして勇者はそれに合わせて輩出される、それが現状だ。
次の勇者、まではパトロックが武器を渡した子供だ、確か少女だった、ルーと言う少女、エメラルドの片手剣を渡した覚えがある、現在生きているのだとすれば十六歳程度の少女、その少女が、パトロックが武器を渡した最期の勇者だ。
それ以降の勇者に関しては、武器を鍛造している最中に飛び出してきてしまった、クォーツが上手く引き継いでくれていれば良いのだが、とパトロックは煙をはきながら思想に耽っていた。




